マフラーを巻いただけなのに

夢枕

福袋、厄袋

 生まれ育った東京から今年の秋にここに越してきた。

 前に通っていた学校は個性の固まりで、みんな揃って人と違うことをしないといけなかった。

 教室には無個性を何よりも恐れる空気が張り詰めていた。派手な服、洋楽、あるいは昭和歌謡など、それぞれ尖った趣味を持っていて、その上で陰キャ陽キャと言って自分と同じようなやつとつるんだ。そして尖ったセンスと言っても学生の使う店はたかが知れてるし、それで運悪く持ち物が他人と被れば怒り出す。挙げ句の果てに自分が先行したと主張したり、もう使わないと言ってお蔵入りにする。


 こだわりというしがらみが少なく、何の変哲もない制服や無地のアイテムなど当たり障りのないものを好む僕からすると、人と繋がるためにトゲを作るのは大変である。

 オーソドックスでないことだけが正義の世界に疲れたので、小さな町への転校は嫌でなかった。


 しかしこの町では、東京というものが特別に感じられるらしい。これは思わぬ事態だ。僕の気質とは関係なしに存在自体が尖ってしまい、クラスの人との間に距離が出来そうだった。


 そこでだ、東京の人に対する羨望の眼差しを向けられても、僕は何てことないように振る舞う。ちやほやされる今の立場に根を下ろさず、積極的に一緒に過ごし、価値観を共にしていけば、次第にいつもの仲間の一員。住めば楽園だ。


 冬が来て、行きつけの服屋で福袋が売られ出した。それをいつも遊ぶ五人で買おうという話になる。買うと決めたのは当たり外れのない小物二点のセット、マフラー一点確定ガチャ。

 僕たちは冬休みを前にした短縮授業日に買いに行った。


 こうして福袋を入手し、家に帰ってすぐ、眠っている暖房もそのままに自室で中身を開いた。

 黒地に白い十字架が入った、程よい厚さのマフラー。これは学校で使ってみんなに見せるとして、二つ目は毛糸に細かいホロが混じる星空みたいな青いニット帽。


 入っていた二つを同時には使えないな。福袋というのは内容にまとまりがなかったりする。これはまとまりのないパターンだった。


 次の日の学校で入ってた物を報告するため、首にマフラーを巻き、カバンには帽子を突っ込んでいた。

 学校に入って遠目で見かけた仲間たちは、色違いのチェック柄のマフラーを巻いていた。まさか……。


 向こうが気付く前に、僕以外のみんなが同柄のマフラーをつけていると判明してしまった。そして教室に入り、気まずい答え合わせをする。


「え、見事におんなじじゃん。玲路れいろ以外」


 今頃各々が引き当てた物の違いを比べるはずだったのに。僕のマフラーとの違いよりも、同じ物ばかりが揃ったことに騒然とする。そして小声で

「神様も言ってんだよあいつはやっぱりセンスが違うって」

「都会のやつなんだな」

と聞こえた。


 学校を歩いていてチェック柄の方はちょくちょく見かけるのに、僕と同じものは全く見かけなかった。


「玲路くんのマフラー、独特だよね」


「センスが違うよね。あれってどこで買ってるんだろ」


 ここの生徒御用達のあの店で買ったはずだ。福袋は売れ残りが入れられると聞くけど、みんなは同じやつを当てた。僕の当てたこれだけが売れ残りだとしても、ここに住んでいる限り服はほとんどあの店で買うから、売れ残りなりに誰かが持っているはずだ。

 他の所有者は買ったのに使わないのか、それとも俺の福袋だけ試作品か何かを放り込んだのか。


 俺の垢抜けた都会人説が再燃してしまい、どうにかしてくれと十字架に助けを求めた。


 委員会の都合で帰りが少し遅くなり、人のはけた教室に戻る。そこには全ての教科で良い点を取る有栖君がいた。彼は浮世離れした雰囲気で、僕のマフラーにも気を留めない。そんな彼なら、と助けを求めることにした。


「残ってたんだ。話すの久しぶりだね」


「ああ、君は授業が終わればすぐ帰るからな」


「うん。今日は委員会があったから……その、有栖君に聞きたいことがあるんだけど、今いいかな?」


「構わん」


 マフラーが自分だけ違って気まずいことを話す。都会人扱いに居た堪れないことも話す。すると有栖君は頷いて、手応えがありそうだった。


「秘策がある。しばし待て」


「本当!? ありがとう!」


 特別仲良くもない有栖君が考えてくれたのが嬉しくて、秘策というのが何なのかも聞かず、浮かれてその日は帰ってしまった。


 数日後、俺以外がマフラーを巻いてこなかった。何かと思ったら、聞いてくれ! と訴えてきた。


「マフラーにうんこのワッペンがつけられたんだよ! 昨日の帰りに見たらついてて、これじゃ使えねぇよ!」


「お前も!? 俺はラーメンのなると! 朝巻こうと思ったらついててさ」


 そこで秘策のことを思い出し、皆にはトイレに行くと抜け出して、教室の隅にいた有栖君を引っ張り廊下に出た。


「何でテスト九十五点の頭脳から出る答えがうんことラーメンなんだよ!」


「あのマフラーたちも唯一無二の存在になっただろう? まあそもそも使われなくなって、君が疎外感を思い出すこともなくなるだろう」


 有栖君はニヤニヤと突っ立っていた。これじゃだめだ。


 そして朝のHRで犯人探しが始まる。

 見かけた人や自分が犯人だという人は先生に言ってほしいという。


 僕はHRが終わると廊下の先生を追って、僕が犯人だと言うことにした。


「先生、僕がやりました」


「先生、僕がやりました」


 寒くて人の少ない階段の踊り場で、自分自身の声に遅れてもう一つ聞こえてきた。


「なんで君が……」と後ろへ振り向く有栖君に


「僕は友達だからイタズラで済むけど、有栖君はガチの嫌がらせと思われるじゃん!」


 と声を上げる。有栖君から話をしっかり聞かなかった僕にも責任があるし、丸く納めたい。


「君は友達から信用を失ってもいいのか!?」


「そうだ、事実は正しく伝えなければいけない」


 先生は無情に諌めて、教室から他の四人を呼んでこようとする。僕が頼んだばっかりに、有栖君がやばいやつになってしまう。


 引き返した先生が教室の四人を呼び出す。僕は開けっぱなしのドアから顔を出し、「犯人は見つかったけど、そいつに依頼したのは僕なんだ!」と声を上げた。


「何をしているんだ!」


 先生が慌てて押し出そうとすると、有栖君が背後に来た。


「僕が犯人だ!」


 先生の、内密にしようとする心配りは水の泡。教室は呆然となる。

 もしも有栖君がやったのではと噂になったとして、僕も疑いを背負おうとしたけど……


 こうなっては、クラスの騒ぎが沸騰する。


「どういうこと!? 嫌がらせじゃなくて?」


「玲路君の指示だから都会のセンス?」


「ていうか有栖君もそんなことするんだ……」


 その後のクラスの空気は口々に話していて楽しそうだった。イメージなんて勝手なものだなと思い知らされた。


 それから先生抜きで有栖君含めた話し合いになり、ワッペンは糸で縫い付けたから切ったら取れるじゃんという話になる。


 謝罪など事が済んで僕たちのグループだけの話になると、僕よりも有栖君の方が尖ってるという結論になり、尖ってるキャラは有栖君に引き渡された。有栖君は別に気にしていないようで、僕は派手に見えて意外と無難なキャラに落ち着く事ができた。

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