第23話
制服のポケットからのついた鍵を取り出す。
霞む視界の中鍵穴を見定めそれを差し込む
カチリと小気味よい音とともに扉が開いた。
「……ただいま」
返ってくる声は当然ない。
ローファーを脱ぎ捨てる。
ふらついた足は自然と玄関を入って左手にある仏間を目指していた。
仏壇の前に正座しリンを鳴らす。
目を閉じると入ってくる情報が制限され私は少し冷静になる。
「……お父さん」
(なにやってんだろ私)
普段仏壇に手を合わせるどころか仏間に入ることだってしないのに。
有栖と別れてから寂しいと思ってしまった。
どうせ上手く話せもしないのに。
気持ちが悪い。
体調も有栖に対するマーブル模様の感情も
でも一番気持ちが悪いのは悲劇のヒロインぶっている私だ。
画面左上の数字がハイスコアに近づくにつれコントローラーを持つ手がわずかに震える。
「あっ……死んだ」
瞬間的ミスにより自機が爆散し画面にはゲームオーバーの文字がでかでかと表示される。その下には、リトライとリタイヤの選択肢一瞬の迷いの後、私はゲーム機の電源ごと消す。
コントローラーを投げ出し変わりにスマホを取り上げるといつの間にかラインの通知が入っていた。
『体調大丈夫そー』
文面から彼女の優しさが染み出している。
その下には気遣わしげなクマのスタンプが私を見つめていた。
『大丈夫だ問題ない』っと、返信を返すが直ぐに既読がつくことはない。
彼女は今、学校なのだから当たり前だ。
今日の授業を受けられていないことへの不安がこみ上げる。
結局私は翌日まで熱が下がらず学校を休むことになった。
一応、皆勤賞を目指していたのに1年のうちからその夢は潰えることになってしまった。
スマホで時間を確認すると午後4時。
家族2人からは寝ているようにと念押しされながらも、からこれ3時間はぶっ続けでゲームをやっていた事になる。
いつもは学校に行っている時間、目が冴えてしまってもう一度寝ろと言われても寝つけなかった。
「……暇」
何かすることはないかと痛みの残る頭で考える。
部屋の中を視線を漂わせていると目にとまったのはかけてあった制服ポケット。
自転車……そういえば駐輪場に置きっぱなしだ。
明日は土曜日だし急ぐことはないが早めに取りに行くことに越したことはないだろう。
さっそくポケットから自転車の鍵を取り出し出掛ける準備をする。
とは言っても机の上の家の鍵を持っていくだけだ。
家族が揃えてくれたであろうローファーを履き玄関の扉を開ける。
「にゃっ」
同時に扉の向こうで聞き覚えのある声が聞こえた。
目線を上げるとそこには今まさにインターホンを押そうと指を伸ばした姿で固まった後輩の姿があった。
「……なんで帆足が?」
声をかけてみたが私に向かって目を見開いたままで反応する気配がない。
この前、動画で見た天敵が近づいた時の小動物ってこんな感じだったな。
「……先輩あのこれ……」
「……あぁうん」
帆足が差し出したコンビニ袋を反射的に受け取る。
中にはスポーツ飲料が見える。
どう見てもお見舞い用の中身だ。
(あれなんで帆足が私が体調崩してるの知ってるんだ?)
「様子を見てきてって頼まれたんですよ。夏希ちゃんに」
私がその疑問を言葉にする前に帆足は静かな口調で言った。
「なるほど夏希に」
「はい」
妹と帆足にはそれなりの接点があるしそれなら納得だ。
「では、私はこれで」
それだけ言ってそのまま帆足は逃げるように家の敷地内から出ていこうとする。
「待って」
その背中をあわてて引き留める。
「とりあえず、上がってよ」
ゆっくりと振り向いた帆足はやがて何かを諦めたように嘆息し私に従った。
「おじゃまします」
帆足がやや緊張した様子で私の部屋に入る。
帆足がこの部屋に入るのは初めてという訳でもない。
しかし、不安げに視線を彷徨わせているのはただでさえ狭い部屋の大部分が布団に占領されているからだろう。
「狭いよね布団片そうか?」
「なんで病人が寝ようとしないんですか」
私が尋ねると帆足は呆れたようにそう言い部屋の隅にペタリと床に腰を落とす。
「たぶんもう熱下がってるし病人じゃないよ」
そう言ったのも束の間、急に襲ってきた目眩に私は布団にかがみ込む形となってしまった。
「熱測ってください」
帆足の真剣味を帯びた声が届く。
目を開けるとジトッとした瞳が直ぐ側にあった。
私は促されるままに枕元にあった体温計を手に取り脇で挟む。
測定する間彼女は私から視線を外すことはなかった。
それによって体温が上昇するなんてことないだろうがこうも見つめられると流石に恥ずかしい。
「……上がってる」
表示された38.0の数値を見て愕然とする。
「どうするゲームでもする。スマブラX」
「しませんが」
そのまま私は帆足に布団に押し留められてしまった。
上体を起こしながら改めて帆足を見る。
学校帰りで来たのだろう。
制服姿に重そうなリュック。
しかし前に会った時と違い制服が冬服から合服へと成り代わっていた。
「……ゼリーとか食べます?」
青リンゴ味のゼリーが差し出される。
どうやらスポーツ飲料だけでなく他にもいろいろと買ってきてくれたらしい。
「助かる。お昼ご飯食べてないし」
帆足の瞳がすっと細められた。
しまった余計なこと言った。
体調のせいか思ったことがすぐに口にでてしまった。
違うんだ帆足。
私はただ即席麺を作るのが面倒くさかっただけなんだ。
付属していた紙スプーンでちびちびとゼリーを口に運ぶ。
体調のせいだろう。
味覚が鈍っている。
舌に残るのは甘いものを食べているという漠然とした感覚、それを胃に落としていく。
「ありがとう、……おいしいよ」
「……」
見え透いた嘘だっただろうか返事はない。
ただ複雑な面持ちでその視線は最終的に壁に掛けてある制服へと向かっていた。
「先輩出かけようとしてたのによかったんですか?」
彼女の視線は制服に向けられたままだ。
「大丈夫、急ぎのようじゃないから」
「そうですか」
「私の制服気になる?」
私がそう言うと直ぐに視線を外し「いえ」とだけ言う。
「それより早く寝てください」
いつの間にかゼリーは空になっていたゼリーの容器が回収される。
帆足はそれをコンビニ袋に入れて固く結んだ。
捨てておいてくれるらしい。
なんというか至れり尽くせりだ。
ゼリーでお腹が膨れたからか眠気が襲ってくる。
私は素直に彼女の言葉に従い身体を横たえた。
こうして彼女に見おろされているというのは新鮮な感覚だ。
吸い込まれそうな黒の瞳に私自身が映り込んでいるのが見えた。
情けないなと思う。
「……綾園先輩ですか?」
帆足がボソリと呟く。
「……ちょっとテストで上位取りたかっただけだよ」
「……それでこの有様とか、リミッターぶっ壊れますね」
帆足が優しくふっと笑う。
それから、自分の通学用リュックに手を伸ばした。
「帰ります。アクエリ枕元においてあるので良かったら飲んでください」
まぶたが重い。
夢と現実の狭間で私はまた淋しさに襲われる。
「……自分のせい、とか思ってる?」
今のは聞かなくていい質問だ。
無意識に昨日見た夢を引きずっていたのかそれにしたって彼女を引き留める言葉として別の言葉があったはずだ。
だから上手く伝わらなければいいと思った。
実際、今の言葉だけで私の心意が伝わる可能性は低い。
しかし、そんな私の願いは叶わず帆足は思ったよりも正確にその言葉をくみ取ってしまったようだ。
「……思っていないと言うと嘘にはなります」
少し震えた声。
何も見たくなくなり目を閉じる。
「……ごめん」
「……もう少しここ居ますね」
その言葉に驚いて再び目を開けると困ったような笑顔を浮かべた帆足の姿があった。
「……うん」
「何か他にして欲しいことありますか?」
座り直した帆足が聞いてくる。
「……手握って欲しい」
口にしてからその余りの子供っぽさに顔が赤くなるのを感じ撤回しようとしたが先に帆足が何も言わずに私の手をとってしまった。
ひんやりとした彼女の指が絡んできて体温が溶け合う。
礼を言いたいけど身体のほうが限界だった。
真っ暗な世界が私を包み込む、しかし握られた手の感触が帆足の存在を知らしめ私を孤独から守ってくれていた。
「……先輩」
彼女のつぶやきが意識を手放す中聞こえた気がした。
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