第2話
『はいどうも皆さん。デバック系配信者の除錯器です。また視聴者の方にダンジョンの情報を教えていただいたので、バグの検証しつつ潜っていこうと思います』
○きたきた
○リスナーもよく色々知ってんな
○まあ今だとダンジョンそこら中に生えてるし
「ふふふ、うまくいったわ!」
セレンの考えた作戦とは、ミラのダンジョンへ除錯器を送り込んで、バグを発見させようというもの。
先日見た配信の言葉から、視聴者からダンジョンの情報を集めていると知り、それを教えたら簡単に食いついた。
(どうせならとんでもないバグを見つけてほしいものね、私の失態がかき消されるぐらいには)
画面の中の男を見ながら、最低なことを考えるセルン。
そんなこととはつゆ知らず、彼はダンジョンへと侵入していくのだった。
『ここは……鏡の迷宮か』
配信画面に映っていたのは、壁も床も天井も、全てに鏡が張られたダンジョン。一見遊園地のミラーハウスのようだ。しかし神秘的な雰囲気を放つそれは、一目見れば明らかにこの世界とは違うものであると分かる。
『えーと道がないな。 ……なるほど。鏡が別の鏡に通じてるみたいですね』
目の前の鏡に触れると、彼の手は水面に沈み込むようにその中へと入っていく。消えてしまった手はすぐ上の鏡から出現した。
○このダンジョン初めて見た
○普通に楽しそう
○けど配信してんのコイツなんだよなあ
あきれたように、期待するようにコメントを残す視聴者たち。それを確認することもなく除錯器は動く。
『んー ここがああそこにつながっててこっちがあれか…… 床の鏡は入れたり入れなかったり……』
壁と床の鏡の間を通るように手を差し込むと、ちょうど中指と薬指の間を分けるような形で、両断された手が別々の場所から現れた。
『うーんなるほど』
○あの手が裂けてるんですが
○血とか出てないのが余計怖いよ
○なにを顔色変えずにしゃべってるこいつは
ドン引きしている視聴者のコメントを気にせず、今度は右足を壁の鏡、左足を床の鏡へと突っ込む。
『おっ上手くいった』
頭まで完全に入り込むと、体が半分に分かれた状態の徐錯機が別の場所から現れた。右半身と左半身が両断されているのに、血は出ていないし普通にしゃべっている。
常人が見れば大慌てで逃げ出すようなありさまだが、当の本人は全く気にせず検証を続けていた。
『……どうやら二つに分かれてるのは見た目だけみたいです。感覚もつながってるし別々に動かすのは無理そうですね。……あっやべ戻れなくなった』
○うわ怖っ
○画面も二つになってんだけど
○何でこんな冷静なんだ
○おかしいよコイツ……
「アハハ! こんなに簡単にバグるのね、いい気味だわミラのやつ!」
大半の視聴者がドン引きする中、セルンはその姿を見て爆笑していた。自分の策略がうまくいったこともそうだが、ミラのミスがさらされているのが面白くて仕方ない。
他人の不幸は蜜の味。相手が犬猿の仲ならなおさらだ。
ひとしきり笑った後、我に返ったセルンは一つ疑問を口にした。
「……それにしても、コイツ本当何なのかしら。何でこんなことしてるの?」
人間にとってはまだまだ謎の多いダンジョンで、想定されていない動きを無理やりに引き起こしているのだ。いかれているとしか言いようがない。
もし命にかかわるようなバグを起こしたとして、その余波で復活機能が狂ってしまったらどうなるのかわからないわけではないだろう。
何も考えていないのか、それとも命がいらないのか。どちらにせよ頭がおかしい。
僅かなほころびからバグを発見する観察眼。そのバグを実際に引き起こすことのできる技術。そして何より、バグに巻き込まれることを恐れない精神性。
他の者には真似できないし、真似しようとも思わないだろう。
「これだけできるなら普通に高難度ダンジョンの配信とかもできるでしょうに…… よっぽどバグを起こすのが好きなのかしら」
そんなことを考えながら画面を見ていると、
『おっ?』
除錯器の体がいきなりくっついた。好奇心からか、もう一度バグを起こそうとしているものの、結局成功はしない。
『さっきのバグ使えなくなってますね。 ……やっぱダメだ。修正早いな』
○運営有能
○ダンジョンに運営とかいるのか?
○いるだろ 明らかに人為的なものだし
○確定はしてないんだから断定すんな
○ほとんど確定してるようなもんだろ
『あーハイハイ落ち着いて』
ヒートアップしてきたコメントをなだめつつ、除錯器は歩みを進める。
コメントでもいろいろと予想はされていたが、 何が起こっているのかを正確に理解したのは、ダンジョンの裏側を知っているセルンだけだった。
「ミラか……。 リアルタイムでバグを直してるのね」
製作者である以上、ダンジョンの改修自体はそう難しいことではない。ただ、バグを直すとなると結構手間がかかる。物理法則のセッティングや仕掛けの修復など、一つのバグを治すのにダンジョン全体を確認する必要がある。
さっき見つかったばかりのバグをこの速度で直せるのは、かなりの実力がないと無理だ。
(むー。 なんかむかつくわね)
セルンとしては、自分の実力不足を見せつけられたようで面白くない。先日自分のダンジョンを配信されたときは、発狂してばかりでその場でバグを直そうなどと全く考えていなかった。
(……そういえば、あの時のバグまだ直してない)
配信が終わったら直そうか、と考えていると、除錯器がコメントの話題に沿って話を進める。
『まあ確定はしてないですけど、俺はいるんじゃないかと思ってますよ。ダンジョンごとに作った人の個性見えますし』
『簡単に攻略できる奴もあれば、めちゃくちゃ難しいのもある。けど、楽しんでもらおうとして作ってるっぽいのは共通してる感じがしますね』
○わかる 攻略不可能なやつとかはなかったはずだし
○じゃあまともに攻略してやれ
○バグ探す配信してるやつに言われたくはないと思うんですけど
『まあそれはそう』
そんな掛け合いを眺めていると、一つのコメントがセルンの目に留まる。
○そういやなんでこんな配信してんだっけ?
自身も疑問に思っていたこと。除錯器もそのコメントを見つけたようで、鏡を調べながら話し始めた。
『あれ、言ったことなかったっけ? ダンジョンを探索するのが好きなんですよ俺。やれそうなことはぜんぶやりつくして、その上で攻略出来たら楽しいなって。
別にバグを見つけるのが主目的ではないんですよ。いろいろと試した結果見つかっちゃってるだけで』
だから、と彼は言葉を続ける。
『一回行ったダンジョンにもう一度行くこと結構多いんですけど、前見つけたバグが直ってなかったらちょっとがっかりするんですよ。これ作った人は、もうこのダンジョンに興味ないのかなって』
『こんな配信してるのも、一番の目的は製作者の方に見てほしいからなんですよね。自分でも厄介なクレーマーみたいだとは思うんですけど、まだまだ改良できる余地はあるって思ってほしいんです』
だから、彼はデバック系配信者と名乗る。デバックとは、ミスを見つけることではなくそれを取り除くことでもあるからだ。
『だから、さっきここのバグがすぐ直ったときうれしかったんですよね』
『このダンジョンは作った人に大事にされてるってことですから』
○なるほど
○わかったようなわからないような
○それにしたってもっとやり方あるでしょ
○バグ楽しんでるだけだろ
「……」
彼のやっていることはかなり身勝手で、有難迷惑にちかいだろう。実際コメントでも否定する意見が多い。ただ、セレンはその言葉に少し考えるものがあった。自分は、ダンジョンを作ったとき何を考えていただろうか。
最初は、こうしたい、こういうものを作りたいと頑張っていた。ダンジョンに入った人間の楽しむ顔や、攻略しようと頑張る顔を思い浮かべて、すばらしいものを作ってやろうと燃えていた。
それなのに、いつからか今よりもいいものを作ろうという気持ちをなくしてしまった。妥協して、とりあえず完成させることしか頭になくなっていた。
画面を切り替え、自分の作ったダンジョンを写す。これ以上はないものだと思っていたそれが、今では穴だらけの出来損ないに見えた。
「完成させるだけで満足しちゃってたのね、あたし。まだまだ直せるところも改良できるところもたくさんあったのに」
ダンジョンの設定を見直し、先日のバグの原因を探す。
「見てなさい! 今度はあんたでもバグらせられないぐらい完璧にしてやるんだから!」
宣言するように叫ぶと、彼女は神力を使い、自身のダンジョンを直し始めた。
それから、しばらくたって。
『アハハ、体折れ曲がっちゃった! 痛みはないんで折れてるとかではなさそうですね』
○うわキモッ
○丸めたティッシュみたいになってるけど
○何でこんな楽しそうなんだ
○やっぱおかしいよコイツ……
今日も今日とて、彼の配信は続いている。
「む~、またか! えーと、ここの法則がここと矛盾してるからそこを直して……」
彼女のデバックもまた、終わらない。
デバック系ダンジョン配信者 ソル @soul103
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