第25話 前日
舞踏会前日――
「さぁ、これが最後の特訓だよ!」
ルイスは爽やかな笑顔で言い放ったが、エリスとセシルはどこか遠くを見つめていた。
「ねぇセシル……これ、本当に最後だよね?」
「うん、エリス……きっと最後だよ……?」
二人の目はどこか現実を諦めたように虚ろだ。
この1ヶ月、毎日ではないもののルイスは時折現れて二人にスパルタ特訓を施してきた。その優しい口調とは裏腹に、特訓内容はハードであり、エリスとセシルは毎回疲労困憊になっていたのだ。
「ねぇ、なんで二人ともそんなに魂抜けてるの?せっかくここまで上達したのにさ!」
ルイスは笑顔を崩さず、優しい声で励ます……が、エリスはピクッと反応した。
「ルイス様の優しい声は、最早私たちにとっては地獄の入り口なんですよ!」
エリスの嘆きを意に介さず、ルイスは爽やかな笑顔を浮かべたまま手を叩いた。
「君たち、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。これも君たちの舞踏会デビューのためなんだからさ」
ルイスは優しげな笑顔を浮かべているが、エリスは額の汗を拭いながら、内心で鋭い警戒心を燃やしていた。
(絶対この人、笑顔の裏で私たちにスパルタ特訓を強いることを楽しんでる……!)
「さ、文句を言う前に踊ってみようか。ほら、特訓の成果を見せて!」
ルイスが掛け声をかけると、二人は渋々ステップを踏み始めた。
「1、2、3……ほらエリスさん、足が重い。もっと軽やかに!」
(無理です!体が言うこと聞きません!)
「セシルさん、回転のタイミングが早すぎる。もっと落ち着いて」
(えぇー!?そんなの分からないですよぉ!)
二人は内心叫びながら必死に踊るものの、ルイスの容赦ない指摘は飛まらない。
「これで最後って思えば頑張れるよ、ね?」
セシルが小声で囁く。
「逆に最後だからこそ頑張れないかも…」
エリスは涙目になりながら、必死にステップを踏む。
そんなやりとりを繰り返し、なんとか最後のダンスを終えた二人は、床にへたり込んだ。
「ふぅ……終わった……本当に終わった……」
「エリス、これで舞踏会頑張れるね……」
セシルはエリスの肩に寄りかかりながら、安堵の息をついた。
「お疲れ様。君たち、最初に比べたら見違えるくらい上達したよ」
ルイスが穏やかな声で労いの言葉をかけると、エリスとセシルはぐったりしながらも少しだけ笑みを浮かべた。
特訓を終え、息を切らしながらその場に座り込むエリスとセシル。ルイスはそんな二人を見下ろしながら微笑む。
「よく頑張ったね。これなら舞踏会でも恥をかかずに済むんじゃないかな?」
「はぁ、はぁ……ルイス様、厳しいご指導ありがとうございました……」
エリスは肩で息をしながら、力なくお礼を言う。
「厳しい?俺は優しく指導してたつもりなんだけどなあ」
ルイスは悪びれる様子もなく爽やかに笑う。
「ルイス様が優しいって言うと、なんだか説得力がないです……優しい顔して厳しい言葉がびしばし飛んできますから……」
エリスは力なく呟く。
「まぁまぁ、そんなこと言わないでよ。俺も君たちがここまで頑張るなんて思ってなかったから、つい本気になっちゃっただけさ」
ルイスは微笑んだまま、ふと上を見上げる。
「本当、君たちが出るなら今年も舞踏会に参加したかったな」
「ええと…確か、上級生は舞踏会に参加できないんでしたっけ?」
セシルは首を少し傾げる。
「そうだよ。舞踏会に参加できるのは下級生だけだ。でも、なんだか寂しいなぁ……君たちみたいに一生懸命練習してるのを見ると、俺も一緒に出たくなるよ」
ルイスはしみじみと呟いた。
確かに、エリスの記憶の中でもルイスは舞踏会のイベントには登場していなかった。
「え、じゃあ特別ルールとかで出られないんですか?」
セシルが本気で残念そうな顔をして尋ねる。その瞳には、ルイスと一緒に踊れる可能性をどこかで期待しているような輝きがあった。
「うーん、特別ルールかぁ……生徒会長権限でなんとかならないかな?」
ルイスは冗談めかして笑った。
「ちょっと待って、それ本当にやるつもりですか!?」
エリスの驚いた声に、ルイスはいたずらっぽく笑った。
「冗談だよ。でも、もし出られたら――きっと楽しいだろうなって思っただけさ」
ふっと表情を和らげると、今度は穏やかで優しい声色に変わる。
「だからこそ、君たちは思いっきり楽しんでおいでよ。努力した分、きっと素敵な思い出になるはずだから」
「素敵な思い出……」
セシルはその言葉を反芻するように呟き、少し照れくさそうに微笑む。
「……わかりました!私たち、明日思いっきり楽しんできます!」
「そうそう、その意気だよ」
そのやり取りを見ていたエリスは、思わず心の中で小さく呟いた。
(なんだかんだ言って、ルイスっていい人だよね。……踊りの特訓はもう二度とやりたくないけど)
「よし、最後の特訓も終わったし、今日はもう解散しようか。明日に備えてしっかり休んでね」
ルイスの言葉に、エリスとセシルは揃って「はい!」と元気よく返事をした。
(明日の舞踏会……絶対に成功させてみせる!)
エリスは心の中で密かに拳を握りしめた。
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