スサノオ

第8話 スサノオその1

天照大神は、ため息をつきながら目の前の男を睨んでいた。


「お前というやつは、本当にどうしようもない馬鹿な弟だな」


「なんだよ姉ちゃん、久しぶりに来てやったってのに、いきなりその言い草か?」


豪快に笑いながら酒をあおるのは、スサノオだった。

彼は神々の中でも屈指の武勇を誇る荒ぶる神であり、何事にも細かいことは気にしない性格で有名だった。


「久しぶりに来たと思ったら、なんだその手に持ってるものは?」


「ん? ああ、これか?」


スサノオが天照大神に見せたのは、長く美しい刀――草薙の剣だった。

だが、柄の部分に妙な細工が施されており、よく見ると先端には小さな爪のようなものがついていた。


「……まさかとは思うが、それを改造したのか?」


「おう! 最近背中がかゆくてな! ほら、こうやって使うんだ!」


スサノオは実演して見せた。彼の手が届かない背中を、神剣・草薙が無造作に掻いている。


「貴様ァァァァァ!!」


神殿が揺れるほどの雷鳴のような声が響き渡った。


「何が『ほら、こうやって使うんだ』だ! それは天下に名高い神剣だぞ! 由緒正しき神器だ! それをよりにもよってマゴの手にするとはどういう了見だ!」


「えー? だって便利なんだぜ、姉ちゃんも使ってみるか?」


スサノオは満面の笑みで草薙の剣を差し出してきた。

天照大神は頭を抱えた。


「お前、少しは物の価値というものをだな…!」


「価値? そんなのは使ってこそわかるもんだろ?」


天照大神は目の前が真っ暗になった。

やはり、こいつとはまともに話ができない。


「いいか、スサノオ。お前が草薙の剣を手に入れたのは、ヤマタノオロチを討ち、その尾から見つけ出したからだ。

つまり、その剣にはお前の武勇と誇りが宿っている。決してぞんざいに扱っていいものではない」


スサノオはしばらく考え込むような素振りを見せた。


「なるほど、言いたいことはわかった!」


天照大神は少し安堵した。


「そうか、それなら――」


「でも、だからこそ大事にしすぎるのも違うよな! せっかくの剣、実用的に使わなきゃもったいない!」


「聞いてなかったのかお前はァァァァァ!!!」


再び神殿が揺れた。


このままでは埒が明かないと思い、天照大神は深く息を吸い込んだ。


「もういい…スサノオ、お前には少しは反省というものをだな――」


「まあまあ、細かいことは気にするな! そうだ、姉ちゃんも一杯飲め!」


スサノオは持っていた杯を天照大神に差し出した。


「断る」


「ちぇっ、つれないなぁ」


天照大神は疲れ切った顔でスサノオを睨んだ。


「お前がまともになる日は来るのだろうか…」


スサノオはケラケラと笑いながら帰っていった。






この後、彼の妻・草野姫が現れ


「天照様、先ほどは失礼いたしました」


「いや、お前が謝ることではない」


草野姫は少し困ったように笑った。


「スサノオ様は…本当は天照様が大好きなんですよ」


「は?」


「ただ、素直に言えないので、わざとああいう態度を取るんです。昔から、天照様の気を引くために、いろんな悪戯をしていましたよね?」


天照大神は呆れつつも、過去を思い出していた。


「そういえば、あいつ、昔からそうだったな…」


「だから、草薙の剣も、本当はとても大事に思っているはずです。でも、それを素直に見せるのが恥ずかしいんでしょう」


「まったく、面倒な弟だよ」


天照大神は小さくため息をついた。


「でも、悪い気はしないかもしれないな」


彼女はそう言いながら、少しだけ微笑んだ。


その後、スサノオは神々の宴で草薙の剣の新たな使い道を披露しようとした。


「見ろ! 草薙の剣を串にして、これで焼き鳥を焼くと絶品なんだ!」


「やめろおおおおおおおおお!!!」


天照大神の絶叫が響き渡り、その日の宴は大混乱となったという。


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