☆追憶4 星空と瑠璃

 アキラは引き続き、夢を見ていた。


 場面は切り替わり、視界に広がるのは満天の星空。銀の光が瞬く夜空を、まるで手に取るように眺めることができる。草原には微かな風が吹き、揺れる草々が静かな音を奏でていた。


 その草の上に、二つの人影が並んで寝転んでいる。


 一人は14歳頃のアキラ。もう一人は10歳頃のアズールだ。二人は寄り添うように寝転がり、手を繋いだまま星を見上げている。


「きれい……」


 アズールがぽつりと呟いた。彼女の瞳は、天に広がる星々を映して煌めいている。感嘆したまま動かないその姿を見て、アキラは満足そうに頷いた。


「連れてきてよかった」


 その呟きが聞こえたのか、アズールはアキラの方をちらりと見た。そして小さく微笑んで、「うん」と頷く。


 アキラは静かに息を吐いた。アズールが喜んでくれている。それだけで、今夜の星空がより一層美しく感じられた。


 しばらくの間、二人は黙って星空を見つめていた。夜の静寂が、まるで彼らの時間を包み込むかのようだった。


 そんな中、不意にアキラが口を開いた。


「今の生活、楽しいか?」


 アズールは少し驚いたように瞬きをして、アキラの方へ顔を向ける。そしてすぐに、にっこりと笑った。


「アキくんと一緒の時は、いつも楽しい」


 その言葉に、アキラは少し驚いたような顔をした。だが、すぐに安堵したように微笑み、「そうか」と短く答えた。


 アズールのその返答が、彼の胸の奥に温かく広がる。


 彼はアズールが孤児院での生活を楽しんでくれていることに、ほっとしていた。孤児院の生活は決して楽ではない。それでも、アズールが今を楽しんでくれているなら、それでいいと思えた。


 しばらくして、アズールがぽつりと尋ねた。


「ねえ、アキくん。どうして星を見に行こうって思ったの?」


 アキラは空を見上げながら、少し考え込んだ。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「理由は三つある。一つ目は、単純に星が綺麗だから。二つ目は……俺の家のしがらみを忘れられるから。三つ目は、アズールに見せたかったからだな」


「……ボクに?」


「そうだよ。アズールには、綺麗な星空が似合うからな」


 アズールは少し目を丸くし、それから頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「そ、そっか……」


 アズールは子どもながらも聡い。照れながらも、アキラが二つ目の理由を言った時にはその背後にある彼の事情を察した。だが、彼がそれ以上語らなかったため、彼女も敢えて深入りしなかった。


「じゃあ、アキくんはボクと星が同じくらい綺麗だと思ってるんだ?」


 アズールはいたずらっぽく尋ねた。普段余裕のあるアキラのことだ、きっと少しは慌てるだろう。


 しかし、アキラはにっこりと微笑み、さらりと言った。


「もちろん。アズールの方が何倍も綺麗だけどな」


「~~っ!」


 アズールの顔が真っ赤になった。


 思わずそっぽを向いてしまう。まさか真顔で返されるとは思っていなかった。


 そんな彼女の様子を見て、アキラは得意気な顔をしていた。


「まったく、アキくんは女たらしだね」


「そうかもな」


 アキラはさらりと流し、再び星空を見上げる。


 そして、ふと思い立ったように言った。


「そうだ、折角だから見せてやるよ」


 アズールは不思議そうに首を傾げる。


 アキラは立ち上がり、ゆっくりと杖を取り出した。そして、静かに目を閉じる。


 彼が詠唱を始めた。


「蒼き輝きよ、祝福と共に結晶せよ。

  夜空に散らばる星の煌めきを、今ここに。」


 詠唱と共に、アキラの左手に青い光が集まり始めた。


 やがて、それは小さな宝石の形を成す。


「……瑠璃ラピスラズリ


 アキラが魔法名を告げると、手の中の青い宝石が輝きを増し、髪飾りの形となって顕現した。


 アズールはそれを見て、目を輝かせた。


「きれい……!」


 アキラは満足そうに微笑み、その宝石をアズールの左前髪につけてあげた。


「くれるの?」


「魔法の勉強を頑張ってるご褒美だよ。それに、アズールにはラピスラズリが一番似合うからな」


 アズールはじっとアキラの瞳を見つめた後、頬を赤く染めながら微笑んだ。


「ありがとう……とっても嬉しい」


 宝石をそっと触りながら、アズールは幸せそうに微笑む。


 アキラは彼女のその顔を見て、満足気に頷いた。


 そして、空を見上げた。


 「そろそろ戻るか」と言いかけたところで、ふと視界が揺らいだ。


 次の瞬間、景色が乱れ、夢が終わる気配がした。


 アキラはその感覚に気づき、静かに目を閉じた。


(そろそろ……夢が終わるか)


 最後にアズールの微笑みを焼き付けるように、彼はもう一度、彼女の横顔を見た。


 ――次に目覚める時、俺は何を思うのだろうか。


 そんなことを考えながら、アキラは深い眠りの中へと沈んでいった。

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蒼黒のラピスラズリ 叶崎奏命 @explode10

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