第2章-Awakening-

第18話「過ぎたるは」

 ビルは眉をひそめ、無言で腕を組んだ。彼の目には苛立ちが宿っていた。


「あー、やめた!オレは病欠だ!」

 ビルが全てを投げ出して後ろに倒れこんだ。

「あーマジでこうなるのか」

「正直向いてないと思うし、いいんじゃない?」

 あれから1週間。上流階級のマナーってヤツも板についてきた。だがビルは一向に慣れない。というかまず服装も気に入らないらしい。首元が苦しいだの、腕が上がらないだの散々喚いた。

 それで今。アートのマナークイズで倒れた。


「なんかよ、勝手に行動乗っ取ってくれるチップとかねェのか?そうすりゃ覚えねェでも、立ち振る舞い完璧になるじゃんよ!」

「……それを人はウイルスって呼ぶと思うけど」

「……ハァー、終わりだ終わり!オレは当日病気になるぜ!」

 ビルは畳の上で倒れこんだまま、なおも偉そうに腕を組んでいた。


「前はまともな社会生活していたおかげか、俺は意外とすんなり受け入れられたな」

「うん。ユウトはこんなもんじゃない?いいと思う。細かい所は当日僕もいるし、なんとかなるよ」

 後ろで襖が開いた。

「お疲れ~どう?」


 顔を見上げて、エミリーの方を向き俺は答える。

「まぁ、なんとか」

「ビルはだめ」

 アートはビルを見ながらそう言った。


「え~じゃあやっぱ行かないの~?」

「このままでいいってんなら行ってやるぜ」

「いい訳あるか」

「でもよォ、実際行ってみてとんでもねェワガママオンナだったらどうすんだよ」

 ビルは起き上がってそう言った。


「……まぁ多かれ少なかれそういう節はあるだろ。グレイスの一人娘だぞ」

「尚更行きたくねェ!」

「でもそうすると一度もメディアに顔出してないのも気にならない?」

「まぁ確かに」

 俺はその言葉で少し悩んだ。


「病弱とかじゃね?」

「今の世の中でか?」

「グレイスなら病気にならない遺伝子改良もヨユーそ~」

 いつの間にかアートの隣に座ったエミリーが言った。


「不治の病かもよ」

「うーん、絵に描いたような病弱お嬢様ねぇ」

「ま、そんなん気にしてもなにも解決しねェか」

「お前が言い出したんだぞ。ビル」

 ビルはその言葉を完全に無視して起き上がり、肘をついた。

「まぁオレ様はもうこのコタツってヤツから一生出ねェからよ。後はおたくらに任せたぜ」


 俺は思い出したように文句を言う。

「……っていうか、なんで俺ん家なんだ。アートの家の方が広いだろ」

「たまにはいいじゃん」

「良いことあるかよ」


「おかげで合法的に距離詰められんね~」

 エミリーはアートの肩に頭をのせた。

「えへへへへ」

 いつも通りの光景に嫌気が差した。


「……これがしたくて居座ってんのか?っていうかソファでも出来るだろ!」

「ソファでするのとはまた別シチュでしょ!」

「……はぁ。本当に盗ってやろうかな」

「もういいよー、それ。あんときロバートさんに殴られた所、まだへこんでる気がするんだから」

「あの人、鉄腕だから痛いんだよな」

 俺はあの日バーでロブに殴られた箇所をさすった。


「ハッハッハ!ありゃ傑作だったぜ!もっかい見たいな!」

「賛成~」

「おい、アート。そいつら碌な奴らじゃないぞ。交友関係考えろ」

「エミリーがだんだん悪魔に見えてきたよ」

「ぴ~す」


 俺は呆れながらも、話を元に戻す。

「OK。とりあえずビルは欠席で、残りの3人で参加ってことで」

「ま、そういうこった。オレはその間親父の手伝いしとくぜ。やっとこっちもひと段落したしな」

「確かに。それはいいな、ここ何日か顔も出せてないだろうし」

「あぁ、あとはオマエらで……。ってかよ、昔はちょくちょく仕事がーって言って帰ってたのに、今は平気なのか?エンジェルの件も一旦は片付いたし、お役ゴメンでもいいんだぜ?」

 ビルが思い出したように話題を変えた。


「うーん。昔と比べて要領が良くなったんだよね、僕が。この前のグレイスのサムとの件も、あの後本社に連絡行って取引始まったらしいけど、それも僕の手柄だし。裏でちょいちょい仕事して、我が社の成長には貢献してるってワケ」

「うげッ。オレがファミリーに何も出来てない分、耳が痛い話だぜ」

「状況が違いすぎるよ。だって、僕はこの後絶対にハリソンウチを背負っていかなきゃならない人間だから。片手間で楽しいことしてたいからこうして君たちと居るの!」


 俺は笑いながら言う。

「そのプレッシャーによる鬱憤のせいで俺らと出会う羽目になったしな」

「うーん。そう聞かされると若気の至りってダサいなぁ……」

「俺がこいつと出会ったのも尖ってた時期だし、似たようなもんだ。」

 俺はビルを顎で指してアートをフォローした。


「……僕と初めて会った時もまだ尖ってたでしょ。ウチの商品に手出そうとしてたんだから」

 フォローがブロックされた。俺は目を背けた。

「オレらは全員、あの頃と比べりゃ大人しくなったモンだぜ!ハッハッハ!」

「なんか楽しそ~」

「おぉっと、エミリーを無視した話になっちまった。ワリィな」

「ううん~。皆の過去興味あるから聞きたいかも~」


「それは……また今度な」

「長ーくなるしな!オレ様の武勇伝は!」

「フフ、酷い話だしね。……で、なんでビルはさっき僕の仕事なんか気になったの?企業コープにご興味?」

「そいつァ死んでも無ェ。……少し前に親父から連絡があってな。首領ドンに興味はないか?ってよ」

「……あー、そういうことね」

 アートが珍しく悩んでる素振りを見せる。


「向いてるかってのは僕の立場からは何とも言えないところだけど、やりたいならやるべきだよ。僕らの事は構わずにね。こういうのは運が良くないと回ってこない話だからね」

「そうなんだけどよ。やっぱこの自由気ままな遊びが出来なくなるのもなァ」

「あぁ、それはあるな。世の中は大人になれっていうけど、なにも別に安定した地位や名誉ある地位に収まることが大人であることとイコールな訳じゃない」

 俺は彼らの話に割って入る。


「……今度はこっちが耳が痛いなぁ」

「アートの場合は逆に選べないだろうけどな」

「うん。正直羨ましい部分もまだあるよ、やっぱ」

「じゃあ今自由に選べる立場なのは俺だけか!ハッハ!」

「いいね~」

「というかエミリーはどうなんだ?あんまオレら、オマエの過去知らねェんじゃねェか?」

 ビルはまた話題を過去の話に戻した。


「アタシは~結構真面目ちゃんだったから~、あんまり面白くないよ~」

「いや、逆にそういう方が有難いよ」

「え~、じゃあまた今度話すね~」

「お!これは結構ワケアリの予感がするな!」

「もう僕が聞くの怖いや」

 アートの台詞を聞いて皆笑った。


「ま、過去の話はまた今度ってことにして、出かけないか?家にいるのも飽きてきただろ」

「「「うーん」」」

 俺以外の三人はそろって悩み始めた。

「なんだよ」

「いや、コタツがさ」

「離してくれないって言うか……、なァ?」

「出れないかも~」


「……今後は絶対アートの家にしよう」

 三人の”えー”という声と共に、俺はコタツの電源を切った。

 すると電源の奪い合いになり、ワチャワチャし始めた。

 結構騒いだと思う。


 これのせいで俺は後日大家に怒られる事になったものの、なんとかこいつらを外に連れ出した。



 ***



「っと、準備するのはこんなもんでいいか」

「うん。いいんじゃない?いい服買ったよ」

 俺らはお呼ばれ用のスーツやらなんやらを買った。何て言ったか、このポケットチーフ?ってやつも全く何のためにあるんだか分かりゃしない。まぁ、おしゃれっぽいから良いが。

「これ着るの楽しみ〜」

 隣でエミリーが目を輝かせていた。そう、勿論エミリーもドレスを買った。こう見比べると男の正装ってのはなんとも華の無いことだ。


 問題なのは……。

「なんでお前まで買ってんだよ」

「良いだろ!全員でこれでビッチシ決める仕事とかも入るかも知れねェしな!」

「着心地悪ぃって言ってたろ」

「それとこれとは話が別だろ!」

 何言ってるんだこいつ。という顔をしつつ、言っている事には賛同する。着心地は悪いが見てくれは悪くない。まぁアートは慣れてるから当然だが、皆似合ってた。


 なんて雑談をしていると、誰かからメッセージが届いた。

 どれどれ……。あぁ、なるほど。


「サムから連絡が来たぞ、エンジェルの件で報告があるって。ナカトミで待ってるとよ」

「あぁ、調査が終わったって件ね。ちょうどいいや、こっちも可能な限り調べたしね」

「結構情報量多かったね~」

「とは言っても、実際にはあそこに書いてあった”血清”を作って、ばら撒けばいいんだろ?……ドラッグって言ってみたり、ウイルスって言ってみたり、かと思えばそれの解決方法は”血清”ってコードが付いてるんだから笑えるな」

 冗談を言いながら、俺らは指定された場所に向かう。


「ま、でも一番楽で、バレない解決方法だよね。感染したのも一般市民にはバレてないんだから、その解決もバレないようにするのは上策だと思うよ」

「ジャマがなきゃ誰にでも出来そうなモンだしよ。実際もう解決には迫ってたんじゃねェか?スミスのヤツ」

「無駄に4年間過ごしてなかったってことだな」

「だね」

「……でもよく耐えたよね~、ユウト。あんなに血相変えて殺すって言ってたのに~」


 エミリーの言葉に、特別な意味は込められていなかった。

 だが俺の心はこれを特異に感じた。何故だか分からないが、この事実は自身を自身として今生に縛り付ける大事なものだ、そう感じた。

 だから流さずに答えようと思った。


「あんときの事は感情的になってたから、あんまり覚えてないけど……。それでも、なんか、ここで殺してもなんの解決にもならないって気がした。誰のためを思っていたとしても、俺が怒るってのはどれだけ足掻いても俺の感情でしかない。なんていうか……その感情の限界を感じたんだ。どれだけ大義を振りかざした所で、俺は正しさの権化じゃないし、姉でもない、ましてやジュニアでも。それを代弁するのは簡単だけど、欺瞞だ。悼み、偲ぶ気持ちは本当だけど、代弁する気持ちは欺瞞だって、……そう感じたんだ」

「……」

 彼女らは黙って聞いていた。


「……あとは……。アートの言葉だ」

「え?僕?」


「あの時、スミスを殺すべきって言ったのはアートだった。わざわざ言ってきたってことは、感情を抜きにしたら殺すことが得策。合理的に考えると結果はそういう事なんだろう。こいつは人生柄そういう判断が上手い。ってことは裏を返せば、奴を生かそうとしている俺の感情はまだ死んじゃいない。だから、殺しちゃいけないって思ったんだ。あいつを殺したら……死ぬのは俺の心だから」

「フフ、”まだ何も成してない”ってね」

「ハハ、分かった分かった。それもちゃんと響いたって、感謝してるよ。押しつけがましく言うなって」

 真面目な空気になってしまったこの雰囲気をアートは少し崩してくれた。


「正直言ってあんときゃ、オレの方がぶっ飛ばしたいくらいだったぜ」

「それは……、スミスを?」

「バーカ!両方だよ!結局スミスが関わってんのは事実だろ?でも土壇場でコイツは悩みこんだ」

 ビルは俺を指す。


「オレは若の仇をとらなきゃならん。だけど相棒はその共通の仇を殺さないと判断した。じゃあオレのやることは?2つだけだ。相棒の判断を信じること。そして、腹が立つから全部めちゃくちゃにすること!」

「あんな派手にやったから、噂が立って少し有名人になっちゃってるみたい」

「というか……本当にそれで良かったのか?お前は」

 俺は不安だった。結局なんの復讐も出来なかったからだ。自分自身もこいつらもそれを分かっているから、それをあえて聞いては来なかった。


「ハァ、あのなぁ!良かったかなんて分かるワケねぇだろ!だけどオレだって感情だけで動くのが何よりも愚策だってのは知ってんだよ!オレに足りないのは冷静さ、ユウトに足りないのは感情論ってこった。正しいと思う事をやるしかねぇ。だろ?」

「……そうか。そうだな」

「へぇ。本当に成長したんだね」

「オマエはオレ様の事をナメすぎだ!」


 成長ってのは寂しくもある。ビルが成長したのはその周りの人間の影響が大きいだろう。しかしそれは同時に周りからの独立でもある。こいつもアートも、本当に昔の頃のガキのままじゃないんだと、そう感じる。

 俺?俺は……。昔から捻くれてるからな、あまり昔と変わったとは自分では思っていない。奴らに言わせれば大人しくなったんだろうが……。


「ま、もう過ぎたことだ!金もあるしよ!今後の話に華咲かせようぜ!」

「ね~!これでなにしようかな~」

「ここ数日ずっとそれ言ってない?皆」

「お前と違ってこんなまとまった金入ってくるのは初めてだからな。貧乏人には使い方が分からないんだよ」

「ふーん。そういうもんかねぇ」


 そうこうしていると、いつのまにか目の前にはいつものバーがあった。

「よーし!この前の借りをロバートに返すか!」

「いや、勝てる気しないんだけど」


 俺とアートの掛け合いに皆で笑いながら、ナカトミ・バーに入っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る