第43話


「音無さん今日すごかったっねー、やっぱ陸上やってたの?」


「途中で辞めたけど中学の時に少しだけ」


「えー勿体な、なんで辞めちゃったのさ」


「いやーちょっと怪我して」


 放課後私は、ファミレスの座席にて代わる代わる隣に座るクラスメイトたちと、会話を繰り広げていた。

 今日初めて気づいたが私には相手の名前が分からずとも会話をそれなりに成立させる才能があるようだ。

 私はこれを名無しの意思疎通ネームレスコミニケーションと名付けた。

 転校生かのような質問攻めに遭い自身を構成する情報の半分ぐらいは吐き出した頃にようやく私は解放された。

 喋りすぎたせいで喉が渇く。


「やっ人気者。メロンソーダとコーラ混ぜたやつと、ジンジャーエールと白ブドウ混ぜたやつ、どっちがいい?」


 テーブルに名状しがたい色をしたグラスが2つ置かれる。


「……混ぜてないやつがいい」

 

 星科さんは相変わらずだ。

 そういうのは中学生までだろう。

 周りには一般客もいるし流石に恥ずかしさが勝つ。

 

「じゃあこれどうぞ」 


「あっ、ありがとう。長南さん」


「くっ負けた」


 長南さんが持ってきてくれたオレンジジュースを有り難く頂く。

 適度な甘さが喉を通り抜けて疲労した身体に染み込んでいった。

 何やら勝負をしていたらしいが星科さんは賭けに出すぎだ。

 ふぅーと長いため息が自然と出る。

 いつもの面子に安心感を憶えている自分がいた。


「……なんか走るよりも疲れた」


「仕方ないよ。音無さん間違いなく今日のヒーローだったし」


 長南さんが自身のオレンジジュースを飲みながら言う。

 あの後も紆余曲折ありつつ私たちのクラスは逆転優勝を果たした。

 これはそれの打ち上げというわけだ。

 クラスメイトのテンションの高さを示すみたいに周りの生徒のテーブルには星科さんと同じような色のグラスが所々輝いている。


「けど心配したよ。音無さん私らの姿見るなりへたり込むんだもん」


「ごめんごめん、何か長南さんの姿見ると安心しちゃって」


「フム、なんで長南なんだよとツッコミたいところではあるが気持ちは分かる」


「でしょ」


「何か謎の感情が共有されてる!?」


 グラスの中身を少しずつ減らしながら、そんな他愛もない会話を続ける。

 楽しいなと思う。

 知り合ってから3ヶ月も経っていないのに2人とはずっと前からこうだったような気がする。

 2杯目のグラスが空になり、打ち上げも終わりの雰囲気を見せ始めた頃、鈴の音が響いた。


「波瑠、この後いっしょに帰らない?」


 彼女にしては珍しくその目には緊張が見て取れた。


「うん、いいよ」


 それに共鳴するように私の声も少し震えた。




 

 駅までの道を2人で歩く。

 長南さんと星科さんは空気を読んで、先に帰ってしまった。

 

「波瑠、こっち」


 有栖の声に誘われるまま、公園に入る。


「ここ、突っ切った方が早いから」


 両脇にある桜の葉からいくつもの木漏れ日が遊歩道にグラデーションを映し出していた。

 

「いい場所だね」


「うん、私もそう思う」


 有栖が一瞬足を止め、また歩き出す。

 会話が途切れ、沈黙が降りてくる。

 けれど悪い沈黙ではない。

 風による木々のざわめきが私たちの間を優しく埋めてくれている。

 けれどそれは永遠には続かないしばらく歩いて公園の出口が見えてくる。


「「あのさ」」


 盛大に声が被ってしまった。


「波瑠からどうぞ」 


「有栖からでいいよ。私のは、つまらない話だし」


「う、うーん」と有栖が頭を捻らせる。


「波瑠、時間……ある?」


「ある、けど」


 たとえ、電車に1時間乗り遅れようとも今日は家に誰もいない。


「じゃあさ、座ってゆっくり話そ」


 彼女の指したのは近くのベンチだった。

 こうやって場を整えられると急に何を話せばいいか分からなくなる。

 

「波瑠、走ってくれてありがとね」 


 隣に座った有栖は開口一番そう言った。

 それから照れくさそうに顔を赤らめ笑う。    

 彼女のその誠実さが私の中の後ろめたさを増幅し何かを決壊させた。


「……ごめん」


 ずっと言いたかった言葉。

 そこから溢れ出した血ようにに言葉が溢れ出ていく。

 

「……あの時、帆足が言った言葉、別に間違ってはいなかったかもだけど、私の中にちゃんと悔しい気持ちもあって。有栖は私の為に2度も怒ってくれたのに。2回とも上手く受け取れなくて……私のせいで有栖は、生徒会長になれなくて。それをずっと謝りたくて」


 あぁー私余計なこと言ってる。


「ごめん私、自分のことばっかりで」


 こんなものただの自己満足だ。

 有栖にとってはいい迷惑だろう。

 顔を上げるのが怖かった。

 自分のスカートとすぐ隣に彼女のスカートが並んでいて私はこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。


「私の方こそ、ごめん」

 

 握りしめた手にそっと彼女手が重ねられる。

 驚いて顔を上げると彼女の悲しげな顔がそこにあった。


「波瑠があの時のこと気にしてるの何となく気づいてた。けどあれは、私の自業自得だと思ってたから」


「そんなこと……」


「なくはないでしょ。あれは、勝手に波瑠の気持ちを推し測った私が招いたんだよ」


 そう言って有栖は苦笑した。


「雛ちゃ……雛倉さんにも後日謝ったしね」


「そうだったんだ」


「うん、だから……強いて誰が悪かったといえば噂を流した……」


 咄嗟に有栖の口を塞ぐ。

 その勢いに仰け反った彼女の上体が傾くのを慌てて受け止める。

 顔が近い。

 彼女の瞳が驚きに揺れているのが鮮明に見えるくらいに。

 そのまま時が数秒流れた。


「……波瑠」


 その声にようやく平静を取り戻す。

 

「ごめん、有栖が人のこと悪く言うの聞きたくなかったから」


「……そっか」


「ごめん」ともう一度謝り一人分彼女と距離を開ける。

 しかし直ぐにその距離は詰められてしまった。 

 有栖が意を決したように立ち上がる。


「波瑠、私たまに生徒会の手伝いしてるんだ」


「急に何の話だろう」と私が頭にはてなマークを浮かべていると有栖が続ける。

  

「つまり何がいいたいかと言うと、来年の生徒会選挙の応援演説、波瑠にやって欲しいなって」


 彼女の差し出された手を掴み立ち上がる。


「分かった約束する」


 恐らく彼女は私に気を使ってくれたのだ。

 けれどそれと同時に本気で私を頼ってくれている。

『この瞬間だけは世界で一番分かり合えている』そんな錯覚。


「……ありがとう」


「いや、それを言うのは私だ」


 友達だった頃数え切れないほどした『ありがとう』と『ごめん』繰り返し。

 完全に同じ形には戻っていない。

 けれど確かに前に進めた感覚があって。


「私の方こそありがと。有栖」

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