4 やるしかねんだは

 ベスプッチ帝国からの軍用ヘリが、食べ物(主に冷凍ピザ)や灯油やガソリンを運んできて、それを秋田国内の各地域に配った結果、秋田国の寿命はほんのちょっと伸びることになった。

 秋田国内のジジババたちは、冷凍ピザをうめえうめえと食べた。ベスプッチ帝国製なのでたいへん大味でカロリーがえぐいのだが、腹の減った秋田の民にとり、それは旧約聖書のイスラエルの民に神が与えたマナ以上の喜びであった。


 一方でどんな取引を持ちかけられるのか、佐竹ルイ15世たち秋田首脳陣は恐れていた。人を人とも思わぬベスプッチ帝国が、いったいどういう動きをするのか、ただただそれが恐ろしかった。

 ジーザス・クライスト・スーパースター帝は、「取引」を好むことで知られていた。決して慈善活動などせず、多様性を排除し、自分をあがめる画一社会を保つことが、この愛を説く神と同じ名の男の本質であった。


「取引をしましょう」


「……やはりそうなるのですね」


 ベスプッチ帝国のヘリが置いて行った、ホワイトパレス――かつてホワイトハウスと呼ばれた、ベスプッチ帝国の中心部――とのホットラインで、佐竹ルイ15世はジーザス・クライスト・スーパースター帝と話していた。


「秋田国にはいま、日本国が差し向けた『巨神兵』と『天空の城ラピュタ』が迫っている。それと、今回の物資補給を合わせて、ひとつお願いしたいことがあるのです」


「ひとつですか」


「ええ。『巨神兵』を鹵獲してほしいのです。むろん秋田だけでは不可能なのは承知している。我々の軍も向かいます」


「なっ、『巨神兵』の……鹵獲……!?」


 そんな、戦車を鹵獲するみたいに簡単に言わないでくれ、と、佐竹ルイ15世は思った。


「あの『巨神兵』のメカニズムは実に興味深い。鹵獲し、研究し、それを上回る技術で『巨神兵』を超える『巨神兵』を作り出せば……秋田は安泰では?」


「断ったらどうなるのです?」


「我々はあなた方を助けず、秋田県は焼け跡になるでしょう。第二次世界大戦のとき以上の」


(やるしかねんだは……)


 この「やるしかねんだは」というのは「やるしかないんだ」という意味である。

 佐竹ルイ15世は、「巨神兵」の鹵獲作戦を行うと決めたのだった。


 ◇◇◇◇


 巨大兵器「巨神兵」が秋田に接近しているという一報は、山形県側を見張っていたマタギから伝えられた。

 そして「巨神兵」の歩いた跡は焼け爛れ、まさに滅びの神そのものであった。


 その光景は端的に言って「巨神兵、秋田サ現る」であった。ただし東京と違ってビルのような建造物が何一つないので、実につまらない絵柄なのだが。


 これが秋田国史に残る「火の3日間」の始まりであった。


 秋田県側は急いで箱罠を組み立てた。「巨神兵」が入る巨大なものだ。

 しかし「巨神兵」は、スーパーマーケット「いとく」の駐車場に座り込み、動こうとしなかった。近隣の住民には避難が呼び掛けられた。

 そして「巨神兵」はそこにいるだけで放射能を撒き散らす。

 なので「巨神兵」は、かつての原発事故で避難を強いられた福島の人々や、もはや実体験として知っている人こそいないものの、かつて先祖が被爆者であった広島・長崎の人々からすればぜったいに許されない兵器であった。


 それでも使ったのは、日本国大統領譲葉サユがバカだったからである。譲葉サユは国民感情より、秋田への身勝手な怒りを優先させてしまったのだ。


 ◇◇◇◇


「日本の国民は、譲葉サユに激怒しているよ」


「本当ですか」


「ああ。フクシマやヒロシマ・ナガサキの国民感情をないがしろにした……と。それにしてもまだ『巨神兵』はスーパーマーケットの駐車場に座り込んでいるのかい?」


「はい……箱罠にもかかる気配がなくて」


「ふうむ。ここは私たちに策がある。協力してくれるね?」


「もちろんです」


 またしても佐竹ルイ15世は(やるしかねんだは)と拳を握りしめた。その拳に愛猫ミケちゃんがかじりつき、若きリーダーは悲鳴をあげたのであった。


 ベスプッチ帝国の持ち出した策というのは、実に単純に、座り込む「巨神兵」に縄をかけて身動きできないようにし、戦車で引きずって移動させる……というものであった。

 進行ルート上にある「いとく」はもちろん消滅する。まあもう人など一人もいないのだ、なんともないだろう。


 縄をかけられた「巨神兵」はもがいたりすることもなく、引きずられて箱罠に入れられた。がしゃん、と箱罠が閉まる。

 それはクマが「いとく」に入っていって3日居座った事件によく似ていた。


 こうして、「巨神兵」は鹵獲された。秋田の罠猟師をなめてはいけない。


 ◇◇◇◇


 抗議の電話が、かわいいケースに入れられた譲葉サユのスマホに殺到していた。


 前回、「ゴジラ」のときは「あの『ゴジラ』も核の被害者だ」という認識が日本国民にあったため、さほど騒ぎにはならなかった。実際に、東京はかつて何度も「ゴジラ」によって焼け野原にされていたが、皇居だけは踏み潰したり燃やしたりしないし、人間を食べないので許されていた。


 しかし「巨神兵」は、あまりに国民感情を逆撫でする兵器だった。

 ここでもし、「天空の城ラピュタ」まで使ったら、日本中が反発するだろう。譲葉サユは大統領としての品格がないとされ、職を追われるに違いない。


「撤退だよ撤退!! あーもう腹立つ! よし、『ショッカー』を投入する! あいつらなら放射能平気だし!」


 譲葉サユは知らなかった、人間等身大の武力で秋田県に戦いを仕掛けるのが、あまりに無謀であることを。(つづく)

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