穂垂の実り~白銀のイコㇿ外伝~

ねこぷりん(猫姫)

序章 桜の丘

 春には満開の桜が咲き誇るこの丘からは、飫肥駅と、上方へと続く山間の線路が遠くまで見渡せた。秋の訪れとともに、紅葉が色づき、丘の斜面を覆う木々は赤や橙に染まり、風が吹くたびに、はらはらと舞い落ちる葉が陽光ようこうに照らされてきらめいていた。丘のふもとを流れる川は、山の湧き水を集めて穏やかに蛇行し、陽の光を受けて銀色の光を返していた。時折、川辺の葦が揺れ、その間を白鷺しらさぎが舞い上がるのが見えた。


 やがて、遠くから汽笛が響いた。明治時代の文明開花を象徴するような汽車の発車する音だ。低く長い音が山々にこだまし、静かな空気を震わせる。木々の合間から黒煙が立ち昇り、鉄の車輪が線路の上を滑るように進む振動が地面を伝わってくる。汽車はゆっくりと、そして確かに、遠ざかっていく。その後ろ姿は、燃えるような紅葉を背に、刻々と小さくなっていった。


 葉を落とした秋の桜の木のそばに、一人の少女の影が佇んでいた。落ち葉の降る丘の上、細い肩をわずかに震わせながら、その汽車が視界から消えるまで、じっと見つめていた。その少し後ろには、1人の青年が立っていた。遠ざかる汽車と、佇む小さな少女、その両方を見つめるように、ただ静かにそこに立っていた。


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