第2話 お隣さん交流会(交流できない)
隣の家に家族が引っ越してくる。
ああ、確かにママがそんなこと言ってたような気がする。でも私には関係ないし。何らかの運命を背負ったイケメンか、もしくは美少女が引っ越してくるならまだしもさ。リアルでそんなこと起こるわけないし。お隣さんが増えるからなんだって話。
わかってた。
わかってたよ。
だけどなんで端山やねん!!
端山太陽のことはもちろん知っていた。
いや、よく知っていた、と言っても過言じゃないかもしれない。
私と同じぼっちのくせに、全然気にしてないですよって顔をしてるイタいやつ。
あいつを見てると身体が痒くなってくる。何堂々と教室でぼっち飯してんの? 恥ずかしいことじゃないとか開き直ってるんだろうけど、見てるこっちは恥ずかしいですから! 日陰者は日陰者らしく、教室という青春の表舞台から離れろっつーの!
私は友達がいたことが全然ない。
致命的に口下手で、あがり症で、まともに人と喋れない。
だけど普通に友達が欲しい。彼氏はもっと欲しい。
できればイケメンで、オタク文化に理解があって、実は異能力者で、あらゆる敵から私を守ってほしい。
あの諦観野郎とはそこが違う。
諦めて開き直ってるふりをしてるクソダサいあいつとは違って、私には向上心がある。
だから今日も、お高いブラジャーをつけてテンションを高めていたわけで。
化粧とかはハードル高いけど、見えないところのおしゃれならお金さえ出せばできるわけで。
通販で買ったやつがやっと届いて、鏡の前でニヤニヤしていたわけで……。
……窓のすぐ外に隣の家の窓があるってことを、すっかり忘れていたわけで……。
「……うご、うご、うごごごごごご……!!」
私は枕に顔を押し付けて、お腹を痛めたゴリラみたいにうめいた。
見られた……。あんなやつに……。
処女性だけが私の売りだったのにぃ……! あんな陰キャに汚されたぁ……!
百歩譲って、あのイベント自体はいいよ?
でも見られるにしても、もうちょっとさあ……! ラブコメ主人公は冴えないもんだって言っても限度があるでしょぉ……!
しかも今日に限ってクソ可愛いブラジャーつけてさぁ……! ラッキースケベされるヒロインとして完璧じゃん私ぃ……!
…………あいつ、絶対今日、私でシコるでしょ。
女の裸なんて見たことないだろうし。下着可愛かったし。チビでガリガリの割には胸あるし。いずれDカップになるCカップだし。
何度も私のおっぱいを思い出して、興奮して、陰キャの隅野なんかでって思いながら…………――――
「……………………」
私はもぞもぞと、頭まで布団の中に潜り込んだ。
「…………んっ、……んっ、……んっ、――――~~~~っ!」
余韻が終わるのを待って、布団から顔を出す。
「…………はあ…………」
……死にてえ~……。
何でもいいのか私は。己の見境のなさが情けない。
でも仕方ないっていうか……間違いなく私の人生において、一番性的な出来事だったわけで……。
……今日からあいつがお隣さんかぁ……。
教室でも顔を合わせるわけだし、どんな顔をすれば……。
「……いや、別にどんな顔もしなくない……?」
気付いた。
教室でも別にしゃべんないし。
家の周りで会うこともそんなにないだろうし。
これ以上のイベントはなんにも起こんないのでは。
まあ……ちょっと味気なくはあるけど……それが現実か。
ゲームしよ。
「――みかげ~? 起きてるぅ?」
私は布団をかぶったままビクッと身体を跳ねさせた。
返事もしないうちに、部屋のドアがガチャっと開く。
顔を出したママが、ベッドにいる私を見つけた。
「あらぁ、お昼寝中?」
「お、起きてる起きてる! 開ける前にノックしてよ!」
「はいはい、ごめんごめん」
何回言ったらわかるんだこの若作りババアは。
本当に部屋に鍵欲しい。
「なに?」
布団の中から不機嫌声で聞くと、ママはどこか嬉しそうに微笑みながら、
「お隣の端山さんが挨拶にいらっしゃったから、あなたも降りてきなさい」
「……え?」
「あなたと同じくらいの歳の男の子もいるのよ? ほら、早く早く!」
「いや、ま、ちょ……」
――無理無理無理無理無理!!
という言葉は、私の退化した喉からは出なかった。
「こちら、わたしの娘のみかげです~」
「こっちが息子の太陽でこっちが娘の叶月です~」
私は玄関先まで引き立てられて、半ば強制的に端山一家と顔を合わせられた。
ちっちゃくて若いお母さんの後ろに、小学生? の女の子と端山太陽がいる。
女の子のほうはすぐに「叶月です」と如才なく挨拶したけど、端山は黙り込んでそっぽを見て――というか、私のほうを見ないようにしている気がした。
「ほら、太陽。ご挨拶」
「……ども……」
母親に言われて、端山は会釈をしながら、聞き取りにくい声でそう言う。
すると今度は私がママに背中をつつかれて、
「あなたも」
「……どうも……」
目をそらしたまま、ぺこっと軽く頭を下げた。
……き、き、気まず~~~っ!!
そりゃママたちは知るよしもないだろうけどさあ! こっちはおっぱい見られたところなんだよ! それどころか、私はついさっき――いや、なんでもないですけど? なんにもしてませんけど!?
端山のママは私の態度を見て、なぜだか嬉しそうに笑った。
「ウチの太陽とそっくり! これは気が合うんじゃない? ねえ、太陽?」
「……………………」
母親に肘でつつかれて、端山は心の底から鬱陶しそうな顔をした。
今だけは死ぬほど気持ちがわかる。
「本当にね! これはみかげの運命の相手、見つかっちゃったかも~!? うふふ!」
「……………………」
私も肘でつつかれて、ここ1年で一番顔をしかめた。
何が『うふふ』だこの41歳。
「さあさあ、玄関先では何ですから上がっていってください」
「すみませぇん。荷物を運び込むのにもうちょっとかかるみたいで~」
端山だけは帰りたくて仕方がない顔をしてたけど、そう言い出せないみたいで、母親と妹と一緒に家に入ってくる。
ならば私だけはなんとしても部屋に逃げ込みたい。そうするのが端山のためでもある。
そう思ったんだけど、それを読んでいたかのようにママは私の腕をがっちりと掴んでいた。ウチのママは、あらあらうふふ系のくせに結構パワータイプだ。
リビングに全員が着席させられ、お隣さん交流会が始まってしまった。
基本的にはお互いの母親同士がしゃべり、端山の妹がそこに加わっていく、という形で、私と端山は見事な置物になっていた。
テーブルを挟んで私の正面に座っている端山は、ママに出されたお茶をしきりにすすりながら、なぜか古い電話の上にかけられたカレンダーを見つめている。
……彼氏が欲しいとかイケメンがいいとか言ってる私だけど、正直なところ、本物のイケメンはちょっと怖い。
チャラいやつとか本当に無理。FPSのチーターくらい近づきたくない。
もし端山がそういう見た目だったら、こうして大人しく座っていることすら無理だったかもしれない。とっくにダッシュで部屋に逃げ帰っている。
端山って、あんまり男って感じがしないんだよなぁ……。
私が言えたことじゃないけど、チビだし。
170は絶対にない。165……? もないかも?
だけど、同じチビでも私と端山では価値が違う。
女のチビは超需要あるし、特に私はCカップもあるのだ。このまま身長が伸びなかったとしても、胸のほうが大きくなってロリ巨乳になれる可能性が結構ある。
早くDカップにならないかなあ。Dならもう巨乳名乗っていいと思うんだけど。
そんなことを考えながらお茶をちびちび飲んでいると、尿意を催してきた。
やば……そういえば、しばらくトイレ行ってないや。
「……ちょ、ちょっとトイレ……」
話が盛り上がっている母親たちの声に紛れさせるようにそう言って、私は席を立つ。
リビングを出たところで、私ははたと気付いた。
このまま部屋に逃げればいいのでは?
なんだ、こんな簡単なことだったのか……。些細な嘘もつけない自分の清らかさが今は恨めしい。
でもとりあえず、今はトイレ。
便座に座って用を足す。
いっぱい出た。
それからしっかり水を流すと、手を拭きながらトイレを出る。
そこに、端山太陽が立っていた。
「ひぁっ」
びっくりして、小さい悲鳴が出た。
どうせならさっき、ラッキースケベのときにこっちの悲鳴が出たらよかったのに。さっきのは我ながらありえんくらい汚い声だった。
な、何こいつ。なんでトイレの前で待ち伏せてるの?
え? もしかしてエロいことされる? ママたちがすぐそこにいるのに? え? どうしよう。いやそんなわけないよね?
「……あ、……えっと……」
混乱していると、端山は勝手に目を泳がせ始めた。
なんでお前が挙動不審になる。
もしかして……トイレの前で待ち伏せするってことがかなりキモい行為であることに今更気付いた?
人と関わるのに慣れてなさすぎて草。
まあ……それが一目でわかっちゃう私も私だが……。
「な……何か用……?」
お化け屋敷に入るとき、自分より怖がってる人がいると怖くなくなるって言うけど、自分より挙動不審な人がいると不思議と人見知りも緩和される。
なんと自分から声をかけることができた。しかも男子に!
端山よりも私のほうが、コミュ力が優れていることが証明された。
「いや……その、さあ……」
視線を右へ左へ彷徨わせながら、端山はもごもごなんか言う。
はよ言え。
普段の自分を棚に上げて思う私。私はもう言ったぞ。
それからさらに10秒ほどもかかって、端山は本題を口にした。
「……さっきは……ごめん」
「……え?」
「カーテン……常に閉めとくから」
……なんだよぉ。
ちゃんと謝るなよぉ。
それじゃあ、お前のほうが……ちゃんとしてるみたいじゃんか。
謎の敗北感があった。
このまま終わらせるわけにはいかない。
その気持ちが、普段閉じっぱなしの口を開かせた。
「私も……まあ、気をつけるから……」
しゃべってるのは別になんてことないことなのに、私は廊下の木目を見つめながら、顔が熱くなるのを感じていた。
「へ、変なもの、見せて……ごめん」
「……いや……」
いや?
いやって何? 変なものじゃなかったってこと? 可愛かったってこと? エロかったってこと? 私が?
「……それじゃ」
『いや』の先を言わずに、端山はリビングに帰っていった。
いや、ちゃんと最後まで言わんかい!
これだから陰キャはさ! わかんないじゃん! 結局どういう意味だったの!? 変なものじゃなかったって意味でいいの!?
こんな……こんな根暗のさ、あんな汚い悲鳴のさ、下着姿がさ、変なものじゃなくて、普通に、女の子の……――
「……………………」
鼓動が速くなるのを感じた。
そのまま私は階段を上がり、自分の部屋に戻った。
そしてベッドに飛び込んだ。
布団の中に潜り込んだ。
「――……んっ、……んっ、……んっ、…………んっ!」
……可愛い声だって、出るし。
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