誓盟旅程

赭榮しゅん

Prologue

ひとつ、ただ一つ雫が指先から腕を伝っていく様子を見たことがある。ただその後の事は覚えていない。漠然と空洞になってしまった事だけを覚えている。

がらんどう、とはこの事を指すのだったか、良いオノマトペだと思った。


水中にも似た音が辺りに響いて鳴り止まない。悪夢の上をただ走らされているような、溺れるような感覚。地に足は着いていないが、なぜだか走れる。薄暗い、鬱暗い、なんだか冷たくなってきた。



「ねぇ、どう?オレの詩。結構ブレイドの心情の描写できてるんじゃない?」


「……」


「なぁ〜〜〜〜悪かったよ。ごめんって。でも、これ全部君の口から溢れてきた言語だよ。それも、ただの言語じゃなくて感情が含まれたやつ。認めてあげよう?」


「………」


「……ひとり遊びの邪魔して悪かったよ。嫌なら嫌で拒絶してね。」



なにもないのは悲しいから、と言い残して芦毛の彼は消え失せた。


あぁ、暗くて暗くて鬱蒼で。誰か助けに来てくれよ




この世は、チッキフォランプによって破滅のシナリオが描かれている。

僕は、チッキフォランプの言いなりの駒だった。


チッキフォランプの破滅の運命に抗おうとしたウェグロを殺した。その妻も、子供も、皆────



ぱきゃり



思考が割れる音がした。鶏卵のような音が響き、次に瞬きしたあとに見えた景色は、が不敵に微笑んでいた。





******



1711年 10月23日 13:18



ある議会が行われていた。それは各国の代表が集い、今後の地殻変動や地形、領地等々の意見交換や情報共有、譲歩などを執り行う極めて厳かな場であった。


そこへ、1人の男が降り立った。いや、乱入した、と言った方が正しかっただろう。なにせ、彼は用意されている席──いや、元から彼の席はどこにもなかったが。ではなく、中央の壇上へ躍り出たのだ。

それも、音もなく。気付いた頃には彼は壇上に立っていた。


皆は口々に思い思い話し始めた。



「彼は?」「いや、呼んでいない。あんな男は知らないぞ。」

「一体どうやって侵入したんだ?」「おい、警備は何処だ?何をしている!」



ガヤガヤとした波は次第に大きくなっていく。しかし、壇上の男は毅然とした態度で右腕を振り上げると、その大振りな動きで腕を前に置いてお辞儀をした。

なんてことはない動作であったが、何故か皆口をつぐんでしまった。


この男の動作、いや存在……眼差し。それぞれに息が詰まるほどの圧迫感を感じたのだった。

一国の代表らが、だ。



「皆様の集まりに感謝する。俺の名はウェグロ。ウイルドの代表として、この場に立っている。」


「俺はただ一言声を上げに来ただけだ。それが終われば大人しく退散させてもらおう。」



悠然と、ウェグロと名乗った男はそう言い放つ。誰もが、彼の言葉を待つことしかできなかった。

その様子を確認するかのような目で、全体を一瞥したウェグロは、よく通る声でそう高らかに言い放った。



「我々ウイルドは、この世界を滅ぼすために存在する。」


「これは宣言だ。我々ウイルドは、この世界を──────」



「滅亡させる。」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る