16.脱出 part1

(余計な事を……)


 政臣は姫愛奈を睨み付ける。しかし姫愛奈は手振りで政臣の抗議を退けた。


(違う違う。私悪くないから!)


 カルダンを尋問した際の収穫は、実は芳しくなかった。カルダン本人も薬物密売の自覚はあったものの、組織を率いるボス的存在の事は知らなかったのである。政臣がプリセットで使っている魅了魔法は難度八以下のあらゆる精神障壁を突破する。難度八以上の魔法は理論上実現不可能なので、仮にカルダンが何かしらの魔法で情報を漏らさないようにされていても、全て話してしまうはずであった。


「そうか、奴を手にかけたのは君たちか……。どうりで一切の拷問の後が無かった訳だ。今、君の連れが私の異界化魔法を突破した事で確信したよ。君たちは拷問ではなく魔法で情報を得たのだな?」

「それは……いや、我々がやったとはまだ確定してはいないでしょう」


 まずい方向に流れている。それを肌で感じた政臣は、平静を取り繕って軌道修正を図る。しかしアートルは聞こうとしない。


「魔法を行使した後は魔力が残るというのが人間たちの定説のようだが、真実は違う。腕の良い魔術師はその場に魔力を一切残さない。──カルダンの死体には降霊妨害アンチネクロマシーの他、様々な魔法がかけられていた。死体が自分たちの事を喋らないようにするための当然の措置だろうが、術をかけた者たちは真面目にやり過ぎたようだな。あそこまで高精度の魔法を幾つも使える者は、人間はおろか魔族にも少ない」

「……っ」


 政臣は瞑目して、自分の行いを悔やんだ。カルダンを射殺した上、様々な情報系魔法をかけたのは政臣本人だからである。政臣と姫愛奈は魔法が使えない代わりに、種々の魔法を保存セットしたガジェットで魔法を行使出来るようにしていた。これらはまだ試験段階の物で、ドクター・クランの要請で装備させられたものだった。


 カルダンの死体で様々な魔法を試した記憶がよみがえる。まさか、死者を冒涜した罰だというのか。しかしカルダンこそ死者はおろか、無辜の生者すらもてあそんでいたような手合いではないか。確かに自分たちは任務遂行の範疇で現地人を殺害する許可を与えられているが、何もしていない者をよってたかって手にかける事はしない!


 そんなズレた言い訳を内心でしながら、政臣はアートルを見た。吸血鬼は船長席から立ち上がり、毅然とした口調で言った。


カルダンはこのウィスキア号を大陸まで運んだ後にばらまかれるグール化の薬物を調達する役を担っていたのだよ。もっとも、本人には知らされていなかったがね。奴が我々に薬物を届けられていれば、もっと完璧に近い計画になったというのに」

「話し合いの余地は無いのですか」

「悪いが、計画の邪魔をした者を逃がすほどお人好しではないよ。私は魔族だからな」

「……。そうですか」


 C分遣隊を銃口が囲う。かなりの至近で、蜂の巣にされるのは疑いない。


「青天目くん!」

「大きな声を出すなよ白神さん。俺たちは別に大丈夫だろ。とは言え、こうなったらもう容赦はしない」


 特段の予備動作も無く、政臣は指を鳴らした。停止状態だったドロイド兵が起動する。


 アートルの部下が察して対応する数瞬前に、政臣は指示を出した。


「撃て」


 銃弾の奔流が至近距離でぶつかり合う。マズルフラッシュが花火のように煌めいて、ブリッジを照らす。それは殺人の火花。無機質な死を象徴する花弁がアートルの部下たちを貫いた。


 至近距離でのサブマシンガンは絶大な威力を発揮し、ものの数十秒で対魔族協力者コラボレーターたちを死体に変えた。ブリッジの床はカーペットの代わりにかれらの血で赤く彩られ、薬莢が刺繍の代わりに無秩序な装飾として転がっている。


「!」


 気づくと、アートルがブリッジから消えていた。部下を犠牲にして逃げたのだ。礼儀正しい老紳士の本質は、部下の命すら消耗品と捉える怪物そのものだった。


「逃げ足はやっ!」

「感心してる場合じゃないぞ。こんな空の孤島で敵対者と相乗りなんか出来ない」

「倒すの? このまま行けば、目的地に行けるんでしょ?」

「それはそうだが、行った先でまた騒動が起きるのは嫌なんだよ。トラブルとか無しでゼーバ帝国に行きたい。そう思わない?」

「それはそうだけど、計画はあるの?」

「この飛行船を海に落とす」

「えっ?」

「それしか無い。どこかに着地させたらそれこそ大惨事だ。だが、海中ならグールも溺れ死ぬだろ」

「私たちは?」

「白神さんが劇に夢中になっている間、俺は船をくまなく見てたんだよ。それで脱出用の小型飛行艇を見つけた。まだ一つくらいは残ってるだろ」


 方針が決まると、後の行動は早かった。それぞれの補助ドールを連れ、政臣はエンジン部へ、姫愛奈は脱出用気球を確保しに行った。


 飛行船の外に出た姫愛奈の頬を強風が打ち付ける。ウィスキア号はかなりのスピードで航行しているようで、このまま行くと予定よりもかなり早くルード大陸に到着するだろう。


 姫愛奈は風に逆らって通路を走り、後部の飛行艇ドックに向かった。政臣の予想通り、脱出用の飛行艇が残っていれば良いのだが。


 ドックに飛び込んだ姫愛奈は、自分たちが運の女神に見放されていない事を知った。ドックの飛行艇は三隻分が空になっていたが、一隻だけは無事に係留されていた。


「ラッキー!」


 嬉しさのあまり少女は足を滑らせそうになった。コントロールパネルには、飛行艇の係留クレーンと同じ数のボタンが並んでおり、そのうちの一つだけが赤く点滅している。


(絶対このボタンが残ってるアレ飛行艇と対応してる……! いや、でも──)


 コントロールパネルの横にはレバーがあり、ボタンの下にはアームが二つ設置されている。さらにアームの横には四角形の別のボタンが付いていた。


「何これ、わっかんない!」


 操作を誤ればどうなるか。言わずとも知れた事だ。説明書か操作案内の看板がないか探す姫愛奈の長髪が荒ぶる。


「ヒメナ~、あれが操作方法じゃない?」


 S15はいつもの呑気な笑顔で壁に張られた金属プレートを指さす。そこには飛行艇の係留クレーンの使用法がイラストと共に記されていた。


「これなら……!」


 喜んだのも束の間、プレートのイラストが半分ほどかすれてしまっているのに気付き、姫愛奈は頭を抱える。肝心な係留ドックからの切り離し部分が分からないのだ。


「あああ! クレーンの動かし方なんて記憶学習でもやってないわよ!」


 地団駄を踏む姫愛奈。しかしすぐに気分を切り替える。政臣に託されたという事をモチベーションに、姫愛奈はレバーを握った。


「舐めんじゃないわよ。クレーンの一つや二つ操作出来てこその淑女でしょ」


 パートナーが悪戦苦闘している最中、政臣はエンジン部に立てこもるアートルの部下たちと交戦していた。


 発電機の陰に隠れながら敵の銃弾を防いでいたS14は、プラスチック爆弾を亜空間ポケットから取り出している主人に疑問をぶつける。


「このエンジン部全体を爆破させれば良いのではないでしょうか? それでも海に落とすという目的は達成出来るはずです」

「それはそうだ。だがそんな事をしたらこの飛行船全体に甚大なダメージを与える。俺はこの飛行船を落としたいんであって破壊したいんじゃないんだよ。破壊したら、俺たちが脱出する時間が無くなるだろうが。だからこんな迂遠な方法を使ってるんだ」


 プラスチック爆弾に遠隔起爆装置を付けた政臣は、満足げな笑みを浮かべた。


「これでよし。S14、近接戦でやつらを叩く。爆弾を仕掛ける前に爆発しちゃ困るからな」

「了解しました」


 S14のオプレッサーは輪形の刃──チャクラムに変形する(ちなみにチャクラムと読んでいるのは政臣だけ)。人間そっくりな補助ドールが変形スイッチを押すと、ショットガンの形を保っていたナノマシンが一瞬で流体状になり、二対の輪形刃へ変化した。


 敵の銃撃が弱まったその数秒を突き、S14は物陰から飛び出した。ミディアムヘアの銀髪が舞う。冷たく青い瞳をした人形は、空中で逆さまになった時に二対の刃を投げた。人間には真似出来ないスナップによって輪形刃は絶妙な軌道をとり、逃げるアートルの部下たちに襲いかかる。刃は二人の首をはね、残り三人は胴体におぞましい裂傷を受けて息絶えていった。


「よくやったぞ、S14。この飛行船と同系統の船種の設計図を検索しろ。そこから効率的に動力を奪える箇所を推定するんだ」


 矢継ぎ早の命令もなんのその。S14は魔導通信のネットワークを通じてウィスキア号の設計図を入手し、政臣のホログラムディスプレイに効果的な箇所を追加していく。


 政臣とS14は手分けして爆弾を仕掛けた。後は姫愛奈たちと合流し、この飛行船から脱出するだけだ。アートルは……


(俺たちがいた世界では、吸血鬼の弱点の一つに水があったな。この世界でもそうとは限らないが……)


 そんな楽観的観測が政臣の頭によぎった時、突如として船内放送が起動した。


「エンジンを停止させて海に落とす、か。急ごしらえの計画にしては用意が良いようだ」

「?!」


 アートルの声だ。まさかこちらの作戦を看破したというのか。


「君たちがどの組織に属しているかは知らないが……地上で騒ぎを起こすのは本意ではないだろう? そうなると、この飛行船は空中で爆破するか、海に墜落させるしかない。良い作戦なのは認めよう。しかし思い通りにはさせない」


 政臣とS14が仕掛けたプラスチック爆弾に、魔法的効果をもたらす紋様が次々と現れる。


「爆発を抑える術式だ。仮に爆破しても、このウィスキア号を落とすには足りない。スピードは落ちるだろうが、結局大陸に行き着く」

「……!」

「本当に申し訳ない。しかしこれが私の仕事だ。意地でも完徹させてもらうよ」


 放送器が弾け飛ぶ。政臣がレギュレイターで破壊したのだ。


「クソッ!」


 政臣とて予想していなかった訳ではない。あの御仁が逃げるだけで何もしないとどうして考えられようか。だが、さすがにここまでピンポイントに妨害してくるとは予知出来なかった。


(そもそもなんで爆発を抑える魔法をピンポイントでプラスチック爆弾にだけかけられるんだよ! それが出来たら何でもありだろ!)


 硬化複合繊維の床を蹴り、政臣は悔しがる。しかしいつまでも歯ぎしりしている時間は無い。次の策を打つ必要がある。と言ってもこの状況を打開する手段は一つしか残されていないのだが……。


「白神さん?」


 政臣は姫愛奈を呼び出した。


「何?」


 姫愛奈の声に風の音が混じっている。


「飛行艇は用意出来た?」

「一隻だけね。けど、思ったより風が強くて、出発出来るかどうか分からないわ。そっちは?」

「爆弾は仕掛けたが、あの人に妨害された」

「さっきの放送、アレ何?」

「ピンポイントで爆弾だけに魔法をかけたんだ。これじゃあ爆破しても飛行船は落ちない」

「じゃ、どうするの?」

「どうするも何もないだろ」


 政臣の語調に、姫愛奈はパートナーの考えた策を悟った。アートルを倒す気なのだ。



 


 

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