くんねぽ

機村械人

くんねぽ


 どうも。


 今日は、よろしくお願いします。


 あ、いいんですか? じゃあ、アイスコーヒーで。




 で、早速なんですけど、これは、俺が昔、まだ大学生だった頃、スーパーでアルバイトとして働いてた時の体験談なんですけどね。


 あ、そのスーパーっていうのは、全国チェーンの生鮮食品を扱ってるスーパー。


 スーパー●●●●って、聞いたことくらいはありますよね。


 当時住んでた、埼玉のある店舗で自分働いてたんです。


 そのスーパー、全国展開してる大手の会社だからか、結構店内設備とかシステム器機とか最先端のモノを使ってまして。


 社員……あ、そのスーパーでは、正社員もアルバイトもパートさんも、区分関係無く働いている人間はみんな社員って呼ぶんですけど。


 社員の勤怠記録って、よくタイムカードとか使うじゃないですか。


 ガッチャンっていう、あれ。


 そこでは、『ハンディターミナル』っていう、携帯をちょっと大きくしたみたいなタッチパネル式の器機を使ってたんです。


 俺達は、勤怠ハンディって呼んでました。


 社員全員には入社と同時にID番号が振り分けられてて、勤怠ハンディにそのIDを入力すると、簡単に出勤・退勤の記録が付けられるんですね。


 何日に出勤したとか、何時に退勤したとかがパソコンで簡単に管理できるんです。


 で。


 今回俺がお話する奇妙な話は、この勤怠ハンディから始まったんです。


 ある日、スーパーに出社した俺は、勤怠ハンディにIDを入力して、出勤の打刻をしようとしました。


 制服への着替えの時間も勤務時間に数えられるので、更衣室に入る前には出勤ボタンを押すルールなんです。


 当然、出勤を押した瞬間から時給は発生します。


 ホワイトですよね。


 で、勤怠ハンディにIDを入力すると、普通だったら自分の名前と、その下に[出勤][退勤]っていうボタンが現れるんですけどね。


 その時、画面に出てきたのが……。




  くんねぽ


 [出勤] [退勤]




 ……って。


 名前のところ、俺の名前じゃなくて、『くんねぽ』っていう、なんか変な四文字が入ってて。


 最初は、エラーか何かか? って思って、一旦最初の画面に戻って、もう一回自分のIDを入力し直したんです。


 そうしたら、今度はちゃんと自分の名前が出ました。


 何だったんだろう? って。


 ふと考えたんですけど、理由はすぐにわかりました。


 自分のID番号なんですけど……ああ、大丈夫ですよ、もう何年も前のアルバイトのIDなんで、問題ないですよ。


 42030066、なんですね。


 俺、その時数字のボタンを間違って入れてたみたいで。


 一番頭の数字を『4』じゃなくて、パネルに表示されたキーボードですぐ上の『1』で入力しちゃってたんです。


 つまり、12030066でIDを入力しちゃった結果、出てきたのがさっきの。




  くんねぽ


 [出勤] [退勤]




 だったわけですね。


 で、ああ、入力間違いか……って、納得したので、それは別にいいんです。


 次に気になったのは、この『くんねぽ』の存在です。


『くんねぽ』って、何?


 この勤怠ハンディ、全国で働く全ての社員の出退勤を一括で記録してるんで、他の店舗の社員のIDをここで入力しても表示はされるんですけど。


 けど、流石に、こんな名前の社員いないよね?


 何かの登録間違い?


 もしくは、テスト時に適当に入力した何かが残ってる?


 売場に出て、レジ打ちとか商品出ししてる時も、ちょっと記憶の片隅に引っ掛かって、考えちゃっていました。


 そこで、ふと思い出したんです。


 あの勤怠画面の[出勤]と[退勤]のボタンなんですけど、押し忘れ防止の為に、押されたボタンは青色から赤色に表示が変わる仕様なんです。


 で、さっきの『くんねぽ』の出退勤画面……よく思い出してみたら、[出勤]が赤くなってた。


 つまり、出社してるんです、『くんねぽ』。


 その日仕事が終わって帰るって時に、俺、また間違ったIDの方を入力してみました。


 そしたらちゃんと、あの画面が現れました。




  くんねぽ


 [出勤] [退勤]




 ……[出勤]だけじゃなく、[退勤]も赤くなっていました。


 この『くんねぽ』っていう……社員? ちゃんと、働いてるんです。


 そうなってくると、なんだかどんどん気になっちゃって。


 いや、どうせ、入力間違いとか表示間違いでそうなっちゃってるだけだと思ったんです。


 すぐに修正されるだろうって。


 でも、それから数日経っても、ID12030066を入力したら、出てくる画面は相変わらず……。




  くんねぽ


 [出勤] [退勤]




 の、ままでした。


 もしかして外国人の社員なのかな? とも思いました。


 でも、そのワードで検索しても、どの国でも人名っぽいものは出てこないし……。


 そんなある日、ふと、気付いたんです。


 この会社のIDって実は、その社員の個人情報を元にした数字の羅列なんです。


 いや、俺のID42030066は完全にランダムな数字なんですけど、ある一定以上前の年代の社員の人達は、そういう法則でIDを決められてたみたいなんですね。


 でも、個人情報の保護が騒がれ出した時代以降に入社した社員は、完全ランダムな今のID方式に切り替わったみたいで。


 で、肝心の、昔のIDの法則なんですけど。


 生年月日、です。


 古い社員の人達のIDは、頭の四桁が生まれた年と月から引用されてるんです。


 って、正社員の人に教えてもらいました。


 ちなみに、後半四桁は完全ランダムですが。


 つまり、1998年の6月生まれの人のIDは、『9806XXXX』になるみたいな方式だったんですね。


 で、そう考えたら、あの『くんねぽ』のID……。


『12030066』


『1203』


 ……1912年の3月生まれ?


 いやいや、あり得ないでしょ。


 そんな大昔……そもそも、このスーパーの親会社も設立されてないような時代ですよ。


 でも、新方式のIDは必ず頭が『42』から始まるように設定されてるので、この人のIDは古い方式のモノって事で間違いありません。


 考えれば考えるほど、気味が悪くなってきます。


 スーパーの他の社員に聞くっていう手もありましたが、聞けませんでした。


 だって……それで何だかとんでもない話が飛び出してきたら、それもそれで……。


 でも、好奇心は抑えられない。


 どうしても、この『くんねぽ』という社員が気になってしまう。


 そもそも社員かどうかも不明確ですが……。


 そこで、俺はふと思いました。


 そう……『社員』です。


 もし、この『くんねぽ』が本当に社員なら、どこかの店舗で今も働いているって事になります。


 この会社の業務用パソコンの中には、会社全体の売上等のデータを確認するための、会社専用の検索サイトがあるんです。


 社外秘のデータなのでアルバイトのIDでは入れませんが、正社員の人に「ちょっと個人情報の登録データで修正したい事がある」といって、その人のIDとパスワードを借りて入れてもらいました。


 正社員の人は結構忙しいし、いちアルバイトに付きっきりになっているヒマはありませんから、自分でやると言ったら簡単にIDとパスワードを貸してくれます。


 確か、以前にもその会社専用ページを利用させてもらった事があったんですが……その時に、見た記憶があったんです。


 全国の店舗の、社員勤務表を確認できるメニューがあった事を。


 そのメニューはすぐに見付かりました。


 問題は、数です。


 このスーパーは、全国に数百の店舗数を誇るチェーン店です。


 それらの店舗を、一個一個確認し、勤務メンバーのリストを確認していきました。


 当然、休憩時間や退勤後の時間を使っているだけなので、膨大な時間が掛かります。


 何日も掛け、タイミングを見計らい、俺は『くんねぽ』を探す作業を行いました。


 ……しかし、途方もない時間を掛けたのに、結局見付けることは出来ませんでした。


 パソコン画面には各都道府県の表示があり、選んだ都道府県の店舗名が五十音順に羅列される。


 一ヶ月近く時間を掛けて、それら全てに目を通したのですが……発見できませんでした。


 やっぱり、何かの間違いだったのだろうか。


 当たり前だ、100年以上生きている、『くんねぽ』なんて社員がこの会社で働いてるなんて……あまりにも馬鹿馬鹿しい、というか、考えようによっては奇妙というより笑い話じゃないか。


 そう思った、瞬間でした。


 目の前のパソコン画面。


 立ち並ぶ、四十七都道府県の表示。


 その中の一つが、目に飛び込んできました。




 [北海道]




 ………。


 無い、はずなんです。


 この会社のスーパー、確か、北海道には店舗が無いはずなんです。


 FC(フランチャイズ)で沖縄には店舗があるのに、北海道にだけは、確か、未進出だったはず……。


 俺は、『北海道』の表示にカーソルを合わせ、マウスをクリックしました。




 [スーパー●●●●根室店]




 存在しないはずの店舗の名前が表示されました。


 俺は、心臓をバクつかせながら店舗名をクリックし、勤務表を表示しました。


 いました。


『くんねぽ』という表示が、そこにありました。


 他には誰もいません。


 たった一人、『くんねぽ』という文字と、朝6時から夜17時までの勤務時間が表示されていました。


「何してる」


 背後から、正社員の人に声を掛けられ、俺は大慌てで画面を閉じました。


 すいません、ちょっと給与明細を出そうとしたら、変な画面が表示されちゃって、とか、そんな言い訳をした記憶があります。


 その人――俺にIDとパスワードを使わせてくれた正社員の人からは、会社のデータを見るのはいいけど、社外秘だから口外は禁止だよと、それだけ注意されました。


 俺は薄ら笑いを浮かべながら休憩室に戻りました。


 でも、俺、気付いてたんです。


 俺を見る、その正社員さんの目が……明らかにおかしかった事に。


 その人だけじゃなくて、他の正社員の人達も、同じ目で俺を見るようになった事に。


 その後、独自に『スーパー●●●●根室店』を探そうと思ったんですが……そもそも、検索しても出てこない上に、存在しないはずの店舗です。


 住所も分かりません。


 だから、グーグルアースのストリートビューで外観を確認するとか、そういう事もできません。


 存在するのかどうかもわからない店舗で。


 存在するのかどうかもわからない社員がたった一人働いている。


 ……もう、それ以上の詮索は止める事にしました。


 で、そのスーパーのバイトも辞めました。


 そんな理由で? って思うかもしれませんけど。


 だって、怖いじゃないですか。


 よく考えて下さいよ。


 勤怠ハンディにIDを入力した時、もしも、また間違えて、あの『くんねぽ』の勤怠画面に入っちゃったら。


 そうしたら、何かの拍子に。


 向こうも、こっちに気付いちゃうかもしれないじゃないですか。




(2024年9月18日 都内某所 怪談好きの知人より紹介されたとある青年へのインタビューより)




















備考:くんねぽ アイヌ語 検索

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