第3話 裏切者

 市民は避難を続けている。

 半ばパニックになりながらも、それでも決定的な混乱に陥っていないのはフラルドがいるからだろう。


「団長!」

「避難民は?」

「すでに出立の準備はできています。予定通り、南門から脱出する予定です」

「そうか……。南門か」


 フラルドは何かを思案するような顔をした後、騎士たちに言った。


「兵力の六割を避難民に付けろ。残りの四割で巨人どもを受け持つぞ」

「そ、そんなの無茶です!」

「無茶でもやるんだよ。それがお前たちの使命だろう?」


 フラルドは剣を掲げて宣言する。

 

「聞け! 騎士たちよ! 今日ここが、正念場だ! ここで巨人どもを食い止めなければならない! 巨人どもを勢いづかせれば、そのまま王都まで攻め込み、この国を滅ぼすだろう。今日、この瞬間こそが、俺たちの命を懸ける時だ!!」


 うぉぉぉおおお!!! と雄叫びが広場に響き渡る。

 

「総員、出撃!!」


 そう言った瞬間だった。

 街門が破壊されたのは。


「なっ!」


 その門をくぐるように現れたのは、一体の巨人。

 全身鎧を身に着けた巨人だった。


「ふははは、情報通りだったな! よくやったぞ


 巨人の口からあり得ない名が呼ばれた。


「え、いま、団長の名前を……」

「な、何を言ってるんだ! あの巨人は!」


 名前を呼ばれたフラルドは、笑っていた。

 哄笑だった。そして嘲笑だった。


「全くどいつもこいつもバカばかりだな。体が小さいとおつむも小さいと見える」

「団長! う、ウソですよね……?」

「ああ、ウソだよ。全部。お前たちの団長をやっていたのも、前の街を守ったのも、全部ウソさ。俺はな」


 フラルドの体が内側から膨れ上がる。

 巨大化、否。していく。


「巨人なんだよぉぉぉぉおおおお!! ギャハハハハハ!!」


 フラルドが、筋骨隆々の裸体を晒す。

 その体は十数メートルに及んでいた。


「全く、心底窮屈だったぜ。矮小な連中のフリをし続けるのはよぉ」

「お前の忍耐強さには、巨人王も感心していたぞ。褒美は間違いないだろうな」

「ふはははは!! 人間どもの奴隷を何匹貰えるかなァ?」


 万の言葉よりも雄弁な、一つの姿が物語る。

 この街の英雄は、裏切者であったと。


「じゃ、じゃあ、前の街を守ったって言うのも……」

「ん? ああ、あれは傑作だったな。前の街の騎士団長はなぁ、最期まで俺が人間だと信じていたんだよ。俺の剣に背後から貫かれる瞬間までな!」


 邪悪に口を歪めて、フラルドは巨人用の防具と武具を身に着けていく。


「全く本当に馬鹿な奴だぜ。そう言えば、奴の子供の、ゼンとミルハとか言ったか。そいつらも、俺のことをまんまと信じててよぉ。父親の仇を父のように慕うなんざ、滑稽すぎて笑いをこらえるのに必死だったぜ!」

「う、うそだよな」


 そこに現れたのは、幼い兄妹。ゼンとミルハだった。


「フラルドさん、ウソだよな! 父さんと母さんを殺したなんて!」

「本当さ。この片腕も、貴様の父親にやられたんだ」


 無くした片腕を忌々し気に撫でる、フラルド。


「あの男、心臓を貫かれたというのに最期の一撃でこっちの片腕を切り落としやがった。全く、矮小な人間らしくただ殺されておけばいいモノを。これだからブレイクスラーというのは気に食わんのだ」

「と、父さんは……、父さんは! アンタを信用していたんだぞ!!」

「おつむの小さな連中だよ。しかし貴様らもここで終わりだ。くくく、選ばせてやる。ここで死ぬか、俺の奴隷となるか」

「逃げろ、ゼン、ミルハ! 俺たちが食い止める!」

「そんな、みんな!」

「いいから!!」


 兄妹が走り出す。

 武器を構え、騎士たちは走り出した。

 ソレに対して巨人は、跳んだ。


「え」

「死ねぇ!」


 幼い兄妹は見た。

 自身の頭上に、迫りくる天井めいた足を。

 彼らにできることは、それから目を背けてその場でうずくまることだけだった。


 ズゥゥン!


 土煙が舞う。

 騎士たちが叫ぶ。

 巨人が嗤って、そして顔をしかめた。


「何だ?」


 足裏から伝わる異様な感触。

 肉を潰した感触ではない。

 

「ったく。こんなことだろうと思ったぜ」


 大男だった。

 その外套は土煙で薄汚れていた。

 その顔は。


「ゆ、ユイイツ?」

「よお、ガキンチョ共。災難だったな。色々と」


 一人の大男が、巨人フラルドの足裏を受け止めていた。

 一人の人間が、巨人の攻撃を防いでいた。


「なんで、逃げたんじゃ!?」

「まあ、それでもよかったんだけどな」


 ユイイツが片腕を無造作に振るえばフラルドは押し返され、たたらを踏む。


「き、貴様! どうやって!」

「ユイイツ。ただの旅人だよ。さて、お前には飯と風呂の恩がある。今ここで引くならば見逃してやるが?」


 その一言を挑発と受け取ったフラルド。

 裏切者の巨人は、己の得物である斧を振りかぶる。


「舐めるなよ、矮小な人間が!」


 振り下ろされる斧。

 ソレをユイイツは再び無造作に片腕を振るって応じた。

 強烈な破砕音。

 ぐるぐると、宙を舞うのは巨人の得物と片腕だった。


「ぐぎゃぁ!!」


 腕を無くしたフラルド。

 しかし彼は裏切者である以前に、巨人族の兵士だ。

 この程度の傷で戦意を衰えさせることはない。むしろ怒りが湧いた。


「貴様ァ!!」


 その怒りが戦士としての勘を鈍らせた。

 目の前の人間は決して触れてはならない、絶対不可侵の存在であることを計り損ねたのだ。

 巨人の足が迫る。

 単純な蹴り。それでも巨人のそれは攻城兵器を超える一撃となるだろう。


「次はこっちからも行くぜ」


 ユイイツが拳を振るった。

 それだけで、フラルドは消し飛んだ。

 冗談みたいに。

 跡形も残さず。


「さて。残りの巨人は、と」

「な、何者だ、貴様ァ!! フラルドは潜入工作に専念していたとはいえ、我ら巨人族の中でも精鋭中の精鋭だぞ!」

「さっきから言っているだろう。ユイイツ。ただの旅人だ」

「く、かくなる上は……! 『王』よ!! 何卒力添えを!!」


 巨人の一人が叫んだ。

 その声は天に轟いた。

 そして、地鳴りがした。

 体が浮き上がるような振動と轟音。

 それが、数秒の間隔を置いて連続する。


「おいおい、マジかよ」

「ば、馬鹿な……」

「デカすぎる……」

「そんな……」


 ソレは巨人だった。

 数メートル、十数メートル、数十メートル程度では済まない。

 一歩ずつ近づいてくる。

 山を乗り越えて、ソレはやってきた。


『全く、不出来な息子たちだ。父親の力添えが無ければ何もできんと見える』


 天から声が轟いた。

 規格外の巨体だった。

 天を衝くような巨人だった。

 数百メートルの巨人だった。


『さて、不肖の息子を殺めた下手人はどこのどいつだ。名乗り出ないのならば街ごと踏みつぶしてやっても構わんぞ』

「俺だよ。俺がお前の息子の一人を倒した人間、旅人のユイイツだ。アンタが巨人王か?」

『ふん。不遜な人間だ。しかし息子を殺したのは恐らく事実のようだな。計り知れないエネルギーを感じる』

「それで、アンタもこの街を獲りに来たのか?」

『ははは、何か勘違いしているようだな。我がたかだか街一つを欲しがると思ったか? 我が欲するのはこの国そのものだ。脆弱で矮小な人間には、いかなる大地も相応しくない。この星の母なる大地は全て巨人のためにあるのだ。人間には巨人の奴隷の位が相応しい』

「なるほど。遠慮なく殺して良さそうだな」

『その威勢のよさだけは褒めてやろう。では我が一撃のもとに跡形もなく滅ぶが良い。死ね。不遜なる人間よ!!』


 巨拳が振り下ろされる。

 あたかもそれは流星の如く。

 街の一つなど跡形も残さず消し飛ばすだろう。

 そこに住まう命も、そこでの営みも。


『うわぁぁぁぁ!!』


 悲鳴を上げる街中の人々。

 ソレに対して、ユイイツは。

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