半径5m以内、10分で物語を終わらせろメロス

ぽんぽん丸

やれセリヌンティウス

竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳よき友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。


邪智暴虐の王は民心を疑い人を殺す悪であり、メロスは暴君を正すため短剣を携え城に来た。だが直ちに捕縛され罰として磔が言い渡された。罰を受け入れるとしても死ぬ前に目の前に迫った妹の結婚式はやってやりたい。そのための三日の猶予を賜る間の身代わりにセリヌンティウスを呼んだのだと、メロスは言った。


「三日後にここにメロスが戻らなければセリヌンティウス、お前がは磔になるのだ」


暴君ディオニスはメロスの後に繰り返し強調した。


すべてを聞いてセリヌンティウスは覚悟して言った。


「お前は気のいい男だメロス。言う通り十里を駆けて三日のうちにここに戻るだろう」


セリヌンティウスは気のいい男だ。深夜、槍の決先を喉元に突きつけられて、妻と暖めた床から一人引きずりだされここまでやってきた。しかし決してメロスの善を疑わなかった。


「だがメロスお前は気のいい男なのだ。妹の結婚式を眺めるひととき、お前は私のことをすっかり忘れてしまうだろう。花婿やその親に葡萄酒を勧められればお前は飲み酔うだろう」


メロスは激怒した。


「セリヌンティウスよ!友よ!このメロスを疑うというのか」


メロスの熱にもセリヌンティウスは当てられなかった。


「疑う必要などあろうものか。私はすべてを知っている。メロスよ、お前は友を人質にとられたまま、たった1人の妹の結婚式を楽しむべき男ではない。私は知っている」


メロスはセリヌンティウスの頰を力いっぱい叩いた。


「ではどうすると言うのだ。セリヌンティウス」


メロスの凶行に強張っていた暴君ディオニスは高らかに笑った。高笑いに鼓膜が揺れると、メロスは血が沸き震えた。


「メロスよ。聞くのだ。十里の道には悪政のために盗賊が出る。お前はどんな悪漢に囲まれようと叩きのめしてしまうだろう」


そうだとメロスは気を吐きかけた。


「むんむん蒸す日が続いた。大雨が降る。あの唯一の橋はずいぶんくたびれて押し流されてしまうやもしれない。橋を流す濁流を見てお前は泳いで渡るだろう。そうして必ず三日のうちに舞い戻る。」


メロスはまた、そうだと熱く吐いた。


セリヌンティウスの体は冷たく目はうるうるとして、ついには蜂蜜の雫のような大きな涙がメロスが叩いた頬を伝った。


「知っている。お前はいい男だ。私が代わりになればいい。」


セリヌンティウスは懐に隠した石ノミを取り出し首に突き刺した。メロスや兵士が止める間も与えなかった。


メロスは血に伏した友の側で膝をつき、肩を抱えその顔を良く見た。涙を指先にすくいあげ乾くの感じた。そうしてからノミを首から抜いてやった。その間、王も、兵も動かなかった。


「王よ。ディオニスよ。身代わりが死んだ。メロスまでも殺すのか?」


メロスは冷たく低く問う。


「いけ」


ディオニスは言葉も威厳も失くし言った。


メロスはセリヌンティウスを担ぎ上げた。竹馬の友を妻の元へ返してやらなければならない。葬式を執り行って喪に伏して、ひとときも友のことを忘れずに妹の結婚式を眺めなければならない。葡萄酒に酔いよい心地で眠りにつき、夢でセリヌンティウスにすべてを語らなければならない。


メロスが三日三晩走るべきであった。セリヌンティウスの血の温もりを浴びる肩口から、たった5mを歩き切らないうちにメロスは幾度もそう感じた。セリヌンティウスは死なず、やはりメロスは走るべきだ。



※冒頭と一部表現を走れメロスより引用。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半径5m以内、10分で物語を終わらせろメロス ぽんぽん丸 @mukuponpon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ