第12話 騎士団訓練場でのドタバタ接触

エリスは隣を歩くセシルをちらりと見た。彼女は相変わらず楽しげに鼻歌を口ずさみながら、軽やかな足取りで進んでいる。


「ねえエリス、今日はどこに行くの?また図書室?それともお茶会?」とセシルが首をかしげながら尋ねる。

「今日は訓練場だよ。騎士候補生たちが訓練する姿を見学できるんだから、ちゃんとついてきてね」とエリスはため息をつきつつ答えた。


(今日のターゲットはルーク。ディラン様の幼馴染で、明るくて軽薄な遊び人キャラ。女性関係は派手だけど、根は悪い人じゃないし、セシルの攻略対象として重要な人物だ)


「ルークっていう人に会いにいくの?」

「えっ…聞こえたの?」

「エリス、さっきからずっと独り言言ってるんだもん。この距離だと聞こえちゃうよ」

「えっ……そ、そそ、そう?聞き間違いよ…」

思わず挙動不審になるエリス。しかしセシルは気にした様子もなく軽快な歩調でついていく。



エリスの胸中はまるで作戦会議のように忙しい。一方で、隣を歩くセシルは相変わらずマイペースだった。


「エリス、見て見て! この葉っぱ、ハートの形してる!」

訓練場に着く直前だというのに、セシルは道端で拾った葉っぱを嬉しそうに眺めている。

「……可愛いね。でも早く行かないと訓練が終わっちゃうよ」

エリスが急かしてもセシルはのんびりと葉っぱを大事そうに持ち、相変わらずマイペースな足取りでついてきた。



訓練場に入ると、広がる砂埃の向こうで騎士候補生たちが次々と剣を交えていた。その中でも、ひときわ目を引く存在がいた。

陽光を浴びて輝く銀髪、褐色の肌に映える鍛え上げられた体、そして軽やかに剣を振るう優雅な姿。何より、その明るい笑顔と飾らない雰囲気は、遠目からでも人を惹きつける魅力に満ちていた。


(あれがルーク……本当にゲームそのまんまだ。あの軽薄そうな笑顔、まさに「女性はみんな俺の友達」ってタイプ。セシルが単独で接触したら、何かしらのトラブルが起こる未来しか見えない……!)


「うわぁ、すごい! エリス、あの人、まるで絵本に出てくる騎士みたいだね!」

セシルが目を輝かせながらルークを見つめる。


「もしかして、あの人がルーク様?」

「そうそう、あの人がルーク」

どうにかここでうまくセシルと接触させないと……

エリスが心の中で計画を練っていると、突然ーー


「こんにちは!キラキラの騎士様!あなたに会いにきました!」とセシルがルークを見つめながら大声で叫んだ。


「……え?」

周囲が静まり返り、剣を振るっていたルークもピタリと動きを止めた。そして一斉にこちらを見つめる。


エリスは慌ててセシルの口を塞ごうとするも、時すでに遅し。セシルとしっかり目があったルークは微笑を浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。


「おや、君たち、見学に来たのかい?」と、爽やかな声で話しかけてくるルーク。その表情に警戒した様子はなく、むしろ面白がっているようにさえ見える。

「は、はい!見学です!」

エリスは反射的に答えたが、声が若干裏返ってしまった。


「見学ってことは、新入生かな?」とルークが尋ねると、セシルが勢いよく頷いた。

「そうなんです!私たち、最近入ったばかりで――でも、ルーク様ってすごいですね!剣を振るう姿が、まるで光の精霊みたいに輝いていました!」

「光の精霊?」

ルークは思わず吹き出した。

「そんなこと言われたのは初めてだな。ありがとう、褒め言葉として受け取っておくよ」

止める間もなく自由奔放に話すセシルに、エリスは焦りと冷や汗が止まらない。

「すみません、ルーク様。セシルは少し感性が独特でして……」

「いやいや、面白い子だね。そういう感性、嫌いじゃないよ」とルークは気さくに笑う。

「えへへ、よく言われます!」

セシルは得意気な笑みを浮かべた。


「それにしても君たち、名前は?」

「私はセシルです!で、こっちがエリス!」

ルークは微笑みながらエリスをちらりと見やる。

「エリスはまるでセシルのお姉さんみたいだな。君みたいな子がそばにいると、周りも安心するんだろうね」

「そ、そんなことは……」

エリスは不意の言葉にどぎまぎしながら、思わず視線を逸らす。

「それで、さっき俺に会いに来たって言ってたけど?」

ルークが軽い口調で問いかける。


「あ、今日はエリスがルーク様を目当てにここにきたんです!」

セシルの無邪気な発言に、エリスは一瞬だけ思考が停止した。

「へぇ、俺目当てね?」

ルークは口元に薄く笑みを浮かべながら、じっとエリスを見つめてきた。

(そんな言い方したら誤解されるじゃん!?何でそんなこと言っちゃうのセシルーーー)

エリスは焦りすぎて呼吸が浅くなった。

「あ、あの!違うんです!そういう意味じゃなくて、ただ単にその、えーっと……」

エリスは必死に何か上手い言葉を探すが、焦りすぎているせいで出てこない。

「え?違うの?」

セシルが首をかしげる。

「だってエリス、さっき『今日こそはルーク様に会わせなきゃ』って独り言言ってたよね?」

(だからそれをそのまま言わないでぇ!)

「ふーん、今日“こそ”ってことは、前から何回か俺に会いに行こうとしてたわけだ?」

ルークは面白そうにニヤリと笑う。

「ち、違います! そんな怪しい行動は一切しておりません!」

エリスは勢いよく手を振る。

「セシルが勝手に言ってるだけで、私はただ見学に――」

「そうそう!見学って言っても、エリスはルーク様のことを見てばかりなんですよ!」と無邪気に言うセシル。


(セシル!君はどこまで爆弾を投下すれば気が済むの!?わざとやっているの?!)

エリスはセシルの肩をぐいっと引き寄せ、小声で必死に囁く。

「ちょっと黙ってて!!」

「えー、でも事実じゃない?」

「事実でも今言わなくていいの!!」

そのやり取りを見ていたルークは、笑いを堪えきれずに吹き出した。

「ハハッ、そんなに必死にならなくてもいいのに」

「……はぁ……すみません、セシルが妙なことを言いまして……」

エリスはぐったりしながら頭を下げる。

「いやいや、むしろ楽しませてもらったよ。俺、こんなに笑ったの久しぶりだな」

ルークは楽しそうに目を細める。


「でも、エリス。俺“目当て”って言われるの、悪い気はしないよ?」

「だから違いますってば!!」

エリスの必死の叫びが訓練場に響き渡る。周囲の騎士候補生たちが剣を振るう手を止め、チラリとこちらを見た。

今すぐこの場から消え去りたい。

しかし、ここで逃げたらセシルとルークの好感度アップのチャンスを棒に振ってしまう。

(……くっ、耐えろ、私…… ここは攻略のため……!)

葛藤の末、エリスはひきつった笑顔を浮かべながら、なんとか声を絞り出す。


「えっと、あの、セシルが言いたかったのは、ルーク様の訓練を見て学びたかったという意味でして……決して何か特別な思惑があったとか、そういうことではなく……!」

「ふうん? 俺の動きを参考に?」

「そ、そうです!!」

エリスは勢いよく頷く。

「なるほど、勉強熱心なんだね。セシルちゃんも、エリスも」

「そうそう!セシルと一緒にいろいろと見学させていただけたら、勉強になるなーって思って!」と、無理やり話を合わせる。

「そっか、それは嬉しいな。それにしてもエリス、君、今めちゃくちゃ汗かいてない?」

ルークがニヤリと笑いながら指摘してきた。

「そ、それは……気温のせいです!今日は暑いですよね!」

「いや、俺は全然暑くないけど?」

「うん。むしろ今日はちょっと肌寒いくらいだよ」

セシルまで無邪気に追い討ちをかける。

(もう勘弁してぇ!)

顔から火が出そうなエリスは、もはや虚空を見つめることしかできなかった。

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