Chapter1 生命
ep.1 後悔は先に立つものではなく、共に手を繋ぐものである。
1711年 10月23日 13:21
「ウイルド、と名乗ったか?」
「あぁ。機嫌が悪そうな、そこの金髪の女王様───いや、ペリオッドのリアリナ嬢。」
機嫌が悪そうと思わず口走ってしまったが、ここで訂正するので許してもらおう。実際には、彼女は不機嫌と言うよりもただ正直に動揺の色を見せただけだ。この場には女王様や王様が多い。何万との命と歴史の上に両脚を乗せるこの人々のことだから、案外するっと受け入れてくれるものだと思っていた。
「自己紹介は先ほど済んだはずだ。このような場を借りて、申し訳ないとも言っただろう。」
「貴殿が突然現れただけで、我々は誰も歓迎していない。」
「そもそもそのような機関は呼んでいない。一体なんだ?そのウイルドというのは。この場にふさわしい存在なのか?」
あまり綺麗な歓迎をされているわけではないようだった。しかしそれも想定内のこと。というより、必然であったと思う。
というのも、今俺がこの場で何をしたかといえば歓迎されるはずもない。
俺は、ただ一つ。
「この世界を崩壊させる」と宣言したのだ。
「……そうか。だが、我々は皆様に一つ忠告に参ったまで。
一つの正義が生まれてしまった。これから我々は目覚ましい進化と引き換えに、目まぐるしい現実を辿る。その行き着く先は、滅亡他ならない。」
そして、余計な切り返しを受ける前にさっさと俺はその場から退散した。あの場の空気はどうも長居は遠慮したかったのもあったし、柄じゃない行動が本当にむず痒かった事も要因だった。
「おかえり〜〜。名演技だったね、ウェグロ!」
「もう二度とやらん。」
「そりゃぁ残念。」
ウイルドに帰って先ず目にしたのは、まったく残念そうに唇を尖らせた顔をせず満面の笑みで寄ってきた職員である “しゅん“ であった。彼は俺の旧い友人で、芦毛の髪をよく揺らしている事以外、特に目立った容姿をしていない。……いや、すっかり見慣れてしまったが彼の特徴と言えば、その触手があった。腰から伸びているその触手は、極彩色を放っておりかなり異質だった。
例に漏れず、今日も今日とて長い芦毛を左で結んで揺らしている。
随分とご機嫌な様子だ。
「でも、ああまでしたんだ。もう覚悟は決めたの?」
「そんなもの、とうに出来ていた。これから破滅へと導く導線でしかない。俺も、お前も。」
「もう何度も言わなくても知ってるよ!乗りかかった船だからね。」
カツカツと靴音を軽快に鳴らし、近寄ってはポンポンと肩に手を置いてきた。労っているのかからかっているのか、彼の性格から判断することはできない。
しかし、普段のしゅんであればわざわざ外まで出迎えには来ない。
俺がそんな風に疑っているのを察したのか、しゅんはそれまでのにへらとした笑みを引っ込め、ため息を吐いた。
「……明日、彼を迎えに行くよ。本当はあんまり行きたくないんだけどね、
「あぁ。そうだ、先の場にも居たな。アデシオの
「ね。あの女装魚、ウェグロが現れてもぜーんぜんリアクション取ってなかったんだけど。」
しゅんは『アデシオ』───海中に領土を持つ唯一の国、そこの出身だ。彼のあの触手はイソギンチャク由来らしい。
そして話に出てきた
しかし、今から64年前にその殆どの始霊はこの世界から忽然と姿を消したのだ。
現在確認されているのは、『アデシオ』の「フィル」、『宣教国』の「シンフォニア」、そして我が『ウイルド』の「ペンタゴス」である。
そのアデシオを統治しているのがフィルという男だ。しゅんはどうも彼があまり好きではないらしく、ここ数日は会いたくないとぼやいていた。
「……会いたくない、と言いたいのだろうが、その割には彼と仲良くしていただろう。先の場だって、彼には先に話を通していたな?」
「……バレてた?」
やれやれ、と首を振って肯定すると、しゅんは目を細めて肩を落とした。彼とはもう60年近くの付き合いになるが、未だこの反応が一体どういうものなのかは分からない。何故このようなイタズラを仕掛けてきたのかも不明だが。
その度にそのような気分だっただけだろう、と深くは追求しなかった。そのツケなのか、こうして今もズルズルと彼の奇妙な行動が続いてしまっている。
これは、早々に対応を諦めた俺の落ち度だろうか?
しゅんは「ま、出迎えも済んだしオレはおうちに帰るよ。今日は非番なのにわざわざ来てあげたんだから後で手当ちょうだいね!」と残して、軽い足取りで帰ってしまった。そそくさと逃げ帰ったようにも見えたが。
しかし、明日の彼のタスクを思えば胃が痛くなり逃げ出したくなる気持ちは理解出来る。明日、彼は世界滅亡の鍵を起こしに行くのだ。
彼が興した瞬間から、我々の計画はようやく始まるのだ。
俺はふと目を閉じる。あれは64年───いや、それよりずっと前。200年、300年、どのくらい前だったかは定かではない。ある日、俺たちはある存在に頼まれたのだ。
『あの世界、そしてイドゥィンを滅亡させてほしい』。イドゥィンとは何だ?お前は誰だ?そう尋ねる前に、どっと頭に情報が流し込まれた。有無を言わさず、俺はこの先起こりうること、過去、要らぬ真実から何から何まで全てを見せられた。
『お前は我々の傀儡。従え、従うのだ。お前は私たちのクローン。お前は私に逆らえぬ。』
それから永い時を眠ったような感覚だけ残っていた。気付いた時には、俺はよく知った世界に降り立っていた。否、少しだけ俺の知る世界とは異なっていた。あの瞬間に何が起こったのか、あれから64年経った今でも理解しきれていない。
「うお」
「おかえりなさい、ウェグロくん。ダメじゃない、寄り道なんて。」
そんなことを考えては目を開くと、視界に彼女が飛び込んできた。文字通り。そのままの勢いで抱き着いてきたので受け止めてやると、満足そうに微笑んでいる。
「……ただいま、ルビー」
「えぇ。おかえりなさい。」
どうやら家で待っていたようだったが、なかなか帰ろうとしない俺を迎えに来てしまったらしい。怒っていないかそっと薄目で伺えば、怒ってはいないようだった。
彼女は、俺が見せられた神羅万象のどこにもいない存在だった。彼女の実態は、夫となった今でも分からないままでいる。分かることと言えば、彼女は俺に接触してきたイドゥィンを殺したい奴とほぼ同格の存在であることだろう。
ルビー本人がそう話していたわけではないが、直感、或いは細胞の全てが彼女を欲し、怯え、懐かしんでいる。
「ウェグロくん、王様たちの集まりは楽しかった?久しぶりだったでしょう。」
「あぁ、久しぶりに見た顔もあったな。変わりはなさそうだった。」
「ふふ、でもよかったわ。ウェグロくんの望みが叶うのでしょう、わたくしは嬉しいわ。」
彼女のその言葉に、俺は苦笑いだけを返した。
久しぶり、という感覚は正直あった。
あの場は、各国の王や首脳、総括、或いは様々な肩書を持つ代表らが集まり議論する場であった。これだけ通信技術が発達しているにも関わらず、敢えて顔を突き合わせて集まるのには理由があった。以前に通信システムに侵入され、妨害、ハイジャック、盗聴などの犯罪行為が横行したため、このように集まるのが最適であると判断された背景がある。実際、代表というからには各々それなりに筋力はある。自分自身の身は自分で守れる奴らだから、むしろ防御が一定の通信機能の方が危険となったのだ。
その会合に、俺は少々お邪魔してわざわざ「破滅予告」を宣言したのには理由がある。というのもまず一つ。ウイルド及び俺らが表立って彼らの敵となることで、各国での戦争を先に封じたかった。というのも、俺たちの計画は各国を蠱毒させて滅ぼしたいわけではない。むしろ、結びつきは強固なものであってほしい。なぜなら、そこに生きる者たちは何も罪はないからだ。これは俺のワガママだが、俺は滅ぼせと指示されている。しかし、彼ら生命は一体何をしたのかといえば、見せられた情報の中では少なくとも何一つ悪ではなかった。
ただ、そこに生まれ、生活し、生きているだけ。たったそれだけなのに、なぜか滅びの道を辿らねばならないのだ。
だのに、俺は滅ぼさねばならない。一度ああは言ったが、俺は彼らにこの状況を何とかしてほしいのだ。俺を止めてくれ、負けないでくれ、そうだ、各々が協力し合えばいずれ数の暴力でウイルドは壊滅し滅びの運命から離れることができる。薄い期待を込めて、俺はさっきあの場に立ったのだ。
「眉間に皺が寄ってるわ、ウェグロくん。明日の事はしゅんちゃんに任せて、今日はゆっくり過ごしましょう。」
「ああ、そう……だな。」
神はいない。だが、これだけは願わずにいられない。
俺を救うことはしなくていい、ただ、彼らに未来を与えてくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます