第29話 道場破り2
あれから数十分ほど撫で続けたおかげで、なんとか秀志は泣き止んでくれた。
制服と左腕…尊い犠牲だった…
「じゃ、おれは取り敢えず基礎練してくるわ。」
「おっけーっす!自分も付いて行った方がいいっすかね?」
「いや、大丈夫、久しぶりだし一人でやってみたいってのもあるしな。」
「了解っす!じゃあ自分はずっと待ってるっすよ。」
ずっと待ってる。そのことばに微妙な違和感を覚えないでもないが、そんなことを気にしていたら会話なんてできやしないだろう。
「じゃ、一時間後くらいにくるわ。」
「わかったっす!」
ニコッと白い歯を見せて秀志は笑った。
おれは更衣室まで移動し、懐かしの高性能道着に着替える。
「…制服は洗濯か、替えあったっけな。」
涙と鼻水でびちょびちょになった制服を摘まみながら、そんなことを独り言ちる。
着替え自体は、着衣の仕方を割と覚えていたのもあり、ものの数分で終わった。
「さて、始めるか。」
あまり人のいない練習場に出て、構える。
最初は突きだったかな…?
若干、古ぼけて曖昧になった記憶から何とかひねり出し、練習の内容を思い出す。
「はッ!」
呼吸を整え、拳を前に突き出す。
ヒュッと空を切り、残像を残して拳は突き出された。
この正拳突きを五十回、それを十セット。
探索者になって身体能力が上がったおかげか、久しぶりでもものの十数分で終わった。
「ふう…久しぶりにやるといいもんだなあ。」
深呼吸し、汗をかいた額をぬぐう。
「そろそろ秀志んとこ行くか。」
おれは先ほどの試合場まで戻り、秀志を探す。っといっても探す必要はなかった。
なぜか、そりゃおれが試合場に来た瞬間には横にいたからだよ。気配を感じなかったぜ…アサシンかよ。
「やっぱりちゃんと来てくれたっすね!よかったっす!」
「そりゃ嘘はつかねえだろ。」
「は?何言ってんすか。勇也君は自分に明日も来るといったハズなのに来なかったじゃないっすか。忘れたとは言わせないっすよ、ショックだったんすからね。嫌われたかと思ったし首を縄で括る羽目になったんすからね?」
すごい剣幕でまくし立てられる。
ええ…首吊ったのになんで生きてんだよ…成仏してクレメンス。
「へ…へえ。そっか、ごめんな、もう嘘はつかねえようにするよ。」
「…『つかないようにする』、じゃなくて『つかない』っすよ?」
「ハイ、もう嘘はつきません…」
「よし。」
しばらく見ない間に雰囲気変わったなあ。すごい可愛くなったとともにすごい怖くなってるわ。
「あ、そうそう、おれ探索者になったんだよ。」
このピリピリとした空気を和らげようと、話題を変える。
「もちろん知ってるっすよ。」
「え?」
「え、勇也君、巷じゃ結構有名っすよ。新人なのに化け物級の強さだって。」
「えぇ…不名誉だなぁ…」
おれの情報源はほとんどなんdだったからな…そんなこと知らなかったぜ。
「なんなら自分も探索者っすよ。」
「え?」
探索者ってそんなシームレスに報告できるもんだっけ…
「ま、どちらにせよ、やるんすよね?自分と。」
「おう、久しぶりだからお手柔らかに頼むぞ。」
「もちろんっすよ。」
ニコッとまぶしい笑顔で答える秀志は完全に天使だった。
この笑顔の破壊力は妹の夏菜並みだ。
「じゃ、さっそくやるっすよ。」
試合場に入場し、お互いが構える。
秀志はあの時と変わらず、左の手足を前に出して、おれのみぞおち当たりの高さに拳を構えている。
「じゃ、やるか。」
おれは秀志と同じように構え、そう言った。
練習場から聞こえた打撃音を合図に、おれ達は試合を始めた。
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