愛よ天地を焦がせ

嶺月

序章 落陽色の花嫁

 終焉しゅうえんを告げる剣戟けんげきの大広間の最奥にも微かに聞こえてくる。玉座に腰掛けたまま耳に届く金属音が、まるで天上の楽かのようにうっとりと目を細めると、シーリーン5世すなわちリレイナは玉座の隣に頑丈な鎖で吊るされたあちこちに自分とお揃いだが色の違う花嫁衣裳の女性に、が傾く直前の夏の空の色のようなあおい瞳を向けた。

千年王国アル・アルフィーヤが打ち倒される今日、長く待ちびた余とそなたの婚儀が始まる…この豪奢ごうしゃな牢獄の最後よ、ミーシャーナ」

 古式にのっとり、ラズワルドラピスラズリを砕いて混ぜ込んだアイシャドウによって、キリリと吊り上がって見えるように描かれた目元から、ややせこけた頬、整ったおとがいへとリレイナはミーシャーナの顔をなぞる。

 そのまま女官たちが悪意と嫉妬を込めて「殿下が唯一ティアマト神からのたまわり物を譲った」と称される豊満な双丘の輪郭をなぞろうとしてめる。神聖な婚礼の場に相応しい行いではないから。

「小春日和のように柔和なそなたには不似合いかとも思ったけれど、花嫁装束をオレンジ色ブルストカールに決めて良かったわ。この宮殿を取り囲んで余らを祝福する炎が一足早く訪れたよう。とても綺麗よ、ミーシャーナ」

 今やこのシャグナート国の全てをべる女王の言葉に応えないなど本来有り得ない不敬。しかし亡国の女王は愛しい女の沈黙を意に介さず、広間に陽光を取り込む大きなガラス窓がピシリときしむ音を祝福の鐘がわりに、青紫色の唇に自分のそれをそっと合わせる。ほんの半年ほど前ならばその柔らかさがリレイナを陶然とさせただろう唇の味気ない感触。しかし心から愛する女との誓いの口づけはリレイナにとってこの上ない幸福の証だった。

 万雷の拍手の代わりに徐々に広間へと降り始める火の粉の中、氷菓子シャルバット味のキスを反芻はんすうしながら、リレイナの意識は全てが始まった10年前へとさかのぼっていった…

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