第3話「思いもよらぬ一会」

 ナカトミ・バー。


 いわゆる「フリー」と呼ばれる連中の集まる場所だ。

 フリーってのはこのバーにいたりするクライアントからの依頼をこなす「なんでも屋」みたいな事だ。

 あぁ、どう考えても皮肉で付けられた呼び名だが、まぁそんなことはどうでもいい。


 皆の考えていることは想像にかたくない。日系企業関連っぽい店の名前で不安なんだろう。

 俺も初めはそう思ったし、この街を知らない奴だったら尚更だろう。


 でも安心してくれ、ビッグファイブとも全く関係ないただの個人の店だ。

 店長の名前もナカトミじゃない。


 なんでも店長が『ダイ・ハード』って映画が好きで付けた名前らしい。

 俺はまだ観た事が無いんだが、古い映画らしい。

 俺も今度観てみようかな。


 そんなくだらないことを考えながら、この店のドアの前に立つ。

 そしてスキャンが開始し、終わった後の「おかえりなさい」の言葉を待つと扉が開く。



 入ると大小様々な話声が聞こえる。

 相変わらず賑わっている店だ。


 ここは認められたフリーの連中か、そいつらに依頼を頼みたい奴ら以外でも、店に入る資格を得たものは誰でも入れる。その資格は店長たちの面接を通ると得られる。


 正直、余程の事が無い限り入れないことはないが、その辺のチンピラ達では箸にも棒にも掛からないだろう。


「よおユウト、ビル、元気か!」


 そうやって声をかけてきたのは他でもない店長だった。俺らはカウンターの席に腰を掛けながら返事をする。


「ああ、ロバート、意外と元気だよ」

「オレも元気だぜ、ロブ!」

「そうかぁ!そりゃよかった。カタオカのなんとかって奴のとこの専属になったっきり、随分顔出さねぇからよ!もうとっくにおっ死んじまったと思ったぜ。ハッハッハ!」


「オレらを勝手に殺すなよ!ロブ!ったく縁起でもねぇオヤジだぜ」

「相変わらずだな、ホント」



「んで、どうだったんだよ、カタオカでの仕事は?」

「うーん、なんか思ってたより良い奴っていうか。勿論鼻につく奴ではあるんだが、何て言うか憎めないんだよな。だからやりやすいよ」


「同感だな。オレがクラシックスって言っても眉ひとつ動かさねぇしよ。気に食わねぇけど、良いことも言う。今日も考えさせられたしな。悪い奴じゃねぇ」

「へぇ、意外とそんなもんかねぇ。ビッグファイブのカタオカさんってやつも」



 ここ、ネオ・フランシスコのシリコンバレーと共に世界を牛耳る五大企業『ビッグファイブ』、「カタオカ・ファクトリー」、「サカモト・ホールディングス」、「ハイブリッジ・エンターテインメント」、「マクミラン・インダストリー」、「ハリソン・コーポレーション」。

 その一つのカタオカ・ファクトリーの役員の1人、スミスの下で俺らは仕事をしている。



 そしてこの企業群では裏切り合いや殺し合い、行き過ぎた金権主義により、その全てが正当化されている。そこで働けば良い暮らしは出来るが、眠れぬ日々が待っている。


 そんなところで働くエリートどもが好きな奴はどこにもいない。しかし、スミスはどこか違う気もする。俺らは今そんな気持ちだった。



「そんなことより、何飲むよ!さっさと決めな!」

「お前が聞いてきたから答えてやったんだろ!……じゃあルシアンで」

「オレはウイスキー、ロックで」

「ハハハ!ハイよ。お疲れさん、一杯目はただでいいぜ!」


「そりゃどうも。まさしくフリーの俺らにはぴったりだな」

「専属になったからちょっと違うんじゃねぇか?」

「おいビル、冗談を真面目に返す奴がいるかよ」

「悪い悪い」



「じゃあ……」

「おう」

To our fut俺らの未来にure!」

To our futオレらの未来にure!」


 俺らは乾杯したと同時にその盃を乾かす。



「「おかわり!」」

「いいなぁ、奢った甲斐があるよ!おめぇらは!」


 そうして俺らはこのナカトミ・バーで騒いだ。このひと時はとても楽しく、そして美しい。

 この美しさは死の裏付けに似ている、もしかしたらそれそのものなのかもしれない。

 皆このクソみたいな街で長く生きるつもりは無い。ただ今この瞬間を命を燃やし、その煌めきを食み、生きながらえているのだ。



 そんな中、見知らぬ男が話しかけてきた。

「すまない、君たちがユウトとビルかい?」


「そうだが、あんた誰だ?」

 そう答えて振り向くと、何やら企業の男っぽい奴が立っていた。

 身なりがそうってわけじゃないが、確実に臭う、間違いない。

 高価そうな皮膚シェルや眼だ。

 そこらへんのサイバーショップじゃ買えないだろう。しかも戦闘用ではない。


「私の名前は……そうだな、ジョンってことにしてくれ」

「なるほど、本名を語らない奴との取引ね、面白い。……ロバート、奥の部屋空いてる?使うよ」

「ああ、いいぜ」



 俺とビル、あとはジョン、3人で奥の個室に入ってボックスのソファに座る。

 このバーで依頼を受けるときのしきたりみたいなモンだ。ここは誰も邪魔しちゃならないってルールがある。


「さて、ジョンさんとやら話を聞こうか。オレらみたいなアウトローに何の用だ?」

 なるほど、どうやらビルも企業の奴だと思っているらしい。確かに警戒するに越したことは無いな。


「ハハ、流石だな。いや、見たら分かるか。うむ。だが、残念ながら私は企業の人間とは少し違う。……あまり声に出さない方がいい。脳内通信で話そう」



 ブゥゥン……

 俺たちはお望みの通り脳内通信へと切り替えた。

「……よし、君たちがどこまで政界に詳しくて、企業に詳しいかはわからないが、……私は「グレイス財閥」の人間だ」


「「はあ!?」」

 俺らはあまりの衝撃に大声をあげた。


「おい!声がでかい!脳内通信で話せ!」


 俺らは焦って切り替える。

「……悪い。いや、まさかグレイスの人間が目の前に現れるとは思わなくて」

「おい、何の冗談だ。おかげでオレは酔いが完全に醒めたぜ」

「全く同感だ、ビル」

「というか証拠はあんのか。財閥と関わってるだけでもヤバいのに、もしそれを名乗るイカれた野郎だったらもっとヤバいぜ。最悪オレらも消されかねねぇ」

「そうだな、なにか証拠はあるか」


 グレイス財閥は言わずと知れた大名家のグレイス家の財閥だ。

 この財閥からのサポートをどう受けるかで企業全体が争っていると言っても過言ではない。

 それに今の市長だってグレイス家の息のかかった奴だ。そりゃ当然証拠も欲しくなる。



「うむ。これでどうだ。」

 そうして俺らに電子署名付きの依頼書のデータが送られてきた。


「おいおい、依頼書のデータとかじゃなくて……。いや、おい、ユウト、これグレイスの電子署名付きだ。こいつ本物かもしれねぇ」

「改ざんされた様子もない。本物っぽいなこれ。あんた……マジか」

「私は最初から大マジだ。ユウト君」



「財閥からの依頼が直接来るなんてな。いよいよオレらもスターか」

「……ビル、呑気なこと言うなよ。依頼書を読んだか」

「あン?……おぉ、なるほどな、こりゃ一波乱あるな」



 そこに書いてあった文字。

 ―― カタオカ・ファクトリー役員 スミス・アンダーソンの処分 ――



「……さて、頼まれてくれるかね」

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