ワンステップ

🐉東雲 晴加🏔️

ワンステップ






『私も翼があったら空を飛べるのに』



(――くだらな)



 読んでいた漫画雑誌をベットの外に放り投げる。そのままごろんと仰向けになっただけで、練習中に傷めた右足が痛んで顔をしかめた。


「――うわー、おもんなさそうなカオ」


 視界にぬっと幼馴染の翔真の顔が現れて、俺は余計に眉を寄せた。


「……お前、人んちに勝手に入ってくんなよ」


 悪態をついてみるがこいつはどこ吹く風だ。


「今さらでしょーが。アイス買ってきた。喰おーぜ」


 部活帰りの格好のままで、翔真は笑顔でアイスの袋を差し出す。


「お、今週号の週間チャンプじゃん」


 オレまだ読んでなかったんだよねーラッキー、とページを捲る。

 部活のジャージと、仄かに香る汗の香り。能天気にページをめくる翔真に、何だかイライラする。

 思わず口から負の気持ちが出た。


「――漫画とかで羽が生えたキャラってさ、みんな空を飛ぶけど。……中には羽があっても飛べねぇやつもいるかも知れないじゃん」


 ボソリと呟いた俺に、翔真が読んでいた漫画から顔を上げる。


「……翼があったら飛べるかもなんて、馬鹿みてぇ」



 きっと鳥だって。

 飛ぶのが得意なやつとそうでないやつがいるはずだ。

 羽が生えていたって上手く飛べるとは限らない。

 ……なんなら飛べないやつだっているに違いないんだ。


 羽があっても地べたを這いつくばって、永遠に空なんて飛べやしない。



 右足が、ズクズクと傷んだ。



「……オレもお前も、羽なんて生えてねーじゃん」


 これからも生えてこないし。


 翔真がいつものとぼけた顔で言う。


「羽が欲しいって思っても漫画みたいに生えてはこないじゃん? ないもんは無いなりにやってくしかねーべ」


 ぴと、と頬にアイスをつけられた。

 アイスの冷たさに驚いて足の痛さも忘れて身体を起こす。


「それに、羽があるやつが空飛びたいかもわかんねーし」


「え」


 翔真は笑った。



「鳥は逆に羽根をなくして地面を早く走りたいって思ってるかもよ」



 午後からリハビリだろ? 頑張ろうぜ。



 そう言って翔真と一緒に食べたアイスは少し溶けていた。




2025.2.1 了


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