第3話
(どうしてこうなった)
有栖が私の向かいの席でお弁当を食べている。
箸の持ち方から食べ物を口に運ぶ所作までいいところのお嬢様が滲み出していた。
いわゆる、互いのことをまだよく知らないので大人数でお昼を食べる女子グループに巻き込まれてしまったのだ。
私自身は、断ろうとしたのだが長南さんが「はい、喜んで!」と妙にかしこまって了承し流れで私も参加する事になったのだ。
というか私が「音無さんもいっしょに食べるよね」と言った長南さんの不安気に揺れる瞳を裏切れなかった。
くっ、長南さん恐ろしい娘。
早く食べ終わって残り時間はトイレにでも籠ろう。
この高校のトイレめっちゃキレイだし。
このグループなんというかオーラが違う、長南さんはともかく私だけが浮いてる。
たぶんこの、浮く浮かないは、制服が似合うか似合わないかに比例するように思った。
というか、有栖と長南さん以外の人の名前が分からない。
隣で弁当の話で盛り上がっている長南さんの話を聞く限りおそらく、私の左前に座っているのが小柳さん、その左が村瀬さんだ。
よし覚えた。
「音無さんはその弁当、自分で作ってんの?」
長南さんが私に、話を振ってくる。
「うん、そうだよ。といっても昨日の余り物ばっかりだけどね」
「おぉすげぇ」
「はえーえらい」
私は、小柳さんと村瀬さんの羨望の眼差しに晒され思わず目を反らした。
「……別に親が忙しいから作ってるだけ」
「じゃあ、両親共働きなんだ」
小柳さんが言う。
「……うん、そうなんだ。二人とも忙しくて」
なにか思う必用もない。
今さら痛むことのない古傷に少し触れただけだ。
「私よりも委員長の弁当の方がすごくない」
「うぇワタシ!?」
他の子と話していた有栖が動揺を見せる。
「ほんとだスゴーイ」
「自分で作ったの?」
一瞬にしてグループの話題は有栖の弁当になる。
有栖の弁当は豪華な三段弁当だった。
一品一品エピソードが詰まっていそうな手の込んだ料理が、バランス良く配置されていて、米には桜でんぶが乗っており色合いも華やかだ。
「うん、自分で作って来たよ。朝早起きして気合い入れてきた」
「じゃあ今日、何時起き」
「うーん、5時半だったかな」
なんで家近いのに、私と同じ時間に起きてるんですかねこの人。
グループの話に適当に相槌を打つ。
なんだかんだ楽しく昼を過ごせていた。
(さっきはちょっと失敗したな)
食事の終わり際、チラリと私の嘘に気づいたであろう彼女を見る。
ちょうど弁当を食べ終わったのだろう顔を上げた彼女と再び目が合ってしまった。
というか、今日は彼女と目が合うことが多すぎる。
中学時代には、そんなことなかったのに。
なんとなく気まずくなって当初の予定通りトイレに向かうため教室を出た。
「カラオケ?」
「そうそう放課後、音無さんも行かないかーって綾園さんが」
長南さんが期待を込めた眼差しで言う。
私が意味もなくトイレで手を洗っている間に、そういう話になっていたらしい。
参加人数は、男子も含めクラスの半数ほど。
「私はいいや」
「ええー」
「……だってテストあるじゃん」
今日は金曜日であり、週明けに新入生テストを控えていた。
「テストって言ったて成績に影響ないじゃん」
「……まぁそうだけど」
「それとも、カラオケ嫌い?」
カラオケは普通に好きだ。
というより、地元にボウリング場がないので友達と外で遊ぼうとすると半自動的にカラオケに行くことになる。
後は、児童館で卓球するぐらいだ。
「いや、好きだけど」
「じゃあ行こうよー。音無さん行かないなら私、誰と話せばいいのさー」
「いや、さっき普通に話してたじゃん」
名前なんてたっけ。
いかん、トイレに行っている間に、忘れた。
そのまま、断る明確な理由も見つけられず長南さんに押し切られてしまった。
放課後、今まで通されたことのないほどの大きなカラオケボックスの隅でチミチミとココアを啜る。
以前ならば炭酸飲料にしただろうが、受験勉強中ずっと愛飲していたためか、私はすっかりココア好きになっていた。
それに、季節は春と言えども未だに冬の寒さは健在だ。
温かいココアが身に染みる。
そういえばジョイサウンドとDAMってなにが違うんだろう。
正直、どっちでもいい気がする。
ドリンクバーにココアがあればいい。
そんな、和やかな私の気持ちとは裏腹に部屋の中は騒然としていた。
一昔前のラブソング、今流行りのアイドルソング、知っている曲もあれば知らない曲も流れてくる。
それを名前も知らないクラスメイが歌う。
おもむろにこの空間に孤独を感じ、隣の長南さんを見ると笑顔でタブレットを端末をこちらによこして来た。
さっさと一二曲歌って離脱しよう。
長南さんに通いであることを伝えたので私は任意のタイミングで帰ることもできるのだ。
タッチペンを手に取り曲名を開く。
こういう場では、どうゆう曲を歌うのが正解なんだろう。
あまり、マイナー過ぎるのを選ぶのもみんなが盛り上がれないし、かといって誰かと被るのも良くない。
ネタ方面に走るのは、キャラじゃないので論外だ。
ここは、普段友達と行くカラオケボックスよりも大きく設備も整っているのに窮屈に感じる。
考えた末思い浮かんだのは母が車でいつも流している2000年代前半にリリースされた応援ソングだ。
さっそく、その一文字目を入力しようとした瞬間思い浮かべていたイントロがボックス内に響く。
驚いて端末から顔を上げ見てみると見知った顔がマイクを持っていた。
歌い出しから、他の人とは違う。
自然と雑談が止んでいき。
彼女の鈴の音だけがボックス内を支配する。
彼女が歌い終えたあともしばらく静寂が続き、モニターへと視線は集まっていた。
点数は、堂々の100点。
少なくとも私は初めて見る数字だ。
モニターに向けてパシャリと言うスマホのシャッター音がしたあと「歌も上手いとか反則かよ」という誰もが思ったであろうことを誰かが言った。
「ジョイサウンドだから判定甘めなんだよ」
と本人は本人は謙遜する。
次の曲のイントロが始まる頃、ようやくボックス内の時間が動き出す。
「音無さん、曲入れないの?」
長南さんの声で私も我に帰る。
完全に有栖の歌声に聴き入ってしまっていた。
見ると一文字だけが入力された端末が私の前に置いてある。
「ごめん、まだ決めれてないや」
「すごかったもんね。綾園さん」
「そうなんだよ」
そう苦笑混じりに応え、端末から一文字を消す。
「なんか、一緒に歌わない?」
「いいの!?」
「……うん、なんか一人じゃ決められなくってさ」
二人して端末を覗き込む。
その時ふと視線を感じて顔を上げたが誰の視線だったのか特定には至らなかった。
歌う曲は、案外早くに決りあっという間に私たちの番が来る。
歌うのは、流行りのバンドの青春ソングだ。
清涼感のあるラムネ色をした歌詞を二人で歌い上げる。
結果は、86点初めて歌うにしてはまずまずの結果だ。
なにより、長南さんが楽しそうに歌ってくれたので良かった。
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