第7話「マイケル・スカリーという男」

 かつて、悪は滅びねばならなかった。だけど今は違う。

 いかにこの街がネオンに照らされようとも、世の中は暗黒時代。アメリカは分断され、ソ連はその裏で成功を収めて引きこもり、オイローパは団結の末に権力争い。


 極東ではエコノミックアニマルJAPANが猛威を奮っている。そんな世の中では実力こそが正義となり、弱きものは淘汰される運命にあった。

 ギャングだの、チンピラだの、マフィアだの、ヤクザだの、そんな物はいずれ誰かのヒーローに成り得る。


 ――これらは全て間違いだ。


 ふざけやがって、ロクデナシどもPUNKSめ。正義は今も昔も変わらない。強きをくじき、弱きを助ける。それこそがヒーローであり、世界の根源だ。人類全体のナショナリズムなんだ。


 刑事マイケル・スカリーは闘志を燃やしていた。

 何故あそこであのギャング共を一斉摘発しなかったのか。我々にはそれは可能だった。

 一度警察官となったからには、天下万民を救わねばならない。


 アイツらを見て、それを逃すようではそんな事は夢物語。お話にならない。


 これではなんのために警察を目指したか分からない。法の番人は今や権力の犬。金に屈し、政治家に屈し、市民にバカにされる。


 どのアウトロー共も、我々を敵とみなさないし、民間軍事会社PMCや企業セキュリティの方が遥かに恐れられている。


 本当の正義を貫くためにはこんな仕事辞めねばならないか……。いや、私は絶対に貫き通す。警察が市民の味方であるということを照明してみせよう。


 ……私に出来るだろうか。


「……?」


 どこからか、声が聞こえた。路地裏か?チンピラ共かもしれない、急がねば。そう思い路地裏に行くと、そこは薄暗く、希望などは存在しない事をまざまざと見せつけられるような空間だった。


「なんなんだ……」

 何も無く、振り返ろうとしたその時、一人の男が目に入った。


「アンタ……警察か……?」

 出で立ちと顔の判別できない集合意思のような男だった。

「……誰だ?」

 私は銃を構え、恐る恐るそのモノに話しかけた。


「俺はアンタさ」

 ……何を言っているんだ?……ヤク中か……。ならば話は早い、ここで捕まえておこう。


「少し署まで来てもらおうか。アンタ、クスリでもやってるんだろう?」

「アンタほどじゃないさ」

「私はクスリなどやっていない!警察だぞ!」

「フヒヒヒヒ、まだ分からないのか?」

「……なんだと?」


「……アンタは理想というクスリに漬かってるのさ。何度決心しても達成出来ぬ理想、それゆえ甘美でそれに縋ってるあいだは自分でいられるんだ。それが達成出来なければ自分では居られなくなる、アイデンティティの喪失だってね。だが依存先が遠ければ遠い程、その輝きは増して見え、それに対する依存度も高くなるんだよ。近くなれば見えなくなるものさ、だがアンタはそれを望んじゃいない。近づけば自身を失うことになるんだからな」


「……黙れ」

「失うのが怖いのか?自分はここではなく内なる自我にあるとでも思っているのか?その自我が外側で形成されてきたものなのにか?」


「黙れ!……黙れ!黙れ!……貴様に何が分かるんだ!!バカを言うな!私は……!私は……!!」

 

「まぁ、待て。俺はアンタを助けてやろうって言ってんだよ。俺を受け入れれば、理想に近づける。それは真の意味で自分自身となり、そんな事を考えなくてもお前をオマエたらしめてくれる様になる。お前はもう、理想を語らなくて良くなるんだ。我思う、ゆえに我ありコギト・エルゴ・スム。もう苦しまなくて済むんだ。さぁ、自分を受け入れろ。さぁ」


「……例え私の自我が自分の外側に依拠していようとも、私はお前を拒否する!どこかへ消えされ!悪魔め!!」

 私は銃の引き金に手をかけ、拳に力を入れる。


「……フヒヒ、今はいい、今はいいさ。また来るぜ。アンタは俺から逃れられない」

 そう言い残し、悪魔は去った。なんだったのだ、あれは。私はおかしくなってしまったのか?クソ。あんな奴らの争いに巻き込まれて、今度はこれだ。今日はつくづく運が悪い。


 ……清算しなくてはならない。向かおう。

 私はその歩みをBAR『SHINER』へと向けた。



 ***



 相変わらずこの辺りの夜はネオンが眩しい。すぐそこで人々は大声で語り合いあい、言い合いをする男女も、ヤク中も転がっている。クソみたいな街だ。


 アメリカ一、ここは治安が悪いだろう。だからこそ私はここで警察を目指した。そうして目的地の前に来ると、丁度中から人が出てきた。体格の良い、黒人だった。


「……」

「オマエ、昼間のポリ公だな」

「……」

「おいおい、あん時ゃ上司に楯突くぐらい威勢が良かったのに今は黙りかよ!」

「……騒がしい木偶の坊Boneheadだな」

「あぁ?……テメェ……死にてぇらしいな」


 空気がピリつく中、相手に脳内通信がかかってきたようだった。


「おう、ユウト。あぁ、もう外だ。今から向かうぜ。……ちょっと厄介事を済ませてからな。あぁ、昼間の警官が来てんだよ、一人で。いやぁ分かんねぇ、腹の立つ奴だからな。……急がねぇとやっちまうぞ。」

 どうやら傍から見た独り言は終わったらしい。


「はぁ、悪ぃな。待たせちまって。オマエ、なんでここまで来た?一人で何か出来るとでも思ったのか?……正義の英雄ヒーロー気取りか?」

「気取りだと?警官はいつでも人民の英雄だ。お前らみたく気取らなくともそれは付いてくるものだ」


「ァン?ハッハッハ!こりゃ傑作だぜ!オメェ、本気で言ってんのか?今の時代に公的権力を味方だと思ってる街の人間が一体どこにいるってんだ!!政治家も、警官も、役所の人間も!誰だって信用しねぇ!!ガキでも理解してるぜ!!この街のヒーローは昔から決まってんだよ、ボニーとクライドだ!その固ぇ頭じゃ分かんねぇか??」

「社会に巣食う蛆虫がぁ……!!」


 私が腰の銃に手をかけると、店の奥から声が聞こえた。


「おい!ビル!店の前で何やってんだ!!今日はもう揉め事起こすなよ!!」

「……親父ィ!昼間の警察がここに来てんだよ!来てくれ!」

「はぁ?」


 奥から出てきた男は昼間見たクラシックスのボスだった。


「ったく!なんだって今日はこんな最悪の日なんだよ!!お前ら、どっちも落ち着け!俺は警官にも、自分の息子たちにも争ってほしくねぇんだよ!!……なぁ若いの!お前は……」

 その太った男は私を見るなり、その喚きを止めた。


「お前、ちょっと来い。店の中で話そう」

「……ふざけるな。お前らの店で誰が飲むか、職務中だ」

「飲まなくてもいいから来い。一人で俺らに突っ込んでくるほど強ぇんだろ、俺らを殺したいならその後からでも出来る。だろ?」

「……わかった」

「おい!親父!何考えてんだ!!こんな奴ここで」

「ビル、黙れ」


 明らかに動揺しているそのガタイの良い男は、その太った男には逆らわないらしかった。


「来いよ」


 私は案内されるがままにその店に入っていった。



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