悪魔のようなモノガタリ
小雪杏
第1話 悪魔と呼べるもの
人類の暴慢とも呼べる自己陶酔による間抜けな思考は、ついに神に手が届くと結論を出した。
――たくさんのガラクタの山。被検体。出来損ない。抜け殻。スクラップ。
窓も扉もない部屋に詰め込まれた、無数のガラクタ。
真っ白の部屋。
音と呼ばれているものが存在していないように静寂で、目を閉じているのか開いているのか分からないような部屋だった。
寂しさを体現したような白色に、醜さを集めたガラクタ。
そんな空間とも思しき部屋の隅に集められた有象無象の山。そこに挟まり寝ている幼げな見た目の少女がいた。
薄汚れた白衣に身を包み、穏やかな寝息を立てていた。
埃の溜まった床を裸足で歩いているためか、足は汚れており、白衣の裾も同様であった。
部屋の中央にある長机に、山積みにされ置かれていた資料の束が床に崩れ落ちた。
まるで、少女の心打ちを悟ったように。どさりと。
その音で目を覚ました少女は、鮮明に映らない眼からの映像を凝視し、頭を掻きむしる。
項垂れた首から長い髪が流れ落ち、首筋が覗く。
「……ったく」
血走った眼球で辺りを睨み、酷く倦怠感を覚える。
幼さが際立つ体系の中には、覇気はなく、ただただ、目が座っていた。
いつの頃だったか、人類は神という存在を忘れた。
科学技術の発展が、より生活を豊かにし、医療の発達で祟りと呼ばれる怪奇現象の全てに説明がついた。その恩恵か、世の人々の神に対する信仰を薄れさせていった。
印刷術が発達し、往来する情報に革命が起きた。様々な伝達手段が生まれ、街には情報が溢れかえった。書物が人々に娯楽と知恵を与え、知識欲を身に着けさせたのだ。
知性の誕生である。
知識に飢えた民衆は、啓蒙に飢えている人の元に行き、さらに知識を得ていく。
飢饉が無くなり、飢えに苦しむ者がいなくなったからこそ人々は思案に耽っていった。
飢えを逃れた人類が次に手にしたかったものは、知性であったのだ。
知識を持たぬものは時代に遅れを取る恐れからか、家柄に関わらず知識欲の根は這っていく。
所かまわず、岩の壁おも這っていった。
人々は情報の渦に閉じ込められていってしまった。
情報の爆発は瞬く間に人類を進化の道に進ませ、交易や開拓が展開した。
時を同じくし、錬金術が庶民に通用されていた。
科学と医学の両方を併せ持つ新しい学問で、一般概念として庶民にも学ぶ権利が与えられていた。
さらに、薬や道具を錬成し、店を構え生計を立てる錬金術師と呼ばれる者もいた。
科学、医学、錬金術、これら三つの偉大な人類の発明は、人々の生活に瞬く間に広がっていき、誰もがそれに在りつける世の中であった。
恐れられていた疫病に対抗策が提案され、かつてまで10日以上かかっていた書類のやり取りは、ほんの数分で済むようになった。薬や日用品の不足は、錬金術師の経営する店に出向けば解決する。いつしか、人類は神を忘れた。
教会に出向くものは減り、恵みを受ける者もいなくなった。
神の存在に疎くなった人類は哲学にふけり、神によって創られたとされていた世界を否定し始めた。日々冒涜的な演説が広場で繰り広げられ、民衆はそれに集った。
神の存在ではなく倫理的価値が尊重されつつあった。
『神への崇拝ではなく、労働に対する真っ当な対価を』『民衆の意見を尊重した国作りを』
声の大きさを競うかのように、人々は無意味で無価値な意見を出し合った。
そんな空論はどのようなものであっても人々に興味を持たせ、それに賛同するものが集い、○○派なんて呼ばれる皮肉しかない惨状が出来上がった。
そんな日々の中、ある噂が立った。
『錬金術師は新しい生命体を錬成する事ができる』と。
全くのデマゴギーであったが、神の崇拝が疎くなり、倫理観だけが人を突き動かしていた状態で出た議論は、あらゆる人間に人類の最新技術である情報伝達技術を使い広まった。
そして、人々は錬金術師達に誹謗を浴びせ始めた。
医学、科学、人文学など様々な人種がたかり、狂乱そのものであった。
そこで錬金術師達は結束し、錬金術教会を設立。事態の収拾に向けて抗議を始めた。 しかし、それも陰謀の疑いがあるとされ弾劾されつづけた。
だが、幸か不幸かこの事態は直ぐに集結した。
ある人文学者がいた。
「これは、人類の進化だ」
そう言い放つ人文学者は、巧みな話術と詭弁で人々を丸め込んでいく。
「科学の発展こそが、我々人類の後天的進化である。飢饉は去り飢えに苦しむ者が居なくなり、医学によって苦しむものが減った。印刷術によって、皆が知りたいと思うことを存分に知れる世の中となった。そして、そこに新たに加わった錬金術によって無から命を生み出すまでに至った。これらが、我々の成し遂げた、我々を楽園へと誘うトリガーなのだ。さる事ながら、皆のもの、目指そうではないか。神を。人類の進化と新人類の誕生こそ、神には届かぬ、我々人類だけが持つ人類にだけ許された特権なのだ。さあ、皆のもの神になろうではないか」
――床に散らばった資料に目も暮れず、眠気を覚ますためにカフェインを補給しようと、身体を起こす。大人用の大きな白衣を着ているため、裾が汚れているのに納得がいった。
しかし、それらにも気にかけている素振りは感じない。
落ちている資料や本を踏んづけ歩く。
蹴散らし、ふらり、ふらりと。
くすみの目立つ水場にあったマグカップを一つ掬い上げ、一言魔法のような言葉を掛けると、マグカップが新品同様に整う。
そいつを机に置き、かららん、と音とともに熱い珈琲が注ぎこまれる。
ふわりとたつ珈琲豆の香りとカップを伝ってくる熱。
舌が火傷しないように冷ます。
啜った音だけが辺りを響かせた。
その場でしゃがみ、凭れ掛かる。
ため息が零れる。首を垂れる。
自虐的な思考と倫理観に反する実験の繰り返しが、ついには理性を貪り始めている。
これは罰なのか。何かの報いなのか。
反芻される思考と実験。崩れていく心。魂。人情。
きっと私は、何かを持たずして産まれてきたのだ。
その自虐すらも誰にも届かない。ただのガラクタとともに、埃を積もらすだけ。
少女は独りでいた。ガラクタの中に。窓も扉もない部屋に。くすんだ白い部屋に。
その言葉に翻弄された民衆は、すぐさま手のひらを返し、錬金術師への誹謗をやめた。そして、人類の暴慢とも呼べる自己陶酔による間抜けな思考が、ついに神へ宣戦布告をした。
まず人類は、神は雲の上に居るのではと考え、空に向かって大砲を打ち始めた。無論当たろうが当たらまいが、神の死体など降ってはこない。次に太陽こそが神と捉えた人類は、それに代わるものを創り出そうとした。しかし、創ることは出来なかった。また、神を一目見ようと高い塔を築こうとした人類は、嘲笑を受けながらも塔を立て、ついに神を拝もうかという時、反論者達の手によって崩された。叶わぬ理想は暴徒を生み、国中の教会や偶像崇拝の類のものが破壊されていった。
いくら神に対して宣戦布告を申し出ても、偶像的な存在である神が大地に力を及ぼすことは無かった。
ついに神は存在しないと見解がだされても、それでも、声を上げる愚か者はいた。
『神が現れないのなら、神に一番近い存在を決めようじゃないか』
その言葉を待っていたと言わんばかりに、武器を作ることを商いとしている者共は争いを始めた。銃や爆弾を使い、隣にいる己よりも神に近いかもしれない存在を殺す。その曖昧さが恐怖と団結を生み、集団における争いから、世界大戦にまで発展した。
そんな下らなさの極みでしかない争いは、いくら人が死のうが苦しもうが、誰も意見を覆そうとはしなかった。
大戦に勝利した、つまり、神にとって代わる存在となるということは、強大な力を及ぼす必要がある。要約すれば、人類の進化による延長線に存在しなくてはならなくなるということだ。
そこで、人類は科学、医学、錬金術の人類の偉大な発明に託した。
科学で発明された武器が人を焼き、医学で誕生した薬品が身体を溶かす。
その二つはまだ、理性的と言っても良いだろう。
悪魔と恐れられている錬金術師がいた。
その錬金術師は、身体の一部を捕食させる武器を生み出した。
人間性を喪失させる武器を生み出した。
奇怪の生命体を生み出した。
哀れな人類を嫌うその錬金術師は、幼い少女であった。
その見た目の幼さが、より不気味さを際立たせた。
――さて、少女と呼び続けるのにもそろそろ飽きた頃だろう。きっと、彼女もそう思っているはず。では、彼女に名前を与えてやろう。凝りようもないただの名前を。
『フィリア・ロル・アルマス』それが彼女――幼き身体にして、天才的頭脳を持つ。
恥辱に溢れる素晴らしく勘違いな大戦を終決させた最終兵器を創り出した。
――博士と呼ばれていた。科学者ではない。医者でもない。その天才的な頭脳が発する論説や詭弁は、彼女を見下していた人類全てを怯えさせ、嫌悪感を抱かせた。
いつしか彼女は悪魔と恐れられた。
争いが始まると予期した機関は、天性の頭脳の持ち主を嗅ぎつけ、来る争いに向け研究を強いた。
かくして、フィリアは機関の研究のため、窓も扉もない部屋に閉じ込められたのだ。
『強大な力を持つ心ある生命体』
これが、機関の要求するものらしい。情報に疎いフィリアでもこの国が戦争をしていたのは知っていたが、錬成されたものが兵器になる事は、軍事機密で知らされなかった。疑問を抱きつつ研究に没頭するフィリア。
しかし、そう安易ではなかった。
強大な力を持つ生命体であれば、いくらか候補はあったが、機関がフィリアに要求したのは、心であった。
「心を持つ生命体など人間以外いるのか」
フィリアの思考は論理破綻寸前であった。倫理と理性を抉らる研究の日々に終わりが見えなかった。
その力さえも我が物にしたい機関の連中は、フィリアに生み出した生物に心を植え付けるように指令した。
つまり、心を持った生命活動可能な兵器を作れと命じたのだ。
支配欲に満ちたこの指令に、フィリアは機関を軽蔑し、
心だと。ふざけるな。お前たちほど心を軽々しく口にした覚えはない。
知欲に塗れた人間ほど、その怒りを理解する者はいなかった。
被検体番号【1852】
研究台に置かれている先日の被検体の進捗状況を見る。形のないただの液体。学術的名称もなければ、命ある生き物などとは程遠いものである。不出来な成果に苛立ち、検体を投げ捨てる。そこに愛着もなければ、生み出した責務なども感じない。ただのガラクタへと紛れていく。
雑音も生まれない部屋であった。
また珈琲を啜る。砂糖もミルクも入れない。
底の見えないマグカップが、実験の進捗を思わせてしまう程、フィリアは研究詰めの毎日であった。
呆れるほど進捗のない実験に、やり場を失ったガラクタたち。
それでも、フィリアは研究を続ける。何度も施行を繰り返す。そうするしかなかった。
今日も天井を仰ぐ。見飽きた白い天井。何もない空。
この部屋の唯一の入り口。機関からの郵送物を受け取るための、狭い郵便受け。そこに、三日に一度ほどの頻度で、食料や水。外の世界の情報などが放り込まれる。
その他に、生活廃棄物を燃やすための焼却炉に通ずる出口。
つい最近、死臭の酷い被検体を投下したところ、機関からの苦情が殺到した。
知るか。私だって臭いんだ。
機関に送り返す便箋に、硫化水銀を仕込んだところ、食料などの配給が一週間途絶えた。
サプライズだ喜びやがれ。
フィリアのいたずら心溢れる親切な贈り物の他に、時たま手紙が投下されている。
機関の人間が、フィリア自身の心の成長具合を確かめるためか、ただのその人の趣味なのか、文通が続いている。フィリアに残された、ほんの少しの心の安らぎであった。
日々限界に迫りながら産み出される、愛無き有象無象共。おびただしい腐臭と血と肉。
これがフィリアである。
悪魔と呼ばれていた。幼き少女であった。愛を知らない、母親を知らない。
たった一人の女の子であった。
たった一つの幸せも知らない愚かな人類だった。
【彼女】が安定して生命維持を行い続け、数日がたった。
いまだ【彼女】の容態は常に平均的な数値で、安定した生活を送る。
しかし、フィリアにほんの少しだけ不安が訪れた。部屋が汚いことだ。怪我をされて困る、部屋に落ちてる物を口に入れられるなど、以ての外だ。
事により、フィリアは文通を通して機関に部屋の清掃を依頼した。
清掃するに当たり、機関の人間達が二人の部屋に入る。その中に長身の女性が混じっており、女性曰く、文通相手だそうだ。
おしとやかな女性に【彼女】は直ぐに懐いた。
また、清掃をしていた人間の中に二人に気さくに話しかけてくる鎧を着た男がいた。
【彼女】は大きな男の人が怖いのか、フィリアに隠れる。男は果敢に笑い飛ばし、その場を後にした。
「名前なんていうんだ?」
「名前はない」
「そっか、被験体だろうがしっかり名前くらいは付けてやれよ」
キレイになった部屋で【彼女】ははしゃぎ回り、転んではフィリアに手を焼かせた。
部屋の清掃から5日ほどが経った時、鎧の男からクリスマスのお祝いだと、プレゼントをもらう二人。そこから逆算し【彼女】の誕生日が発覚。
それからも鎧の男は二人に干渉し続ける。
新年にイタズラを呆け、バレンタインにはチョコレートを送り、少しずつフィリアは警戒を解いていった。
そして、ある時フィリアから男に頼みごとをした。それは、【彼女】がずっと知りたがっていた海、空、星だった。
「運んでくる事はできない、では作ろうでわないか」
そうして、男から送られてきた青、赤、黄色の3色のペンキで白い部屋の壁に、砂浜と海に空と雲。星空に彗星を描いた。
二人は姉妹の様にはしゃぎ、笑顔をほころばせた。何もなかったただ白い部屋だった所が、二人だけの楽園に変わりつつあった。
しかし、フィリアには危惧している点がひとつだけあった。【彼女】は想定していたよりも保有魔力量が少なかったのだ。これまでの過程では、【彼女】は素晴らしい功績を上げた。作り出された命であるのに3ヶ月以上生きてきた。これは間違いなくフィリアの研究の成果だった。
だが、機関はそれを許さなかった。
『魔力を強制的に充填する』と命じたらしい。【彼女】を連れ部屋の外へと出る。
フィリア自身も出たことのない部屋の外の世界。魔力を補給する設備のある部屋へと連れて行かれ、【彼女】は装置に入れられる。
「いたくない……?」
「大丈夫だ、心配するな……きっとすぐに終るさ」
終わった。
【彼女】は膨大な魔力を強制的に体内に注入されたことで、身体が耐えきれず破裂した。
フィリアは最後まで【彼女】の名前を呼んであげられなかった。ただただ、悲痛な叫びが部屋にこだました。
装置から出てきた彼女だった体液と肉塊をかき集め、喚き散らす。
その怒り、悲しみ、叫び、殺意、誰も止められやしなかった。
その場にいた研究員達はこぞって逃げ出した。そして、改めてフィリアが悪魔と呼ばれていた事を認識した。
彼女が死んでから暫しフィリアは身体を悪くした。それを気に病んでか、文通の女性や鎧の男が、度々部屋に訪れフィリアに懺悔した。
だが、機関の連中はそれすらも気に食わなず、女性と男をフィリアから遠ざけた。
再び命じられる『強大な力を持つ心ある生命体』フィリアの機関に対する憎悪は増していった。
渋々研究を再開する。
しかし、出てくるものは名状しがたい何か。
肉塊、異型、損失。
唯一形が人型を模していても、自我の損失や生命を維持する機関が無かったりと、数日と持たずして死亡または廃棄となった。
【彼女E】が生まれたのは、フィリア自身いつの頃だったか記憶にない。
積み上げられた有象無象の中にいた。
しかし、【彼女E】には記憶領域がなかった。それ故会話も出来ない。頼みの綱が切れたような視線が送られるも【彼女E】にはわからない。
とりあえず死なせまいと食料を与える。
記憶領域がなくとも、生物的な生理活動はするらしく、トイレの場所は覚えないものの、食事、睡眠などは行う。
【彼女E】を観察していた頃、【彼女E】の記憶領域を持つ子を作れば良いのではと思いついた。【彼女E】の神経から作られた新しい被験体。【彼女E】と心での記憶の転送ができれば、【彼女E】にも利用価値があるのではと。
【彼女E】の神経の一部を引き剥がす。
腕から針を通し、生活に携わりのない部位の神経を抜く。【彼女E】が放つ悲鳴は、痛みの叫びであった。フィリアは咎めるが、記憶領域を持たない【彼女E】は、フィリアに対して悪意を馳せないと思い込むしかなかった。
そうして出来上がった新しい被験体【彼女E'】。この二人はフィリアの願い通り、意思の疎通を心だけで行えた。これにより【彼女E】の持つ潜在能力が明らかになった。
【彼女E】は記憶領域を持たないものの、保有する魔力量は膨大で、さらに、脳を記憶に圧迫されないため、演算速度が驚異的であった。
かわりに【彼女E'】は自身の持つ魔力をすべて【彼女E】に授けたように魔力は存在せず、一般的な脳の造り。言わば、ただの女の子であった。
絶対記憶。
先の嫌な記憶から二人には名前をつけようと思い至った。
【彼女E】をロル
【彼女E'】をフィリア
二人には自身の名をあげても良いと思った。
フィリアとロルは姉妹のように育った。仲良く遊び、取り合いで喧嘩した。
そして、二人はこう呼んだ「博士」と。
博士は二人の母親だった。
博士は暫し、機関から命ぜられた『強大な力を持つ心ある生命体』を思い返した。魔力があるのはロルのみ。しかし、魔力を持つと言えどそれをどう活用するかによって、魔力は形を変える。
博士は錬金術に代わる新しい学問を作り出す。それは魔術であった。
フィリアの持つ絶対的な記憶力と、ロルの持つ膨大な魔力。その2つを合わせた、二人でしかできない事。
双子のような二人でしかできない理想。
魔術の仕組みを二人に説明する。
錬金術は魔力を通して、組成体の接合部を変形させ、複雑な組み合わせを作り、新たな素材や造形物を生み出す。
魔術は脳内で魔力により構築された、魔術回廊と呼ばれる術式を現実に投影する。
魔術を生み出すには、常識離れした演算能力と、術式を全て暗記できる膨大な記憶能力が必要である。
ロルは度々機関の研究員に連れられ、部屋の外にでる。博士もそれに同行するため、部屋にはフィリア一人でいることが多くなった。具合が悪いため、機関の人間にはロルとフィリアの関係については教えていない。
機関にはただの出来損ないと言っている。
しかし、フィリアはロルの記憶を保存しているため、ロルの目から入った情報は見てきたかのようにフィリアに筒抜けであった。
博士は秘密にしていた事を咎めたが、フィリアは「こっちの方がさみしくないよ」と嬉々として答えた。
しかし、忘れてはいけなかった。
『強大な力を持つ心ある生命体』
出来上がってしまった。ロルという存在は、この世の永きに渡る大戦を終わらせるトリガーだ。
機関に取り上げられる日が来る。
博士はせがんで拒否した。
我が子を取り上げられる。
こんな悲しみ二度とほしくなかった。
機関と博士の言い合いを終わらせたのは、ロルの言葉だった。
「おかあさん……いいんだよ、わかってたから……何もしんぱいしなくて、いいんだよ」
ロル自身の言葉だった。
彼女はそのまま機関に連れられる。
待ってくれと嘆く博士は弱々しく、ただ唇を噛み締めていた。
数日後、大戦の終点に辿り着いた彼女からの映像を目にしていたフィリアから絶えず悲鳴があがった。
見たくも聞きたくもない我が子の苦しみをどうしてやる事も出来なかった。
翌日、大戦が終決した一報を知らせる封筒が届いた。彼女は使命を全うしたと綴られていた。
憔悴しきった身に、崩れた心。
このまま朽ちたいとまで思った。
フィリアは脳が焼き切れる事なく生還した。
嘆く母を見てどう思ったか。
フィリアは母には触れず、この部屋を去ろうとした。
「どこへいくの?」
弱々しく呟かれた言葉に、足を止める。
「わたし、そろそろ逝くよ」
その言葉を理解したのか出来なかったのかはわからないが、母はフィリアに飛びつき、引き止めた。
「ごめんな……弱いおかあさんでごめん。ちゃんと生きるから、ちゃんと前見て生きるから、何処にも行かないでくれ。」
そう、泣きせがむのは幼き少女であり、博士であり母親であった。
博士と呼ばれていた。
幼い少女であった。
悪魔と呼ばれていた。実の我が子から。
――――――――――――――――――――
Xにて「#小雪杏」と添えて感想を言っていただきますと、作者が喜びます。
悪魔のようなモノガタリ 小雪杏 @koyuki-anzu
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