第3話

 ママになってくれた律子さんとは、何回か会って、カレーを作ってもらったり、とても優しくて私も大好きになったの。

 早く結婚すればいいよー! なんて言うくらい。

  

 律子さんには大きい息子さんがいるけれど、一人暮らしだから一緒には住まないっていう話で……。

 忙しくて予定がなかなか合わなくて、会うのが遅くなったけど、私も離れて暮らすならいっかって思ったし。


 何より李雄くんとの、付き合い始めのドキドキに夢中だった。

 そして私は、予備校生とか嘘をついちゃった事をどうしようって思ってて……。


 そう家族の事が落ち着いたら、話そうって思っていたのに。


『梨花ちゃん。お兄ちゃんになる李雄よ』


 そう紹介されたのは……私の彼氏だった。


 目の前に現れたのは、私の初めての恋人だった。

 

 お兄ちゃんになる……李雄くん。

 名前が似てて、本当の兄妹みたいだねってパパに言われた。

 

 恋人になる時に、名前が似てるよねって笑ったことを思い出して……目眩がした。

 だって、これからは名前では呼べないのに……私はお兄ちゃんとしか呼べなくなるのに……。

 

「……梨花……」


「っん……」


 長いキスが終わる。


「これでわかるでしょ?」

 

「……わ、わかんないもん……」


「じゃあ、なんて言ってほしいの……?」


「……それは」


 李雄くんは、いっつもズルい。


「梨花、言わなきゃわからないだろ……?」


「デートでも、合コンでもなんでも行けば!」


 私は李雄くんの腕から離れるように、力を込める。


「なに、そんな事でむくれたの?」


 でも、ヒョイっと抱き上げられた。


「きゃ! やだ! そ、そんな事じゃないもん!」


「そっか、梨花には大事な事だったんだ」


 そのままリビングのソファに、連れていかれる。

 ドサッと降ろされて、押し倒すように抱き締めてくるけど、私はちょっと暴れた。


「うるさい! 勝手に彼女でもなんでもつくればいいでしょ!」


「デートも合コンも行かないよ。あれは父さんに言われて流しただけだし。俺の彼女は梨花でしょ?」


「えっ……」


「俺は恋人以外とはキスしないけど」


 それから、またいっぱいキスされた。

 家族のリビングのソファで抱き合ってキスしちゃ……駄目なのに。

 

 二人の秘密。

 

 私と李雄くんは……恋人同士なのに、兄妹になった。

 

 パパとママが結婚するって決めた時も、私達は……私は、別れるなんて言えなくて。

 李雄くんも別れるなんて言わないから、二人きりの時はこうやって、私達は恋人に戻る。


 パパとママは、私と李雄くんだけが出席する小さな結婚式をした。

 あの日、教会の影で……私達もキスをしたの。

 

 あの時も、キスだけして、何も言わなかった。

 私の嘘を責める事もしないで、抱き締めてくれた。

 一人暮らしのはずだったのに、結局……一緒に暮らすことにもなった。


 それはきっと、私のためで……。

  

「……でも、たまにはちゃんと言ってほしいもん……」


 そう。

 たまには態度だけじゃなくって、言ってくれなきゃ不安になっちゃう。

 私達は、兄妹だって世間では思われてる。


 今回は違ったって……いつか、いつか。

 表では、付き合えないんだもん。

 世間では、李雄くんは彼女いないんだもん。


 みんなが、パパもママも、『恋人作ったら?』って言ってるの知ってる。


 それに、何も言えない。

 『妹』にはどうしようもできないんだよ……?

 

 ばか……。


 泣きそうな私の頬を、李雄くんは撫でた。


 そして長い睫毛の瞳で、黙って私を見る。


 

 

「仕事決まって、大学卒業して、そうしたら梨花と結婚するって二人にきちんと話すよ」



 

「えっ……」

 




「愛してるよ、梨花」





 えっ……えっ……。

 

 はわわわわ……!!



「……なに、そういう事じゃないの?」


 私は声が出なくて……だから李雄くんは、ちょっと困った顔をする。


「やっ……あの……そう、そう……」


 そうなんだけど、まさか……。

 まさか、こんな……こんな……。


「俺の可愛い、わがまま妹君いもうとぎみは、プロボーズしても、まだ満足しないのか?」


 呆れたような、でも優しく微笑む李雄くん。

 いつもこうやって、こんな甘い言葉を言ってくれたらいいのに。


 ……泣いちゃうんだから。

 

「ばか……意地悪なお兄ちゃん……」


「今日はまだまだ、おしおきしてほしいんだ?」


「うん……いっぱいしてほしい。おしおきして、お兄ちゃん……」


 私の涙が伝う頬に、キスされた。


「可愛いな……俺も、まだしたい」


「李雄くん……好き……愛してる……」


「俺も好きで愛してる」


 あぁ……もう……大好き。

 愛してる、離れられない……。

 

 やっぱり何が、おしおきなのかっていうくらい……甘い、甘い時間。

 二人の秘め事。

 李雄くんの事しか考えられなくなる甘いキス。


 パパとママはいつ帰ってくるんだろ?


 兄妹同士で、こんなに好きになっちゃってごめんなさい。

 

 でもお願い、もう少しだけ――二人きりでいさせて。


 甘い、甘い時間。

 二人の秘め事。

 

 


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お兄ちゃんと私の秘め事 兎森りんこ(とらんぽりんまる) @ZANSETU

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