害獣デクルとその周辺 残念な異世界事情

@nanotta

第1話

 デクルとは、なんとも可愛らしい猫のような生き物である。


 「ニャー」やら「ミャーオ」やらと鳴き、愛嬌を振り撒き、人々を魅了する。



 ただし、その一方で腹黒兎、クソ猫、クソ兎などとも呼ばれる。


 見た目が猫科であることが多いのに兎と呼ばれるのは、たまたま交渉の席に着いたデクルの代表が耳が長く兎のようであったから。基本は猫だが、俗称は兎なこともあるのである。


 さて、なぜ”腹黒”と呼ばれるようになったかというと、あえて説明するまでもない。性格がねじ曲がっているからだ。


 「猫みたいに気まぐれ」では済まされないレベルで好き勝手をし、その結果人が死ぬこともある畜生である。まさにモンスター。


 だが、可愛い。


 とはいえやはり間違いなく害悪な存在であり徹底的に滅ぼすべきなのだが、そうはならなかったのはデクル側が絶滅を回避するため譲歩して来たからだ。


 これには喜んだ者も多い。なんたって可愛い生き物が「一緒に住もう?」と潤んだ眼で訴え掛けてきたのだ。「はいよろこんで!」となってしまった者がいるのは、きっと仕方がない。


 そうした経緯で、この『マルエス』は仮設の開拓村から、城壁を備えた本格的な町になった。



 デクルを語る上では、ミルスについても触れなければならない。


 ミルスとはマルエスより北の町、さらにその北東の森に住む、これまた可愛らしい生き物である。


 こちらは基本的に猫であるデクルと違い多種多様な形態をしており、決まった形がない。耳が長いことはデクルより多く、ミルスの方が兎と呼ぶのに相応しいかもしれない。


 それでも確実に腹黒兎はデクルの方。何てったって、性格が違う。


 デクルは人に媚び、騙し、陥れる存在であるが、ミルスは独自のルールを守り、高潔な存在であるとされる。過酷な異世界において重要である戦闘力という基準でも、他を利用悪用し生き延びているデクルに対して、ミルスは単純に強い。「腹黒」なんて付くのはデクルでしかない。


 悪辣だが媚びて来るデクル。誠実だが近寄りがたいミルス。


 多くの人間が最初選んだのは、残念ながらデクルの方である。だってミルス怖いし。


 生き物が全てモンスターと分類されるような世界では、単体で強ければそれだけで怖い。デクルは直接戦闘であれば強いモンスターではなく、感覚的にはただの大型猫だ。多少狩りの経験があれば、武器を使えば勝てる個体ばかり。


 しかしミルスは感覚的にライオンや熊や狼、あるいはそれを一捻りするとされるレベルの生き物。人によっては餌やりすら怖い。


 しっかりとデータを見ればデクルの方が圧倒的に人を死に追いやっており恐怖を感じても良いのだが、そう思わせなかったのはやはり媚び媚びの愛らしさ故だろう。



 問題はある。というか問題ばかりだ。


 そもそも最初の交渉の席において、腹黒兎と呼ばれるような奴がやって来たのだ。終わってる。


 これには経緯がある。


 デクルが折れ人間に一応の和平を持ち掛けたのは、単純な恐怖によるものだ。しかもデクル狩りに精を出す冒険者個人への。


 デクル狩りが始まっても可愛らしい動物を殺すことに乗り気にならない者が多い中、そりゃあもう言葉に出来ないほど残酷で残虐なやり方で張り切る者がいたのだ。挫けるのも分かる。


 しかし当然と言えば当然な話なのだが、和平を受け入れようと決まった段階でその人物は狩りができないので他の地域へ移った。これがバレて、デクルは元気を取り戻してしまった。結果、嘘泣きしながら有利な条件で和平を結ぼうとする腹黒兎がやって来たわけだ。


 こうして人間とデクルはお互いに直接的な殺しが禁止され、可愛いデクルを愛でようと多くの人間が訪れた。


 だが、よくよく考えてみて欲しい。もともとデクルは人間を直接的に殺すなんてしていない。ずる賢く罠にはめ、他を利用し、殺していたのだ。詭弁だが、デクルにとってそれは問題ない。


 何故なら、根本的にデクルが責められないのは可愛いから。そうでなければ例の冒険者が暴れて終わっていたはずなのだから。

 和平を結んでいる種族で、しかも可愛い。こうなるともう、しばらくは謎の愛護団体とかが頑張ってくれた。

 その愛護団体も、デクルにやられて壊滅してしまったのだが。


 それでも完全に人間の敵であるならば再度デクルを狩ることに決めても良いとも思えるが、そもそもデクルは別に人間を殺すことが好きなわけではない。悪戯の結果死んでしまう者もいるだけ。


 あくまで悪戯の方がメインなのだ。



「っざけんな!死んだんだぞ、分かってんのか!?」

「あー、だからその可能性がありますよって看板立ってたでしょ?しかも読んで了承することが条件で森への入場が許可されてる。違反してんのそっちだよ?というか、あの看板だってコスト掛かってるんだから、しっかり読んでくれって話よ」


 それこそ看板にも悪戯が繰り返されるため、頻繁に手入れがされる羽目になっている。


 それでも看板を読まない奴は結構いる。というか、読んでも本当に死ぬとは思わなくて結局怒ってるんだろうなって。どっちが命を軽く見積もってるんだろうね?


「ふざけんな!」

「ふざけてないよー。責任を負いませんとも書いていたはずだよ。だから責任を負いませーん」

「ふざけんな!」


 同じことしか言えんのか。


「これ以上こっちから説明できることはないから。食い下がるなら然るべき処置をすることになるよ?」

「はぁ?悪いのはそっちだろ!」

「忠告はしたよ。今すぐ出てけ。留まるなら、覚悟しろ。五秒以内だ」

「……クソッ!」


 結局出て行くのかよ。これって悪い自覚があるのかな?馬鹿ってのは不思議な生態をしてる。本当に悪くないと思ってるなら留まれよ。まあ、そうしたら護衛が飛び出て来て連行されるんだけどさ。


「面白いにゃー」

「よく我慢したな―、偉い偉い」


 この語尾に「にゃー」が付いてる三又の尾を持ついかにもな縞猫は、察せられる通りにデクルだ。一応俺の仲間……ペット?だ。多分。一応。そう信じたい。


 デクルの相手をしていると「一応」とか「多分」ばかりで自分でも嫌になる。


 見ての通り、聞いての通り、こいつは人語を話せる。ミルスは「お前が合わせろ」という態度で人語を理解しながらも話すことはほぼないが、デクルは賢い個体は話す。逆に話せなければ人語を分かっていない。


 こいつは「しまもん」という名前で、普段は「シマ」と呼んでる。縞猫だからという安直まっしぐらセンス。だって良い名前なんて思いつかないもん。


 シマは町長である俺の家に面白がって居付き、そのままほどほどに良い関係を築いたデクルだ。最初は喋れなかったが、すぐ人間の赤ん坊のように練習し始めた。


 尻尾は最初二本しかなかったのだが、気付いたら三本になってた。猫又みたいな感じで二本なのかと思ってたら、増えたので驚いた。増えた理由は本人に聞いても分からない。


 因みにシマは、こうして仕事中にも平気で部屋に居座り、様子を見て楽しんでいる。しょっちゅう話し相手を煽るので、今回話に割り込んでこなかったのは行幸だ。



 俺がこんなクソ面倒くさい町の町長になってしまったのは、偉ぶりたいからでも能力が高かったからでもない。純然たる消去法だ。


 この町に来るような奴、留まるような奴は、猫……というかデクルが大好きだ。最初の代表者も、御多分に漏れずテンションマックスな感じではしゃいでいた。


 そうしたら案の定、嵌められて死んでしまった。


 これがデクル狩りの始まりだったりもするし、なんならその下手人はシマでは?という疑惑があったりもする。人殺しモンスターと仲良くするのは問題ではないかという疑問もあるかもしれないが、俺としてはどうでも良い。

 だって俺も結構デクル殺したし。


 この場に留まった開拓団の中で俺は、あまりデクルが好きでもない珍しい側の人間だったのだ。


 デクルに甘いと利用される。毅然とした態度をとれる者が町長に相応しい。


 その判断は適切だったと思うし、賛成もした。だが、まさか自分にお鉢が回って来るとは思わなかった。町の運営能力ではなくて、平気な顔してデクルを何匹も殺したからという、サイコパス診断みたいな方法で町長に指名されてしまったのだ。


 もちろんどうかと思ったものの、確かに次の本来の町長候補も厳つい顔ながらデクルには激甘な人で利用されそうだった。さらに次点の候補も、賢いながらも優しい女性でデクルとやり合うには不適切だったのだからどうしようもない。


 ミルスの住む北へ進んだ開拓団から適切な人員を呼び寄せることも提案したのだが、本来向こうの方が大変なのに迷惑をかけるわけにもいかないとなった。北が崩れるとこちらまで波及する可能性も高いので、仕方ない。


「まーた書類かにゃー?」

「この前の一時避難受け入れの後処理と、復興支援関係の仕事があるんだよ。一通り終わったみたいだからチェックだ。ついでにエルフの対策案が上がってきた。まともそうだから考えてみなくちゃならん」


 デクル関係以外だと優秀な仕事をする奴が多いんだよな。


「つまらんにゃー」

「森でも行ってろ」

「東にゃ?」

「行きたきゃ行け。今日は赤飯だな」


 ここで森と言えばすぐ近くにあるデクルの住む西側の森に決まってる。東側にはそこそこの距離を置いてエルフの森があるが、ここを単に”森”だなんて言うわけない。

 エルフの森はモンスターより人間の方がよほど殺されやすいが、デクルは十分に警戒されてるから同じく即射殺だろう。


「赤飯あんま好きじゃないにゃ」

「お、良ければエルフに手紙届けてくれても良いぞ。丁度その手の仕事がある」


 どこぞのゲームのごとく目が合えばバトルになるが、互いに目を合わせないように交渉はしている。もっとも手紙を届けることすら困難なので、エルフとも親交のあるミルスや特殊な冒険者を使うことになるが。


「じゃ、あちしは看板へ悪戯するやつを嵌める罠でも作ってくるにゃ」


 悪戯へ悪戯する奴を悪戯する罠に嵌らなければ良いな。


「看板壊すなよー」

「魅力的な看板に作り直しといてやるにゃ」


 変なことすんなや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る