11 おらがだの殿

 ベスプッチ帝国が攻めてくる。

 秋田国内はその噂でもちきりであった。

 とりあえずのところ秋田国での通信手段はかろうじて生きている県庁・知事室の古いパソコン一台と、見張りのマタギや漁師だけだ。

 しかもそのマタギや漁師はみーんなジサマなのだ。つまりお年を召した男性なのだ。目はショボショボし耳は遠くなり、若いころから培った能力でなんとか凌いでいるという有様。

 秋田の一般市民はみな情報を手に入れるすべがなく、ひたすら恐れるしかなかった。ただ大半が老人なので、「まあいづお迎え来てもおかしぐねんだし、ピンピンコロリで死んでまるならそれでもいいってね?」くらいのテンションであった。


 そもそも少子高齢化により医療体制がガタガタとなったいま、秋田ではまともな医療など望むべくもなく、かつて入院できた大病院もだいたいいまは診療所として使われ、ベッドは置かれていない。

 なので秋田の老人はだいたい自宅で死んでいく感じだ。栄えていない土地なので葬儀も小規模で、家族だけで小規模に済ますのが当たり前である。墓地も年寄りだけでは維持できないので山や海に散骨というパターンがとても多くなった。戒名にこだわる人もあまりいないので、僧侶の収入がなくなり、お寺も次々と滅びていった。


 それでも。

 村々では「百万遍念仏講」が開かれ、伝えられた古い数珠をみんなでぐーるぐーる回して、なんとか滅びないように、とみな願っていた。

 しかしあのうめぇ冷凍ピザをくれたベスプッチ帝国が、なして戦争をふっかけてきたのだぁ? と秋田の民は思っていた。


 その思いは佐竹ルイ15世にブッ刺さり、佐竹ルイ15世は勇退することを考え始めていた。

 佐竹ルイ15世はまだ二十代の若者なので、未来があると信じていた。

 しかしこんなこじれた状況になるのは、おそらく自分のせいだ。佐竹ルイ15世はそう思っていた。


 そもそも秋田県が日本から追放されたのは、急速かつ侵略的な人口減少と高齢化、そして観光資源の乏しさでインバウンドが他県と比べて劣っていたからだ。

 それは追放される以前の、己の責任である。

 佐竹ルイ15世は、知事を辞職する気満々で、県庁に向かっていた。


 そのときだった。


「おれだちの殿、がんばれ!!」


「殿、おめがいなくなってしまったらおらがだはどうして暮らへばいいってや!」


「おらがだの殿!!!!」


 県庁に向かう車の窓の向こうで、たくさんの、いったいどっから湧いてきたのやおめがだ、という人数の市民たちが、佐竹ルイ15世に励ましの言葉をかける。


「あいしか……」


 佐竹ルイ15世は自分の先祖である佐竹敬久が一身に受けたような「殿」コールを浴びていた。


 まあ佐竹敬久知事はじゃこ天を貧乏くさいと言った問題発言があったし、「クマが可哀想だというなら一緒に暮らしてみろ、送るから」「クマが可哀想という電話がかかってきたら即切ります、がちゃん」などのキテレツな言動をした人だった。

 そして「オチョチョ」なる謎かつ独特の擬音語を持って猫をあやしたり、「秘密のケンミンショー」の番組内の「転勤ドラマ」に出てきて小芝居をしたり、糸井重里の「ほぼ日」で猫好き知事として取材を受けたりと、「佐竹のお殿様」としてたいへん愛された人でもあった。


 それこそいま、佐竹ルイ15世が浴びている応援の声は、「佐竹のお殿様」にかける声なのである。


 かつて美人とハタハタを秋田県に運んできた、あの伝説の佐竹家の血統と、県民たちの郷土愛が、佐竹ルイ15世を奮い立たせた。


(辞職なんてしてら場合でねえ。俺が秋田を守らねばなんねぇんだ)


 奮い立つ佐竹ルイ15世の魂!


 しかしいったいどうすればいいのか!!


 現状の秋田は、もはや詰みであった!!!!


 ◇◇◇◇


「だ、大統領閣下。秋田県をまた日本に戻すのですか!?」


「だってそうしないとベスプッチ帝国攻めてくるじゃん!? 秋田を滅ぼしたら次はぜったいにこっちだよ!!」


「そもそも秋田県を独立国家としておけば、日本は関係ないのでベスプッチ帝国と親密な関係、といくのではありませんか?」


「あたしもバカだけどさ、たぶん……かしこぶってるけどジーザスなんちゃらもバカだと思う」


「エッ!?」


「なんかね、ジーザスなんちゃら、うちのクラスのバカな男子となんも変わんない気がすんの」


「しかし……」


「あーゆーバカには、こういうのを見せておけばいいの」


 譲葉サユは、20XX年ではめっきり見なくなったブルーレイディスクを一枚取り出してみせた。

 ディスクのラベル面には「浮世絵」とタイトルが走り書きされている。


「これ、あたしんちの古いレコーダーに入ってた、浮世絵について取り上げたえねっちけーの番組の録画が入ってるの。あいつ、かしこぶりたいからこういう微妙な教養を流し込んで、浮世絵の実物でもプレゼントすれば機嫌直すんじゃないの?」


「なるほど……元祖クール・ジャパンですね」


「ふっふーん。そゆこと」


 ◇◇◇◇


「ムホォ……」


 ジーザス・クライスト・スーパースターは、執務の間の移動時間に、譲葉サユのチームから送信されてきた動画を観ていた。

 浮世絵の映像だ。日本語なので字幕がついている。4Kですらない画質の荒いものだが、教養を第一に考えるわりには勉強嫌いのジーザス・クライスト・スーパースターとしては映像で楽しく観られればそれでよいのであった。


 知的好奇心が満足したところで、譲葉サユからプレゼントされた、本物の歌麿の春画を眺める。

 うむ、この世の春。日本という国は性に奔放なのであるな。

 ジーザス・クライスト・スーパースターの脳裏を、秋田県知事佐竹ルイ15世の呑気な笑顔がよぎる。


「彼もまた、こういう……ビッグな感じなのだろうか?」


 ジーザス・クライスト・スーパースターは、ぼんやりそう考えた。(つづく)

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