【0.1】 青海 蒼の一日(鹿伏・黒井)
「っし! じゃあ行きましょーセンパイ! まずはお買い物っすよ!」
「……あ、えっと、先に……武器屋……」
「あ! そっか、そういやそっちが先だったかも! 流っ石ー! 黒井先輩は頼りになるっすねぇ!」
委員長による指示とリマインドの後、鹿野ちゃんにグイグイと強く腕を引かれ僕は宿屋の部屋を抜け出した。
ピョンピョン跳ねながら引っ張るせいで僕の肩が大縄跳びの如く途方もない運動量で酷使される、製品の耐久テストか?
部品の製造が終了していて換えが効かないので優しく扱って欲しい、というのは僕のワガママだろうか。
背後にはするすると目黒さんが影を縫うように着いてくる気配がある。
いや嘘、気配なんかわかんねぇよ戦闘職じゃないんだから。
気配っつーか影ができてた。僕より30cmくらい大きいしね。羨ましい。
先程のミーティングで議題に挙がっていた僕の用事はおよそ3つ。
一つめは聖先生と教会へ行き報告がてら明音先輩と会う。
二つめはギャンブルで大損ブッこく。(いやまぁ今回は勝つが。勝てる情報があるから。マジで間違いないこれはガチ。本当に今回走るサラマンダースコーピオンは違う。針に生えた産毛の艶が今期一。ここ見ないのは素人)
三つめは凸凹コンビとデートだった。
んで、どうも明音先輩が教会の所用で今は出払っているらしく、聖先生と報告に行くのはまた今度に回され、ギャンブルはまぁ別に急ぎでやる必要もない。
っつーワケで、今日は鹿野ちゃんと目黒さんとともにこの街をぶらぶらデートする事に相成ったのである。
いや〜、最高。
こんな可愛い子二人とデートとかとんでもねぇ役得だよな。
ただそれが二人とも将来を誓いあった事にいつのまにかなっているのが怖いだけで。
もともと僕は地球ではとんでもねぇコミュカスだった為、思春期まっただ中にも関わらず異性との交流が皆無だった。
けれど異世界に来て不本意ながらヒモに成り果てた結果(ヒモが先が甲斐性が先か問題)、脳内でモヤモヤとわだかまっていた曖昧な言葉未満の情動が完璧に言語化され口がまわるようになり、しっかり会話が成り立つようになったのだ!
……言葉にすると子供の発育過程を今さら辿ってるみてぇで一気にめいってしまった。こんな事なら言語化しなきゃ良かった。
「お? おーぅ、蒼。なんじゃ今日はデートか。べっぴん二人も引き連れて両手に花じゃのぅ」
「あぁ、シモンの爺さん。そうなんだよね、羨ましいでしょ。これから仕事?」
「あぁ、どうもマニダの村の結界が調子悪いらしくての。ちょっくら馬車に揺られて見に行ってくるわい。ほなの、嬢ちゃんらと仲良くせぇよ」
いかにも魔法使い然としたローブ姿の水魔法使いシモン爺ちゃんは、軽く杖を振りながら去っていく。
この街ボゥギフトを拠点として根を下ろし早三ヶ月。
その間に僕は度重なる飲み会を経て、この街の酒飲みとはほぼ全員知り合いになってしまった。僕は別に酒が好きというほどではないのだが、酒にあてられてバカになった人たちはめちゃめちゃ楽しくて好きなのだ。このまま気づかず大学に行ってたらそれはそれでエラい事になってたかもしれない。
当然未成年なのでこれまで行った事は無かったんだが、ヒモになってすぐの頃に僕の入れる被扶養者ギルド探して走り回ってたら、気付けば宴会に参加してたんだよな。
ま、でもこれは別に僕が目の前の仕事ほっぽりだして酒飲んでみんなと騒ぎたい屑ってワケじゃなく、ヒモになっちゃったから天職の力に抗えずやむなく参加したに過ぎないんだよなぁ。そうに違いない。現実からは目を逸らして生きるよ、ヒモだからね。
その後も馬車通りの角の道具屋の番頭さんやら、二本裏の樫の木筋の肉屋の下働きやら、すれ違う知り合いに声をかけたりかけられたりしながら歩いていく。
「へぇ〜〜! センパイ、友達多いっすねぇ! なんかー、意外かも!」
「……うん……すごい……わたし、苦手、だから……そういうの」
「えっ!? ……あぁ、うん、まぁ、そう、そっか、そうだね!」
鹿野ちゃんは余計な一言も言ってるが、これまでの人生で言われたことのない内容に愕然としてしまった。
よくよく考えりゃその通りだった。
僕は自分の力だけで、こんなにも友人とすら呼べる飲み仲間を作ったのだ。
オイオイオイオイ! 来てるなこれ僕の時代が! 友達100人とドラグス火山の上で飲み会できるぞ!
あまりにも進歩した己に、感涙が思わずこぼれ落ちる。
この旅が終わったらハウツー本でも書くか、『友人を作るたった一つの冴えたやり方:キミも今すぐヒモになろう!』つって。
友人作るより飼い主作る方が万倍ムズい気はするが。
てか異世界に来てチートもらってやる事が、現代知識無双でもドラゴン退治でもなく飲み友大量獲得なのは新機軸すぎないか? 新しすぎて意味不明まである。
新進気鋭の現代美術みてぇなモンかもな。先駆者は孤独なもんさ。理解を得られるパトロンができなきゃ、陽の目を浴びず消えていくのが運命だ。なお僕は理解され過ぎたパトロンが何人もいるし、そのせいで陽のあたる場所を歩けなくなった模様。難しい話だな。満点の幸福なんてのは存在しないのかもしれん。
「今はみんな仕事中みたいだからね。また改めて二人の事はみんなに紹介するよ。僕の大事な人たちだって」
なんてったって僕の扶養者だからな。
全員に各々を紹介しとかないと、複数人の女と遊び歩いてるのが見つかって変に浮気を疑われて噂とかがこじれてしまったら厄介だ。
……浮気ではないよな?
マジでわからん。複数人といつの間にか付き合って将来誓いあった事に勝手になってるのに、誰もその話題で喧嘩してないのが何故なのかホントによくわかってない。とはいえ喧嘩してねぇからって「なんでみんなは僕を取りあって争わないの?」とは聞けねぇもの。
なんかそういうルールがあるの? あるなら一番の当事者である僕には教えといてくんない?
「わ゛ぁ゛ー!! そんな、照れるっすよー! センパイの、だ、大事な人……なんて……」
「………………」
二人して顔を真っ赤にして静かになってしまった。おかわいいこと。
良い雰囲気だし手握っちゃおつってスッと手を伸ばすも、相手が二人いるので走り出さないよう女性二人に手を繋ぎ止められた変に背が高いガキみてぇな立ち位置になってしまった。もしくは捕まった宇宙人。ちょっと空気壊れないかなコレ、たぶん間抜けだよな。
……まぁいいか、二人とも幸せそうだし。
目黒さんはともかく、珍しく鹿野ちゃんも静かなまま、甘い空気をまとって僕たちはヒダル鍛冶店へと突入した。
オラ、大将! ヒモと飼い主様の御来店だぞ!
■
ほとんどお手入れいらずの神様恩賜武器はともかく、それ以外の細かなナイフやバックラー、軽鎧などなど戦闘職にはメンテナンスが必要な物は案外多い。
それらを一括でポイとお願いしているのが、ここヒダル鍛冶店である。
そんな生命線を一つの店に任せきりなんてちょっと不用心に思われるかもしれないが、『僕たちの僕抜き』はたいそう稼ぎが良いのはわりと周知の事実なので、向こうも変に一発騙して稼ごうとかあくどくボろうとはしてこない。
継続して卸される仕事を受け持つ方が稼ぎとなるのさえわかっていれば、誠実な仕事をして貰いやすいのはどこでも同じ事だ。
まぁそもそもが僕が宴会で顔馴染みになってたから、身内補正が働いたというのもあるかもだが。
「んじゃ、また一週間後に取りに来い。あとその馬鹿なヒモは連れてくるな、また女房から競魔を疑われる」
「競魔場でほぼ毎回顔を合わすんだから疑われるのも当然なんだよなぁ……来週の皇帝杯買った? 僕ハネアリバッファロー大蜘蛛複勝」
「カーッ! 若いのに腑抜けた買い方しやがって……! これだから嫁に養われてるヤツは何やってもダメ、衰退の一途、将来性の幻影、甲斐性泡沫無産階級(文字通り)……! 一国一城を背負った大人の男が選ぶのはキョダイハイイロサシガメ単勝一点買い……!」
「あれ単なるデカい虫じゃん。大将が選ぶ魔獣ぜんぶ勝ち目が無いんだよな。あれ運営側が用意したお楽しみネタ枠だよ」
「だからこそオッズが14000倍で最高なんだろがい!」
当たるわけねぇだろその倍率のものが。
運営もまさかこんなのに賭けるアホ居らんやろと養分にしようともしてないのに、わざわざ毎度飛び込んでくるドワーフに戦々恐々としてるだろうよ。ガキの為に用意したビニールプールに、競泳水着のオッサンが飛び込んでくるようなものだ。なんか裏があるんじゃねぇかと訝しんでも無駄だぞ、なんもない競魔カスだからな。
また来いよ、なんてツンデレドワーフ272歳男の声を聞きながら、僕らはまた街へと繰り出した。
「で、次はどこ行きたい? ギルドは報告だけだし後回しでも構わないからね」
「買い物! ショッピングしたいっす! 最近南町の銅像広場に商団が来てバザー開いてるらしくて!」
「あぁ、あのネズミ獣人の。良いんじゃないか。目黒さんもそれでいい?」
顔が隠れていてもわかるほど大きく何度も頷くのを確認し、そちらへと方向転換。
銅像広場ならそう遠くないし、歩いて30分くらいで着くだろう。
この街は広いので、もし真逆の方向に向かうとすれば馬車移動は必須だ。
ここボゥギフトは帝国内でも有数の大都市らしい。
大都会っていう感じでもなくて、交通の要衝であり自然人と物が集まり大きくなった田舎町の方が雰囲気としては近い。
その大きさは計画されぬ流入により無秩序に膨らんだだけで、その豊かさは集積された人とモノとカネが無軌道に行き交っただけ。
だからこそここではみなが夢を見られる。
上層部だけが富み肥えるように計画段階から設計されていない、剥き出しの生きた欲望が作り上げた異世界の九龍城砦。
皇帝すらこの街を支配せず、ただ統治にて税を得るだけで良しとしている。生きたコカトリスをわざわざ弱らせ殺すことも無い、生み出される素材を我々が獲れば良い。と言ったとか言ってないとか。酒場のマユツバ与太話で聞いた気がする。
そんな場所だから僕たちみたいな流れ者でも簡単に住みつけたのだ。
ていうか例えば王都なんかに転移してたら、下手をすれば一発でお縄な可能性もあっただろう。そういうパーティがあってもおかしくないのか。そこは神様を信じたいとこだが、僕らを死と汚泥の森に落とした実績があるからなぁ。日頃の行いによる信頼だ。ヒモが言うと重い言葉だぜ。
最近も死にかけた経験は何度かあるが、それでも一番衝撃の大きかったトラウマを思い出して目が死んでしまった為、先程買った揚げ棒パンを齧る目黒さんを見つめる。小さく左右に傾いとんね。
顔もパンも完全に黒い髪の向こうに隠されているので、一見すればなんか食べてんのかどうかすら判別つかないだろうが、養ってくれている相手なので僕は余裕でわかる。これは想像してたよりも硬いし甘くなかったから首を傾げているのだ。
「あんまり美味しくない?」
「……んー。好みによる、かもしれません」
ヌッと髪の間からパンが出てきたので、先端を齧りとる。
薄い塩味のする長ーーーいラスクだ。これは好みが分かれる。経験則的にこの世界にも味の濃い食べ物は多く存在するので、おそらくはそういった味付けのモノなのだろう。なんなら伝統的な食べ物の可能性もある。
「好きじゃないなら食べよっか?」
「……いえ、だいじょ、ぶ、れす」
パンの先っぽがぷるぷると軽く震えた後、逆再生の如く髪の中に吸い込まれていった。そういう神事の獅子舞?
自分でなんの気なしに差し出しといて、あ~んしたという事実に照れている目黒さんがかわいいので、なにも言わず握った手を指で軽く撫でる。
数瞬固まってから、目黒さんはすすすと身体を擦り寄せてきた。
うーん、こんなんもうペッティングやろ。半分セックスや。子供できちゃうんじゃないか。童貞には刺激が強過ぎる。
と、思っていると僕の頬に横からもう一本のクソかてぇパンがつき刺さる。ほぎゃー!いでぇ!
見れば鹿野ちゃんが顔を赤くしながら差し出していた。いや差し出しているっつーか突き刺していた。頬突き抜ける形のあ~んなんてあっていいのか。新機軸だ。どういうセグメントをターゲットにしたコンセプトだい?
「ンブゴッ、ガッ 鹿野ちゃん、ありがとね」
フェンシングのごとく引いては突いてを繰り返されるラスクになんとかかぶりつき、かろうじて食べる事に成功する。やりたかった事となんでそうしたかも分かるので、痛みはあれど嬉しいものだ。
えっへへー! なんて嬉しげにはにかむ鹿野ちゃんを見れたのだから、プラマイは差し引き+70000000点といったところだろう。ハイスコア更新だし筐体レコードの名前のとこはknoと入力しとこうな。
で何がこえーって、こんな大浮気振る舞いをしてんのに二人とも笑いながら楽しそうに会話をしている事である。
つ、都合が良すぎる! やっぱり僕だけ魔王討伐後専用の地獄に落とされるんじゃないか!?
だってこんなんおかしいもん!! みんなどういう精神状態なんだよ〜〜〜!!!
なにか恐ろしいものの片鱗とカッテぇ塩パンを味わいつつ、僕らは広場へと歩を進めるのであった。
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