第15話「束の間②」

「起きて!起きて!ちょっと起きて、ユウト!」

「……なに」

「なにじゃないの!起きて!」


 微睡みの中、俺はすっと起き上がった。

「ん」

「ほら、いってらっしゃい!ってやってくれないと!」

「もー、そんなんでいちいち起こさないでくれよ……」

 再び寝床に潜り込む。


「そんなんって何よー!もういいわ、私すねちゃうから。仕事も行かなーい!」

「分かった!分かったから……」

 俺は起き上がり、彼女といつも通りのハグをした。


「うーん、これこれ!」

「……朝から元気だな」

「当たり前じゃない!私を誰だと思ってんのよ!」

「ハハ……そうだな」

 ただただ笑って同意をする。


 彼女は俺を放した。

「よぅし!充電も終わったし、いってきまーす!」

「はいはい、いってらっしゃい」

「ちゃんと学校行きなさいよ!」

 返事の代わりとして、気だるそうに手を挙げた。

 彼女はそれを見ると満足し、出ていったようだった。


「はぁ……」

 面倒くさいが、言われてしまったらしょうがない。

 朝飯を食べ……、着替え……、シャワーを浴び……、忘れ物がないかを確認し、俺は外に出ようとした。


 すると玄関の前に人影が見えた。それが見えると俺は声をかける。

「どうした?忘れ物?」

 彼女は答える。

「うん。お礼言い忘れてて」

 なんだか照れ臭そうだった。


 怪訝な顔で尋ねる。

「お礼?」

「うん。……私のために頑張ってくれてありがとね」

「え?」


「でもね、これが終わったらちゃんとあなただけの時間を生きてほしいの」

「何言ってんだ?」

 さっぱり訳が分からなかった。

 お礼?あなただけの時間?


「一体どういう意味……」


 すると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「ユウトー!起きろー!」


 ……全く、誰だ。起きてるし、第一、今かまってる暇はない。

「うるさい!今それどころじゃ……」

 そう後ろを振り返ると、眩い光が差し、目の前が何も見えなくなった。



 ***



「……!……ウト!起きろ!おい、ユウト!」

 体が揺られている感覚がして、目が覚めた。


「目ェ覚めたか?」

「……あぁ」

 まだ開かない目を擦りながら俺は返事をした。


 ……夢か。

 そりゃ……そうか……。

 こういう夢の後は……いつだって不快な目覚めなんだ。


 ……なんだったんだよ、くそ。


「さっさと来いよ。お寝坊サン」

 そう言い残しビルは部屋を出ていってしまった。

「……寝坊だって?」

 不安になりながら見ると、眼には15:38と浮かんでいた。


 まだ全然余裕じゃないか。

 そう思いながらベッドに潜り込む。

 ……数分しただろうか。またドアの開く音が聞こえた。


「ほらぁやっぱり~、二度寝してるよ~」

 エミリーの声が聞こえた。

「ちょっとー!僕が早起きしてるんだからユウトも起きてよ!」

 遠くからアートの声も聞こえた。

 この部屋はリビングから吹き抜けで二階にあるから、声が良く聞こえる。


「分かった分かった」

 俺は仕方なくベッドの上に座り込み、起きる。

「おはよ~ユウト」

「……あぁ、おはよう。エミリー」

「ウフフ~、美人に起こされてよかったね~」

「はは、その通りだな。どうも」

 アートにお似合いだな、本当に。

 そう思って言葉を返すと彼女はキャーと言いながら去っていった。ドアも開けっ放しで。


「ユウトに美人って言われたんですけど~!」

「えー!ちょっとー!」

 アートのやかましい声がより一層やかましく聞こえた。


 仕方なく下りたら、そこには3人。揃いも揃ってニュースを見ていた。

 そのニュースを見ているとどうやら昨日の騒動をやっているらしい。

 片岡の本社で爆発事件!みたいな大仰な見出しまでついてる。

 こんなことやってたんだな、なんて思っていると横からアートが声をかけてきた。


「ちょっと!人の女に手ぇ出さないでくれる?」

「へへ~」

「はいはい、すみませんでしたっと」

 と言いながら俺は昨日の位置に腰を掛けた。

 皆昨日と同じ位置に座ってるらしい。


「で?なにこれ」

「なンかニュースになってんだよ!昨日のオレ達」

「まぁ見てる限り、何の情報もなく騒ぎ立ててるだけっぽいけどね」

「どうせ誰も企業の情報なんか漏らさないし~」

「ふっ、だろうな」


「それはいいんだけどこれさ……」

「あー……」

 これから言うアートの言葉に思い当たり、俺はリアクションをしてしまった。


「ジョンの心象悪くしたりしないかなーって」

「オレはしねぇって言ったんだけどよ!コイツが心配症でよ!」

「そりゃビルが自分のせいにしたくないからでしょ!見てこれ!爆破なんてビルのレーザーの話でしょ!」

「いやぁ、そんなにスゴかったか?照れるぜおい」

「あぁ、そうですか。で?ユウトはどう思う?」

 アートの視線が俺に向いた。


「なるようにしかならないな。相手の機嫌を損ねないように立ち回るしかない」

「最悪殺されるよ。いいの?」

「……本当に賢かったら殺すことが解決にならないってのは分かってるはずさ」

「……」

 沈黙が流れた。

 今の台詞が復讐を失敗した俺たちへの慰めの言葉だと皆が分かっていたからだった。


 いや、それより前にも分かっていたはずだった。復讐が失敗し、それが如実に確信へと変わっただけの話だった。

 俺の言葉で皆それをまざまざと実感した。


 あのまま感情に任せて人を殺していたら、俺らはもう、この街に取り込まれてしまったことと同義だった。

 今になって安堵する。間違いのまま生きていくのなら、正しいまま死んだ方がずっといい。

 そうすれば、あの金だけの企業人からも、汚い仕事だけを受けているフリーの連中からも遠ざかったままでいられる。


 それが本当の意味で正しいのかは分からない。

 でも今はそう信じるしかない。


「で、これのために起こしたのか?」

「まぁね。ジョンに会うための覚悟、必要かなって思って」

「本当に殺されそうになったら抗うさ、ただで死ぬわけにはいかない。それで抗い切れたら俺も持つ者HAVESの仲間入りだ」

「逆にめちゃくちゃ褒められるかもしれねェしな!それはそれでHAVESだ!ハッハッハ!」

「望み薄~」


 なんていうか。

 ……いい奴らだ。こんな所で終わるわけにはいかないな。

 まだまだこいつらと生きていたい。

 ……夢の言葉も引っかかるしな。


 だがもう結末は神のみぞ知るだな。



「……先に行っとくか。ナカトミに」

「そうだね。ここに居たって結果は変わらないからね」

「ハハ!そう来なくちゃな!」

「テンチョーに怒られそ~」

「「「あー……」」」

 野郎三人は口をそろえた。


「オメェ、ロブに何も言わねぇで連れてきたのか?」

「そうかも……」

「やーい!怒られるー!」

「え!ちょっと!ロバートさんに何も言ってないの!エミリー!」

「アーサーに攫われたってメッセ送ったよ~?」

「……終わった」


 二人は爆笑した。

「傑作だ!アート!あのオッサン怒らせたら怖ェぞ!なんせバーに居るチンピラなら10人相手でも一人でのしちまうからな!」

「元気でな、アート」

「ちょっと!僕死なないよ!でも……。え、嘘。えーー……」



 俺らは再び笑いながら家を後にした。




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