第2話

 意地悪な李雄くん。


「違う……違うこと……言ってほしいの……」


「態度じゃわからない……?」


 また抱き締められて、またキス。

 新しく家族を始めるための新居で、台所で……こんないけないキス。

 

 でも私は、お兄ちゃんだから好きになったわけじゃない。

 

 私の本当のママは、私が小さい時に離婚して出て行った。

 パパはデザイナーで、家でのお仕事が多い。

 高校生になって、一人で私を育ててくれた大好きなパパなのに、なんだか嫌いになった時期があったの。

 

 『恋人ができたんだ。その人との結婚を考えているんだ。どう思うかな?』って言われて……私の心には、なんだか嫌なドロドロが溢れて、パパが嫌いになった。


 それで、家にいたくなくって……。

 

 だから高校から帰ったらすぐに服を着替えて、家の近くの大きな図書館に通ってた。

 そこでお勉強したり、小説を読んだり……。


 そこで出会ったのが、李雄くん。

 

 李雄くんは、私が座る席の斜め前にいつも座ってた。

 私は今までアイドルとか興味なかったし、顔だけに惹かれるなんて不純……とか思ってたのに、こんなにかっこいい人が現実にいるの!? ってびっくりしちゃって……気付いたらいつも見惚れて、彼を眺めてた。


 顔もかっこいいのに、難しそうな本を、更に難しそうな本を使いながら読んでる……。

 きっと近くの有名大学の人なんだ、と思った。

 

 でも、当然にかっこいいから追いかけてくる女の子も大勢いて……。

 女の子が隣に来ると、彼は溜め息をついて去って行く。

 女の子達は図書館なのに、うるさいから彼の態度が冷たいとは思わなかった。

 きっと普段からすごくモテるんだろうなってのがわかってた。

 ……だから最初から諦めてたんだけど……。


 李雄くんがその席に座っている時に、たまに目が合う時があって……ドキドキは続いた。

 

 そんなある日、私が好きな日本刀の解説本を読んでいた時。

 私に詳しい話を教えてあげようかって、気持ち悪いおじさんが、隣に座ってきたの。

 

 小声で断っても、しつこくて……自分はそこの大学の教授だから学部はどこ? とか言い始めて怖かった。

 恐怖で動けなくなった私を、李雄くんが助けてくれた。


「俺の恋人になんか用ですか?」


 って、言われてすごく心臓が跳ね上がったの。

 おじさんは少し言い返そうとしたけど、李雄くんの顔を見て逃げて行った。

 

「大丈夫?」


「はい……あの……あ、あ、あ、ありがとうございました」


「本当に大丈夫? 手が震えてる」


「こ、怖くなっちゃって……」


「安心して、俺がいるから」


「は、はい」


「落ち着くまで一緒にいるよ」


「……えっ……あ……ありがとう……ございます……」


 怖さと同時に、憧れの人が助けてくれて、感情がごちゃごちゃ。

 でも、李雄くんがすごくすごく優しくって。

 恐怖しかなかった心に、優しさが沁み込んで……ホッとした。

 

 その日は落ち着くまで、隣に座ってくれて……家の近くまで送ってくれたの。

 それから李雄くんが私を守るように隣に座ってくれるようになって……私は助けてくれた御礼がしたいって近くのコーヒーショップへ誘った。


 結局奢られちゃったけど……色々お話をした。

 李雄くんも、日本刀が好きだって!

 すごく話が広がって、楽しくて楽しくて……時間を忘れそうになる。


「梨花ちゃんは、同じ大学……じゃないよね?」


「えっと……あの、あのね」

 

 普段から、少し大人っぽく見られる私。

 その時に私は咄嗟に、予備校生だって嘘をついた。

 だって高校生だってバレたら、子供だって思われて嫌われちゃうかもしれない。


「そうなんだ。じゃあ勉強教えてあげよっか」


 李雄くんの、優しいんだけど、どこかちょっと意地悪っぽい猫みたいな微笑み。

 見つめられるとクラっとしちゃって、こんな気持ちは初めてだった。

 

 そう、初めての恋をしたの。


 初めてのデートは、私の好きな日本刀の展示会だった。

 すごく貴重な講演会付きのチケットをくれて、夢みたいな時間。


 そこから素敵なレストランで夕飯を食べて……手を繋いで、散歩して……。

 

 そして、李雄くんも私のことが好きだって言ってくれた。

 私が見ていたように、彼も私を見ていたって……そんな奇跡ある? 


 誰もいない夕暮れの公園で、初めてキスをした。


 私はその時の、涙がでちゃうくらい幸せな気持ちは忘れない。


 だからパパが結婚したいっていう気持ちがわかったの。

 人を好きになるって、きっと誰にも止められない。

 私に興味がなくなったからじゃない。

 パパもその人を、心から好きになっただけなんだ――。


 私がパパを許せたのは、李雄くんのおかげ。


 彼と想い合うことがなかったら、きっとずっとわからなくって、許せなかった。


 それから歯車はゆっくり回って……数ヶ月。

 そして……嘘みたいな、……最悪の偶然が起きた。


 


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