自己肯定感の低い女子を褒め続けたら人気者になったので距離を置くことにした

シゲノゴローZZ

第1部 鳩山君視点

第1話 美容院デビュー

 元気があればなんでもできる。つまり元気がなければ何もできないのだ。

 その理論でいくと、今回の席替えで隣になった雨宮あまみやさんは、何もできない人だ。あと二年もしない内に大学生ということを考えれば、早急に意識改革をする必要があるだろう。

 隣になったのも何かの縁だ。俺にできることなどいくつもないだろうが、なんとしても彼女を救わねばなるまい。


「おはよう! 雨宮さん!」


 一日も、人付き合いも、全て挨拶から始まるのだ。雨宮さんの一日を、俺が始めてあげようではないか。


「……っ!? お、お、おは……よう……ございます……」


 体をビクッとさせたかと思えば、ゴニョゴニョと挨拶を返してきた。

 彼女がわらべであれば、ゆっくりと成長を待てばいいだろう。しかし我々は既に高校二年生。のんびりとしている時間などない。時間も通勤電車も、決して待ってくれないのだ。


「雨宮さん、もう一度やろうか」

「え、え、え?」

「おはよう! 良い朝だね!」

「……おはようございます」


 うむ……。まだ小さいが、先程に比べれば著しく聞き取りやすくなっている。やはり彼女には伸び代がある。いや、伸び代しかないと言っても過言ではない。


「いきなり大きな声を出すのは、ハードルが高いかな? まずは、笑顔から練習してみようか」

「…………? えっと……?」


 むっ、何やら困惑している様子だ。

 そうか、俺の意図が伝わっていないのだな。冷静に考えれば、今の俺は少し不躾な男に見えるだろう。急に同級生の生活指導をしているのだから、少し失礼だな。


「雨宮さん、まずは目を出してみようか」


 彼女の前髪は、校則違反ギリギリだ。本当に前が見えているのだろうか? 完全に目が隠れているので、視界不良により、いずれ怪我をするかもしれない。


「あの……? これは……その……」

「わかっている。流行りの髪型、最先端のオシャレというヤツだろう?」


 オシャレには疎いが、彼女が意図的に前髪を伸ばしていることぐらいわかる。だってそうだろう? オシャレ以外で、ここまで伸ばす理由などあるまい。


「いや、えっと……」

「よく似合っているよ。まさにキュートと言える」

「キュッ……!? あ、あの……」


 うむ、喜んでくれているようで何よりだ。人を伸ばすには、まず褒めるところから始める必要がある。この髪型の魅力はわからんが、オシャレを褒められて不快になる人間などいないからな。我ながら良いツカミだ。


「その髪型もいいが、キミの目を見てみたい」

「目……目を……?」


 人とのコミュニケーションは、目を合わせるのが基本だ。目を合わせないだけで、話を聞いていないと誤解されうるからな、隠すだけ損だ。考えれば考えるほど、不合理な髪型だな! なんとしても散髪させねば!


「無理にとは言わない。でもいずれは、雨宮さんの素顔を見てみたい」

「あの、そんな面白いものじゃ……」

「面白さなんて求めていない。せっかく隣の席になったのだから、毎日キミの顔を見たいんだ」


 言うなれば覆面をしているようなものだからな。顔を隠されたままでは、打ち解けることができないだろう。


「多分……一回だけで……飽きると思うよ?」

「飽きる? いや、それは考えにくいが」


 人の顔に飽きるということがあるのか? 俺にはイマイチわからんが、女子特有の感性か? ハッ!? そうか、女子が化粧をするのは、そういう理由なのか!?


「……はい」


 何やら諦めた様子で、前髪を横にどけて素顔を晒す。ふむ……。


「中々どうして、可愛らしい顔をしているじゃないか」


 小動物のような愛くるしさだ。優しい人間特有の目をしているし、鼻も可愛らしい低さだ。一般的には高いほうが魅力的らしいが、彼女の顔のパーツ的にも、このサイズがもっともバランスが良い気がする。


「……え?」

「オシャレというのは難しいな。わざわざそんなキレイな顔を隠すなんて」


 口には絶対出せないが、表に出せないほどのブサイクという説があった。ゆえに少しだけ躊躇していたのだが、杞憂だったな。これだったら、席替え直後に顔出しを要求してもよかったな。


「かわ……え? キレイ……? え、え、え……」


 おそらく江戸っ子と同じ考え方なのだろう。人から見えない部分のオシャレ、服の裏地に金箔を貼るのと同じようなものに違いない。まさかこれがチラリズムというヤツか? 確かに不意打ちでドキッとしたぞ。


「隠すのは非常に勿体ないが、俺もオシャレに口を出すほど無粋ではない。だがせめて、俺と話す時だけでも顔を見せてくれないか?」


 俺に見せ続ければ、いずれ慣れてくるに違いない。熱いお湯に少しずつ足を入れるようなものだな。ちなみにだが、入るのに苦労するような熱湯風呂には、そもそも入らないほうがいいぞ! 心臓に負担がかかるからな!


「は、鳩山はとやま君……? それは、ええっと……」

「せっかく隣の席になったんだ。キミの声が聞きたいし、キミの顔が見たい。そしてキミのことをもっと知りたい」


 会話の経験を積めば、自然と自分に自信がつくはずだ。彼女の穏やかさは魅力の一つだが、このままでは社会の荒波で溺死する恐れがある。席替えまでに彼女の意識を変えねば……!


「あ、あ……えっと、ゴメン……ちょっとお手洗い……」


 おや? 行ってしまったぞ?

 そうか、様子がおかしいと思ったら、トイレを我慢していたのだな。これは申し訳ないことをしてしまった。よくよく思い返してみれば顔が赤かったし、アレは相当我慢していたに違いない。間に合うだろうか?




 その後も休み時間の度に話しかけたが、毎回、程々のところでトイレのために離席された。水分補給を怠っていないようで、感心だな。

 ともかく、今日一日で彼女はだいぶ成長した。声も聞き取りやすくなったし、片目だけ見せてくれるようになった。

 今日は金曜日だというのがネックだな。休日を挟むことで、元に戻る恐れがある。

 かといって家まで押しかけるわけにもいかないし、今は彼女を信じるしかないな。




「お、おはよう……鳩山君」


 休日明けの月曜日。俺の思いが伝わったらしく、雨宮さんのほうから挨拶をしてくれた。そして何より……。


「おはよう! ずいぶんとサッパリしたな!」

「う、うん……」


 あのウザったい前髪を、バッサリとカットしてくれた。女の命とも言える髪を切るなんて、相当勇気が必要だっただろう。許されるのであれば、彼女に敬意を評して抱きしめてあげたいぐらいだ。不健全な行いだと周りに勘違いされても困るので、さすがにそれは控えるが。


「前の髪型も可愛かったが、今はもっと可愛らしいよ」


 サッパリしただけでなく、明らかにサラサラになっている。俺は千円カットで済ませているのであくまでも想像だが、きっと美容院というところに行ったのだろう。さすがに校則違反ということはないだろうから、あえて何も言うまい。


「……あ、ありがと……」


 しっかりとお礼を言えているし、間違いなく成長している。俺離れできる日もそう遠くはないな。偉いぞ、雨宮さん。


「もっと間近で見てもいいかな?」


 彼女の成長速度を考えれば、もう少し距離を詰めても大丈夫なはずだ。席替えまでのタイムリミットもあるし、可能な限り攻めていこう。


「あわわ……! えっと、えっと……ゴメン! お手洗い!」


 またか……。水分補給をするのは偉いが、もう少し量を調節したほうがいいな。水分というのは、取れば良いというものではないからな。

 あと、男子の前で、トイレに行くと宣言するのは少々下品ではないだろうか? わざわざ言わなくても察するから、ボカしたほうがいいのでは?

 ……それにしても、想像以上に愛らしい顔だったな。髪をどけるのと切るのでは、印象がかなり違うようだ。なぜ今まで隠していたのだろうか? 乙女心とオシャレは本当に難しい。俺も彼女を通じて勉強できるといいのだが。

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