★魔法の実現可能性

アキラと共に執筆した魔導書を手に取り、書斎に籠ってから既に三時間が経過していた。


窓の外はすっかり薄暗くなり、星々が瞬いている。机の上にはアキラと共著した物をを含めて数冊の魔導書が広げられ、ページの間にはアズールの書き込みが挟まれていた。


「うぅん……」


アズールは椅子にもたれかかり、右に垂らしているおさげを弄び、こめかみに指を当てながら考え込んだ。


次元魔法──それは、アキラが最も得意とする固有属性魔法だった。

彼は次元に関する知見に長けており、物質の転送や空間の接続を行う魔法を部分的ではあるが開発。時空を繋ぐ術をも独自に研究している程の魔法使いだ。


アキくんは私のことをすぐに天才と呼ぶが、私はアキくんこそが天才魔法使いだと思う。カッコよくて私に優しくて抱っこしてくれて頭まで良いなんて、アキくんは本当に罪な男だね、と日頃からアキくんの事ばかり考えているのはここだけの話だ。


「私も次元魔法について、アキくんに教わってはいたけれど……」


アズールは視線を落とし、自分の長杖を抱くようにして顔を落とす。


次元魔法は複雑かつ難解で、得意としているアキくんほど自在に操れるわけではない。

彼がどこにいるのか分からない状態で次元魔法を発動しても、闇雲に次元の扉を開くだけでは意味がない。


(アキくんは、どこの次元、どんな世界に飛ばされたの……?)


次元魔法を使いこなす彼が、突如として消失する──普通ならあり得ない現象だ。


アキラの魔力は確かに感じられないが、ロケットペンダントを通じてかすかに波動を受信している。

魂の繋がりもまだ途切れていない。

つまり、アキラは”この世界にはいない”が、“存在そのものが消滅したわけではない”。


(別の次元に飛ばされた……?)


彼の得意な魔法が、何らかの外的要因で暴発したのだろうか?


それとも、のか?


アズールは再び魔導書をめくる。


「……思考が堂々巡りになってきた……」


机に肘をつき、ため息をつく。

どれだけ知識を振り絞っても、現状の魔法理論では**「次元の穴がどこに開き、アキくんはどこに飛ばされたのか」**を特定する方法が見つからない。


魔法の可能性には限界がある。

このままでは、次元と世界の壁に阻まれてしまう……。


「世界の限界」──か……。


その言葉がふと頭をよぎった瞬間、アズールは思い出した。



これは、アキラと共に学んだ魔法学の基礎であり、魔法の本質を説明する理論だった。


1. 大雑把に言えば、対象は無色である

2. 私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する

3. 語り得ぬ物については、沈黙しなければならない


(……そうだった)


魔法はそもそも、名指す事のできない”対象”に色を付けるかのように意味付けを行い、"事態を抽出する"一連の処理に他ならない。

今の状態を表すならば、"異なる次元のどこにいるかも分からないアキラ"に、"自身が対象を特定できないまま干渉しようとしている"のだ。

魔法は私たちが現時点で認識できる対象にしか、干渉できない。


次に、「言語の限界は世界の限界」。

つまり、私が持っている知識と学術的な概念の範囲を超えた対象には、魔法も及ばない。


(……ならば)


"私の言語の限界=私の世界の限界を拡張する事"によって、アキくんの居場所を見つける為の魔法が描けるのでは?


しかし、そのためには現状の魔法知識と技能では及ばず、またその他の高度かつ広範囲な知見が必要だ。

問題は私一人では到底及ばない領域にある。


(……この状況に対する解を出せる人は……)


──そのとき、アズールの脳裏に一人の女性の顔が浮かんだ。


アストレア=アンタレス教授。


アルカナ魔法大学の教授であり、魔法学と自然科学の専門家。

彼女の研究は、魔法の根本法則を理論立てて解明しようとするものだった。


アキラとアズールがアルカナ魔法大学に入学したのは、アキラが16歳、アズールが12歳の時だ。

二人は共に学び、4年間かけて魔法学の学位を取得するまで、アンタレス教授の研究室に所属していた。


「……アンタレス教授なら、きっと」


彼女なら、次元の穴がどこに繋がっているか、理論的な手がかりを与えてくれるかもしれない。


(教授はタダでさえ美人なのに、普段からアキくんを優しい顔で見つめている、狙いを定めたような女の顔で眺めている油断ならない人だけど)


それを差し引いても、彼女の知見が必要になるはず。それにアンタレス教授もアキラの為なら躊躇うはずもないよね。


自分の中で結論を立てた今、アズールは意を決して手元の紙を引き寄せた。


だが、無計画に飛び出すのは良くない。


アンタレス教授に助けを求めるにしても、自分が考えた仮説や、次元魔法でアキラを見つけるための筋道をまとめておく必要がある。


情報の整理こそ、魔法の精度を上げる鍵なのだから。


アズールはペンを取り、アキラにプレゼントして貰った大切な日記帳を開いた。


「まずは、アキくんが消えた直後に感じた魔力の流れ」


ロケットペンダントを通じて感じた僅かな波動を元に、魔力と次元に関する歪みの特性を可能な範囲で分析する。


「次に、役に立ちそうな次元魔法のリスト」


アキラがかつて成功させ、かつ魔導書にも具体的な記述のある次元魔法を思い出し、リスト化してまとめる。


「そして、魔法の三原則に基づいた仮説……」


魔法の成立に不可欠である「世界の限界」を拡張するための理論を仮説立てる。


一つひとつ思考を整理しながら、アズールは文字を綴っていく。


──それは、アキラを取り戻すための第一歩だった。

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