幽玄街道7丁目、九龍支部へようこそ。

神崎れん

第1話


あっ、と思った。

視界が漂白されたみたいに真っ白になって、無機物も有機物も全てが消え去る。塩素を詰めた瓶に落とした花の色があっけなく落ちるように。綺麗になっていくみたい。自分がどこにいるのか、とかそんなものは感じないほど。

暫く...いや、生まれてからずっと重かった身体がふっと軽くなる。きっと僕は今、神様の手で拾われているんだ。大きな神様がそっと僕の背中を摘んで、どこか遠くへ連れてってくれているんだ。だからこんなにも身が軽い。どこまでもスキップして飛んでってしまいそう。

視界、嗅覚、触覚、と次第に奪われていく生命の印が、とうとう聴覚にまでたどり着いた時。


音が消えた。



















「はいはいはい.....転生コースか?」

「言っとくけど、生き返るとかそういうのじゃないからね。全く違う人生を歩むけどそれでいいのかい?」

そう念押しするも、目の前に立った背丈は平均ほどの少し自信なさげに垂れ下がった目元をした男はこくこくと頷いて見せた。ふぅん、と我ながら気の抜けた返事をした私をチラチラと見る。死んだ後も人間の人間らしさはきちんと残るのだな、などと無駄な事を考えながら、手元にあった構内の図をカウンターに置いて差し出した。


「アンタ、相当の方向音痴だねえ....周りに亡霊は居なかったのかい?」

『い、いえ.....付いてってる筈だったのに、いつの間にか皆居なくなっていたんです.....』


「......最早才能だよ.......」


ここに来たら1番上に案内図もあったし、亡霊もいくらかは居ただろうに何故改札も通れないというのだ。呆れてしまってため息を着くと、目の前の相手は萎縮して体をちぢこませながら『すみません...』ときまり悪そうに服の裾を弄り始めた。


「いやいや。いいんだよ、...このカウンターは君くらいの相当な方向音痴の為に用意してあるからね。」


「それはともかく、転生コースの改札はここの角を右に曲がって真っ直ぐ歩いたらあるから。....いいかい?真っ直ぐ。本当に、真っ直ぐに歩けば良いだけだからな。」


これでもかというほど念押ししてから切符を返す。

その男は懸命に頷いていたが、どうであろうか。

少々心配であったものの、男がちゃんと右に曲がって真っ直ぐ歩いていくのを姿が見えなくなるまで見届けると、また回転椅子を行儀悪くも足で蹴って転がし、仕事机に移動した。相変わらず資料やらプリント類やらが蓄積した、書斎に置いてありそうな茶色く木でできた机を見てまたため息を着く。


「.....おや、また来たのかい.....??」


あまりにも丁度よすぎるタイミングで来た透明な彼らは、その小さな手にプリント類を抱えていた。そして机の上に止まると、それをちょこんと端っこに乗っけてからちらりと私の方を見た。



「.....わかってるよ、やるから。ごくろうさん。」


声をかけても全く聞こえぬとばかりに、プリント類を届けると壁からすり抜けて消えていった。

本部の連中の使いであろう。





「今日も死人が多いねえ....」





わざとらしく呟いてみせるものの、答える者はいない。そりゃあそうだ。ちらほらと亡霊がやって来ては冥界へと送り届ける駅の唯一の駅員であり、同僚なぞこの場には存在しない。そもそも私は亡霊ですらない身であるが......。


「.......問題無し、こいつも問題無し、と...」



自動的に作られるその資料たちは、その日こっちにやってきた亡霊達の生い立ちや個人情報略歴その他が全て載っているので、私がここで確認すると言う訳だ。

ペラペラと資料を捲りつつ、落ちてきたパーカーの袖をもう一度たくしあげた時目に止まった顔。

思わずその閉じかけたページに無理やり指を突っ込んで分厚い紙束をひっくり返した時に出てきたのは、あどけない少年の顔写真。







『白崎 日向(享年15)』





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