転移者トリオは(モンスター食材)鍋をつつく
夕闇 夜桜
転移者トリオは(モンスター食材)鍋をつつく
それは、唐突に始まった。
「鍋、食べたい」
異世界とも言えるこの世界に来てから、一体どれだけ経ったのか。
少女の言葉に、同じパーティメンバーの少年二人は顔を見合わせる。
「いきなり、どうした?」
時折、少女が唐突に何かを言い出すことはあったので、二人としてもそこまで驚くことは無かったのだが――
「この世界のさ。料理が不味いとか、そういうことはないけどさ」
そもそも三人が来た異世界は、異世界ものの設定によくあると言えばよくある“料理が不味い”なんてこともなく、むしろ美味しくいただけているレベルである。
「たまには故郷の味とか、欲しいじゃん」
けれど、どれだけその地の料理が美味しかったとしても、故郷の味とはまた別である。
故郷の味が恋しい。そう言われては、二人としても否定できなかった。
「まあ、気持ちは分かったが、何で鍋?」
故郷の味であるのなら、鍋である必要はないはずだ。
その疑問を口にすれば、「鍋なのは私の気分」と返された。
「それに鍋なら、二人が好きな具材も入れられるよ?」
「言いたいことは分かった」
分かりはしたが、食材とか以前に一つ問題があった。
「鍋自体が無いだろ」
☆★☆
鍋がない。
そもそものものが無ければ、どれだけ食材があろうとやりようがない。
「鍋ならあるよ」
少女がどこからか――アイテムボックスから、スッと鍋を取り出す。
「おい。それは何だ」
「鍋」
「そうじゃない。どうして持ってる」
そもそも、ここまでの過程で、鍋をゲットしていた報告や方法について、何も知らなかったので、ことタイミングで問い詰めてしまうのは仕方がない。ないのだが、少女は聞くなとばかりに目を逸らす。
「買ったのか?」
「買ってない」
「貰い物か?」
「貰ってもない」
買ったものでも、貰い物でもない鍋がそこにある。
「いつ――」
「いつの間にか入ってたは無しな?」
少女が言いそうなことを先回りして潰せば、「食材、取りに行こう」と明らかに言及を避けているかのような態度に、少年二人の視線は何とも言えない目を向ける。
「ユイ?」
明らかに「早く話した方が身のためだぞ?」とでも言いたげな感じで名前を呼ばれた少女――ユイは、そっと二人に視線を向ける。
「……持ってきました」
「ん?」
「だから、持ってきました。
その答えに対して、「嘘ついても駄目だ」と告げようとしたが、どうにも彼女が嘘をついている様子はない。
ただ、それが事実だったとしても、言わなければならないことがある。
「何で鍋だったんだよ。持ってくるもの、もう少しあっただろうが……」
「無人島に持っていくものは?」と問われ、「鍋」と答え、本当に持っていってきたのと似たようなものである。
そして、そんな二人のやり取りを見ていたもう一人の少年が口を開く。
「とりあえず、鍋があるなら、食材を取りにいかないか?」
「けど、何鍋にするかにもよるぞ」
「寄せ鍋、すき焼き等々、材料さえあれば、何でもござれ」
チームの料理担当が任せろとばかりに言うのなら、どの鍋になったとしても不可能ではないのだろう。
「とりあえず、どんな鍋になってもいいように、共通具材だけでもゲットしに行くか」
そんなこんなで、一行は食材調達に向かうのだった。
☆★☆
「さて、まずは材料確認からだね」
それぞれがどんな食材をゲットしてきたのか。
それを確認しなければ、鍋の方向性も決められない。
「俺は、肉と魚をゲットしてきた」
取り出されたのは、ミノタウロスの肉とリヴァイアサンの切り身。
「私が言えたことじゃないけど、どこで手に入れたの……」
「どっかの冒険者たちが手に入れてきたらしいが、リヴァイアサンに関しては、さすがにデカすぎて、そいつらだけだと捌ききれないから売ってるんだと」
三人はリヴァイアサンの切り身に目を向ける。
迷惑というわけではないが、裁き終わるまでに関わった人たちは、きっと大変だったことだけは予想できる。
「
「とりあえず、『香り白菜』ゲットした」
奏多と呼ばれた少年が出したのは、様々な匂いを放つ白菜である。
「これ、『匂い白菜』とか呼ばれてなかったか?」
「うん。そもそも、収穫前後で名前が変わるものだから、
同じ畑、畝で育てているというのに、ランダムで放つ匂いが変わるのが『香り(匂い)白菜』である。
収穫前が『匂い白菜』、収穫後が『香り白菜』と呼ばれ、放たれる匂いや香りはピンからキリまである。
ただ、匂いや香りが違うだけで、味に差は無いので、極端に臭かったりするものを除き、様々な香りの白菜が売られていたりする。
「で、ユイは?」
「私はね、キノコ類」
「お、『泣きむしいたけ』と『泣きむしめじ』か」
実はこの二種。軸の部分に
ちなみに、何らかの調理をしてしまえば、その皺は消えるらしく、この世界ではモンスター食材の一つにもなっている。
「あとは、ねぎと豆腐も欲しかったんだけどね」
「ねぎはともかく、豆腐はなぁ……」
この世界、ねぎや豆腐も無いわけではないのだが、手に入れられる場所が限られているため、今回は未入手だった。
「まあ、他の食材も上手いことすれば、何とかなるんじゃないか?」
「まあ、最悪『闇鍋』っていうのもあるしね」
「いや、変化球食材とか無いんだから、普通に鍋にしろよ……」
そんなやり取りも経て、役割分担しつつ鍋は作られていく。
「さて、どうぞ」
「どうなるかと思ったが、まあ、普通だな」
「普通で悪いか。あと、私に変化球を期待するな」
料理はできるが、味が合わない限り、あまり応用しようとしないのがユイである。
「ここに牛乳とかチョコとか入れてみ? それこそ闇鍋になるよ?」
どんな鍋でも可能とは言ったが、さすがに食べきれないような鍋を作るつもりはなかったので、これはこれで成功なのである。
「余った材料はどうする」
「せっかく手に入れてきてもらったものだし、ちゃんと保存して使うよ」
「なら、いいか」
奏多が自身の取り皿に残った鍋の
「――で、鍋を食べたがっていたユイさんのご感想は?」
「もちろん、美味しかったです」
「自画自賛か?」
黒斗の問いに、ユイは素直に答えるのだが、黒斗が茶化したことで、彼女に睨まれる。
――まあ、これもこれで良いな。
目の前でギャーギャー騒ぎながらも、具材争奪戦を繰り広げたりしつつ、奏多はそう結論付ける。
「あ、俺の肉!」
「ちょっと、リヴァイアサンまで持っていかないでよ!」
「言い合いしている二人が悪い」
二人が騒いでいる間に、ちゃっかり目的の具材を確保した奏多だが、その事に気づいた二人の噛みつきにも、取った具材を手に正論を告げる。
そんな彼に悔しそうな顔をする二人だが、次は取られてなるものかとばかりに、自分の分を確保していく様を見て、奏多は小さく笑みを浮かべる。
そんな三人の、モンスター食材が使われた鍋は続いていくのだった。
転移者トリオは(モンスター食材)鍋をつつく 夕闇 夜桜 @11011700
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