第30話 佐藤家の食卓
「う~ん美味しい~! このショコラケーキ、予約が三か月待ちのお店のやつじゃないですか、よく買えましたね」
「そうなの? 仕事で譲ってもらっただけだから知らなかったわ」
「すっご~い、流石は世界のカリスマモデルですね」
「あら、蘇芳さんはモデルさんなの?」
「そうだよ、蘇芳さんはすっごいんだから。イマスタのフォロワー数なんて九千万人越えだし、アメリカでも大人気なんだよ!」
「まぁ、通りでお綺麗な訳だわ」
「ふふふ、私なんてまだまだですよ」
(皮被り過ぎでしょ、誰だよこいつ)
女が三人寄れば姦しいなんて言うけれど、全くもってその通りだと思うよ。
今、佐藤家の食卓には僕と蘇芳、母さんと柚希がいて彼女が持ってきたショコラケーキを食べている。
何故母さんと柚希が増えたのかというと、蘇芳から一緒に食べないかと誘ってきたからだ。
それで、母さんと柚希と楽しそうにペチャクチャ会話をしている。
しかも、お前は誰だ? ってツッコミたくなるぐらい皮を被っているんだ。今の所、こいつが何をしたいのか見当もつかない。
「でも、どうしてそんな凄い子が内の息子と友達に?」
「お母さん、それはお兄に失礼でしょ。まぁ、実は私も気になってたけど」
「でしょ~! だって太一が蘇芳さんのような綺麗な子と友達なんてお母さん信じられないもの!」
(おい、少しは気を遣ってくれよ)
我が家族ながらなんて息子に失礼な物言いだろうか。
まぁ二人がそう思うのも無理はないだろう。僕と蘇芳じゃどう見たって釣り合わないからね。それなのに、わざわざ家にスイーツを届けに来るんだからどんな関係なのか疑うのも仕方ない。
「日本に帰ってきたばかりの頃、駅でナンパされて困っていたところを彼に助けてもらったんです」
「あら、太一がそんなことを?」
「ええ。それで、転校先の学校に彼がいましてね。少々運命を感じまして、仲良くなりたいと私から彼に声をかけたんです」
「そうだったの」
「やるじゃんお兄! 見直したよ!」
(よくもまぁペラペラと……)
助けてもらったんじゃなくてお前が巻き込んだんだろうが。それに何が仲良くなりたい、だよ。僕をからかって退屈凌ぎしてるだけだろうが。
と、心の中で毒を吐くが口には出さない。ついでに顔にも出さず、苦笑いを浮かべる。
【モブの流儀その11 場の空気を読むべし】とあるように、余計な訂正をして蘇芳の面子を潰すことはない。そんなことしたら女性陣を敵に回してしまうからね。
「あれ、そういえばお兄、ショコラケーキ普通に食べてるね」
「どういうことかしら?」
「お兄って甘いの苦手なんですよ」
「苦手だけど、好意で貰ったんだから食べるさ」
とりあえずそう言っておく。
別に蘇芳に気を遣った訳ではなく、空気を読んだだけだ。他人が好意で譲ってくれたものを、苦手だから食べないと言って空気を壊したくなかったし、家族である母さんや柚希のメンツを潰したくなかっただけ。
僕がそう言うと、蘇芳はニヤニヤと口角を緩めて、
「へぇ、そうなの。私に気を遣ってくれたんだ」
「そうなんですよ~。こう見えて太一は意外と気が利くんですよ~」
「そうそう、お兄はできる男なんです」
「ははは、そんなことないよ」
お願いだからやめてくれ。家族から不自然に持ち上げられるこっちの身にもなってくれよ。恥ずかしくて死にそうになるから。
母さんと妹の持ち上げを聞いた蘇芳は、僕をジッと見てこう告げた。
「ええ、よ~く知ってますよ」
◇◆◇
「殺風景な部屋、アナタらしいわね」
「それはどうも」
僕の部屋を見渡して感想を言う蘇芳に相槌を打つ。
本当は適当な頃合いを見て蘇芳を帰したかったのだが、先に彼女から僕の部屋が見たいと言われてしまった。
断ろうにも、母さんと柚希が「どうぞどうぞ」と促すので断るに断れない。まぁ、断れないと分かっているからあの場で僕に頼んのだろう。相変わらず周到な女だよ。
「楽しい家族ね」
「さぁ、どうだろうね。君のところは違うのかい?」
「あら、私に興味を持ってくれたの?」
「話の流れで聞いただけさ」
興味なんて特にないよ。
僕がそう言っても蘇芳は機嫌を損ねることなく、自分から自分語りをし始めた。
「楽しくないわね。過保護な父親に、冷戦状態の義理の母。さっきお母様と妹さんとしたような会話なんて一度もしたことがなかったわ」
「へぇ、そうなんだ」
「……それだけ?」
「何が?」
「もっと言うことないの?」
「ないね。特に興味もない」
悪いけど、「何かあったの?」と優しく聞いてあげるほど僕は優しい人間ではない。パッと聞いた限り、彼女の家族関係は複雑なんだろう。けど、この広い世の中には同じような人達が吐いて捨てるほどいる。
なら一々過剰に聞く必要もない。まぁ、「ラブコメの主人公」たる八神陽翔なら「何があったんだ?」と親身に聞くだろうけど、僕は違うからね。
蘇芳が明らかに虐待されているのなら手を貸すけど、見るからにそうではないし。というより、この嫌な性格からしたら義母の方に同情してしまうね。
「アナタのそういうドライなところ、結構好きよ」
「何でそうなる……」
蘇芳もよくわからない奴だな……。
分からないといえば、そろそろ本題に入るとしようか。
「で、何が目的なんだい?」
「あら、目的って?」
「惚けなくていいよ。どうやって僕の家を調べたのかは知らないけど、わざわざ家にまで詰め寄ってきたってことは何かあるんだろ?」
「目的……そうね~、そんなに気になるなら教えてあげるわ」
「んっ!?」
蘇芳は指を顎に当て考える仕草をすると、突然僕を突き飛ばしてくる。さらに、ベッドの上に転がった僕の身体に乗りかかってきた。
「何の真似だい」
「私がここに来た目的は一つ、アナタを私に惚れさせるため。そのためのアプローチよ」
「あぁ、そういう事だったのか」
全然気付かなかった。話しを聞いてやっと納得したよ。
だって蘇芳が、わざわざ休日に家に押しかてきてまで僕にアプローチするだなんて思わないじゃないか。
退屈凌ぎにしてはちょっとやり過ぎなんじゃないかと思っていると、蘇芳は僕の前髪をかき上げてマジマジと顔を見てくる。
「あら、よく見るとアナタ結構良い顔してるじゃない。こんな芋っぽい髪型してるから今まで気付かなかったわ。髪型変えれば、勿体ないわよ」
「余計なお世話だよ、僕はこれが気に入っているんだ」
【モブの流儀その14】
外見はモブを意識がける。
外見というのはその人物の第一印象だ。
ぼさぼさな髪か、綺麗にセットしてある髪か。眉毛や髭は剃ってあるか、メイクはしているか。服装は考えてるか適当か。
外見を見て人は人を判断する。
外見に気を遣っている人間か、いい加減な人間か。
かっこいい男か、ダサい男か。地味な女か、綺麗な女か。とかね。
外見を見て、「あの人はああいう人間なんだ」と印象を持つんだ。
僕はそれを利用して、常にモブと思ってもらえる外見を意識がけている。この髪型もその内の一つだ。
例えば僕が髪を茶髪に染めてピアスなんかしたら、“高校デビューした陰キャ”と思われてしまうだろうね。
それぐらい外見は重要で、僕は自分なりに「モブの外見」を研究し体現していた。
「ホント、よく分からないわね。自らダサくなるなんて、そんなにモブでいることが大事?」
「別に分かってもらわなくていいさ」
これが僕の生き方だ。
誰かに共感して欲しい訳でもないし、理解してもらうつもりもない。
「ふ~ん、まぁいいわ。それよりアナタ、今の状況わかっているのかしら? アナタは今、私に押し倒されているのよ」
「そうだね」
「ドキドキしない? アナタの目の前には極上の身体があるのよ。私を押し倒そうとは思わないの?」
魅惑的な笑みを浮かべて、蘇芳は僕の頬に手を添える。そこから手を這わすように、首筋からゆっくりと胸を撫でてゆく。
「ドキドキはしているよ。この状況を母さんや柚希に見られないかってね。そうなったら弁明するのが面倒だ」
「それだけ? 本当に?」
「本当さ」
「それにしては全く抵抗しないじゃない」
「一応勝負を引き受けてからね。君が僕を惚れさせようとアプローチしているようだから、好きにやらせてあげているだけだよ」
というより、蘇芳の場合抵抗した方が面白がるだろう。無抵抗の方がつまらなくなるはずだ。僕の考えが当たっていたのか、彼女は僕の上から退いて立ち上がる。
「帰るわ。興が冷めた」
「そうか。是非そうしてもらえると僕も助か――っ!?」
ベッドから立ち上がった僕の胸倉を掴むと、蘇芳がキスをしてくる。しかも前回屋上でした時よりも深く長いキスだ。
この不意打ちには流石の僕も驚いていると、唇を離した蘇芳はしてやったり顔でこう言ってきた。
「アナタのその顔、やっぱり凄くそそられるわね」
「どの顔かは知らないけど、それを見たくて一々キスされたら困るんだけど」
「あら、私のキスは気持ち良くなかったかしら」
「……どうだろうね」
と、はぐらかしたけど、実際のところ気持ち良さは感じていた。なんせこいつ、キスが上手い。流石はアメリカ育ちといったところだろうか。
「なら、もう一回試してみる?」
「勘弁してくれ」
お手上げのポーズをすると、蘇芳は勝ち誇ったように笑った。
「どう? 少しは私に惚れた?」
「それはないね」
「うふふ、今のアナタは何を言っても強がりにしか聞こえないわね。それじゃあ、楽しかったし、目的も果たせから私は帰るわ」
「できれば二度と来ないで欲しいね」
切実な思いでそう頼むと、蘇芳は振り返って、
「来ないで欲しいなら、早く私に惚れなさい」
随分とまあ楽しそうに、そう言ったのだった。
モブの流儀 モンチ02 @makoto007
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