ぼくの魔王

鬼虫偽薬

第1話

 まさか魔王と旅をすることになるなんて、この時は思いもしなかった。


「冒険者のパーティに料理人はいらない」


 俺にそう告げたのは、リオー・サンヴォイセン。実直で気高い、サンヴォイセン家の長子。アネムカ王国屈指の勇者の家系。蒼髪碧眼。輝くような白い歯と屈託のない瞳。まっすぐ純粋に、世界の平和を考えている男だ。


「俺たちのパーティから離脱してほしい」


「そんなっ、どうして急に!」


「君をこのパーティに誘ったのはこの僕だ。すまないと思っている。しかし今のままでは僕たちはずっとD級冒険者のまま」


「お、俺が足を引っ張ってるって云いたいのか?」


「やだ、自覚ないの?」


 そう俺の言葉を遮ったのは、背が高く、緋色の長髪の女。ネブラフィカ・マギランプ。


 サンヴォイセン家と古さを競うマギランプ家は、宮廷魔法使いを代々輩出している名家だ。


「まあ確かに、あなたの作る料理はおいしい。見た目は野暮ったいけど」


 役に立っていたはずだ。満足に剣も振れない、腕力もなければ攻撃魔法も、即効性のある癒しの術も使えない。野草から回復薬を作り出せるわけでもなければ、レアアイテムのドロップ率が上がる天運持ちでもない。


「スキルだ! もう少しで謝肉祭じゃないか、謝肉祭で売りに出される聖水を飲めば! そのために報酬を貯めた。俺にも凄いスキルがあるかもしれない!」


 リオーはゆるゆると首を振る。


「そんな、運任せでは駄目だ。わかってくれ、カザン。俺も多少ならば回復魔法も使えるが、それでは戦闘に専念できない」


 ネブラフィカが後を受ける。


「遅いくらいだけど、上を目指すならやっぱりちゃんとした回復役をパーティに入れろって私が提案した。妥協して料理人ごときを入れても、結局戦闘中の回復力にならないんじゃ無意味だから」


「ネビー!」


「あなたに愛称で呼ばれるのは好きじゃないの、ごめんなさい」


 俺は膝から崩れそうになる。三年もの間ずっとネブラフィカを愛称で呼んできた、ずっと厭だったのか。


 俺はパーティの最年長メンバーであるポーに視線を向けた。まさに筋骨隆々、気合の入ったモヒカンヘアが特徴的で、燃え盛るような眉毛、しっかりした顎と大きな声を持つ。職業は魔獣使いだが、肉弾戦だけならばリオーにも引けを取らない。


「悪いな。俺もリオーに賛成だ。パーティランクを上げなけりゃ金稼ぐのもままならねえ」


 冒険者の多くは最大四人のパーティを組み、城や町の周辺で比較的弱い魔物を倒しながら戦闘の熟練度を上げるのが常だ。


「回復役はパーティには必須だからな、僧侶はいつも奪い合いだ」


 僧侶とは神への信仰心を以って治療や回復を行う聖職。ポーの云う通り、魔物との戦闘で傷つくことが多い冒険には欠かせない。人の棲まない険阻な地域に行けば行くほど魔物の強度は上がる。


「薬師も僧侶と同じくらいアネムカには少ないジョブだ。これも毎度奪い合いだな」


 薬師。野にある草や木、鉱物などの自然物から治療や回復に使う薬を生成する。長い修行と膨大な知識が必要なジョブ。


「わかってくれ、カザン。薬草を持ち運ぶにしても携行数には限度がある。ポーが荷車の引ける大型魔獣でもテイムしていたなら話は別だが」


「いっぺんに何匹もは無理だ。扱い切れねえ魔獣は敵モンスターと同じだからな」


 ポーはアネムカ王国周辺では比較的よく見かけるヤマネコ型獣人を使役しているが、今日は姿が見えない。


「ギギか? あいつなら放逐したぞ」


「でも、ついこの前去勢手術したばかりじゃないのか?」


 獣人と云えど半分魔獣。発情期にもなれば見境をなくし、テイマーの命令を無視することが多い。そのため魔獣使いの多くはテイムした魔獣の去勢を行う。


「だいたいカザン、おまえが、俺にはネコ系の獣人は合ってないって云ったんじゃねえか」


「それは、そうだけど」


 ヤマネコ獣人であるギギを使役するたび、いつもは頑健なポーが精彩を欠くのは事実だった。だから俺は、ほぼ直観ながらそんな言葉を吐いた。


 ポーはたすき掛けに背負った麻袋から大きな卵を取りだした。


「すげえだろ、ドラゴンの卵だ。報酬貯めて、やっと買えた。アネムカにゃドラゴンはいねえから随分高くついたが、こいつが手に入ったおかげであのヒステリ猫とオサラバできたってわけよ」


 リオーはまっすぐな目で俺を見つめている。


「お、俺は料理人だ、料理しかできない。回復役としても確かに即効性はない。だけど」


 リオーは白い歯を見せて笑った。


「何度も云うが上に行くためだ。僕は勇者だ、足踏みはしていられない」


「そ、僧侶が見つかったのかい?」


 リオーは再度すまないと謝った。


 身勝手な話だ。リオーは勇者と云う希少職である自分の犠牲になれと云っている。ただ利用し、価値がなければ切り捨てる。


 男がひとり足音を立ててやってきた。


「ぐだぐだ云ってんじゃねえよ、カザン! 男らしく受け容れろ。そもそも、料理人風情が冒険者ギルドに登録しているのがおかしいだろうが!」


 俺はそいつをよく知っている。


 子供の頃から散々俺を虐めてきた男、ゼンガボルト。


 そうだった。驚くべきことにゼンガボルトの家は僧侶の家系。地区では比較的裕福な家で彼の父は尊敬すべき人でもあったから、その息子であるゼンガボルトがどれほど横紙破りな暴挙を働こうと周りの人間は耐えていた。


 ゼンガボルトは俺の肩を小突いた。


「所属していたパーティが俺以外全滅してな。この勇者様から話があったのよ」


「だから俺を……」


 料理人が冒険に役立たない、それはいい。そのかわりがよりによって!


 俺はゼンガボルトを睨んだ。集めていたガラス瓶、親父に貰った包丁、可愛がっていた野良猫、全部奪われ壊された。それを失って哀しむ俺を見たいがために。


「なに睨んでんだよ、偉くなったなオイ!」


 ゼンガボルトに殴られ、前歯が折れ鼻血が噴き出る。


「それぐらいにするんだ!」


「おっと勇者様、幼馴染の顔を見て幼少の頃の気持ちに戻ってしまいました。まったく、貧弱過ぎて同情を禁じ得ませんな」


 笑いながらゼンガボルトは癒しの呪文で俺の怪我を治した。一瞬で痛みは消えたが、何故神はこのような男に味方し祝福を与えているのか?


 俺はその場にへたり込んだ。


 笑いながら立ち去るゼンガボルト。


 君にもきっといい出会いがあるとまっすぐな目で云う勇者リオー。


「まず見た目をどうにかなさい」


 溜め息を吐くネブラフィカ。確かに俺は、料理の研究で試食が過ぎて随分丸い体形をしていた。


 すまねえなと一応の謝意を口にするポー。


「でもおまえ、目はいいと思うぞ」


 当然遠くのものまでよく見えるという意味ではないだろう。


「料理人に目の良さはそれほど必要じゃない」


 この世界では生まれた時から職業が決まっている。大工の子は大工、戦士の子は戦士。例外は認められない。料理人の家に生まれた俺は料理人になるしかない。いや、そのこと自体には不満はない。俺は料理人と云う職業に自信を持っている。


 その一方で、火を噴くドラゴン、巨大な鉄蠍、一つ目の巨人、世界は魔物で溢れている。


 知恵の高い悪鬼が巣くう山城。攫われた娘や盗まれた財宝、世界は謎に満ちている。


 魔物を討伐し、失われた財宝を探し、攫われた娘を奪還する。ギルドは活況を呈し、冒険者を目指す者は跡を絶たない。単独で依頼をこなす猛者がいれば、仲間を集め旅に出る冒険者もまた多い。ちなみにパーティ人数は最大四人なのは、過剰な集団は国を脅かす可能性となりうると王国令で定められているせいだ。それはそうだ、有能な魔法使いが百人から徒党を組んでしまっては、小さな国なら一日で滅びる。


 ギルドの登録自体に職業は関係ない。だから料理人である俺も冒険者となった。


 金を稼いで店を立て直すこと。見聞を広め料理の腕を磨くこと。


 そして……。


 俺は奥歯を噛んだ。


 ここで冒険者をやめたら俺の負けだ!


 俺は立ち上がり、町の中心にある冒険者ギルドの受付に向かった。いつも通り有鱗人種の眼鏡をかけた受付の女性がにこやかに応対してくれる。


「あらまあ。リオーさんのパーティ追放されちゃったんですねえ」


 トカゲのようなつぶらな瞳をした、おっとり姉さんだ。舌の先が割れているのも爬虫類っぽくていい。


「新しい仲間を探したいんですが」


 受付のお姉さんは壁に貼られた求人の張り紙を指差し、そして、

「地下一階の酒場なら、ナンパ待ちの方も大勢いらっしゃいますよー」

 そう云った。


 俺は云われるままギルドの地下にある酒場に降りた。この建物にはちょくちょく来ていたが地下ははじめてだ。さぞかし目つきの悪い無頼漢ばかりが集う魔窟の如き場所を想像したが、そこは案外明るくそしてあっけらかんとした空間だった。


「よし!」


 俺は気合を入れる。


 さあ、新規まき直しだ!

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