暗い場所に咲く桜
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第1話
きっと初めから、あの花人と出会うのは決まっていたと思う。
***
『この手紙を読んでいる方へ、私は戦場でこの手紙を書いています。
普通に考えたらおかしなことをしていると、私でも思います。けどこれが事実で、現状をありのままに伝えただけの状態なのです。
花人の皆さんが剪定者と呼ばれる化け物と戦っている傍で、眺めている私。
最初は怖くて目が離せませんでした、なんせ花人の皆さんは運動能力がとてつもなく凄いのに、私はそうではありません。風吹けば折れる脆い小枝なのです。
そんな状況でも、私が平気なのは慣れてしまったからです。というのは半分本当で、半分は嘘です。実際戦っている皆を見るのが辛いから、目を逸らしている卑怯者です』
「ハル、移動するぞ」
手紙を一区切りさせた私に、ナガツキ学園長が声をかけ移動する。
戦闘に一切関与しない私の仕事は、遺跡にある古代文字を読むことぐらいです。ハカセやクドリャフカはそれだけで凄いと言ってくれますが、ただ読んでいるだけなのであまり実感がないのがわかない。だから私は、みんなと一緒に居るだけで、足を引っ張るだけの人間なのかもしれません。
「どうした、ボケっとして、疲れたか?」
「ううん、大丈夫」
「なら悪いが、先を急ぐぞ。もう少し先で今夜は野営したいからな」
「わかった」
ナガツキ学園長の後に続いていくと、他の皆はすでに移動できる状態で待っていた。
「ごめん、みんな。お待たせ」
「良いって、気にすんな」
「そうだぜ、ハルが気にしたって、仕方ねぇじゃんかよ」
戦闘が出来ない私に皆は文句を言わないどころか、いつも気遣ってくれます。それは嬉しいのですが同時に申し訳ないと思うのは、やはり私が人間だからでしょうか。
人と花人ではそんなに変わらないと信じていても、実際はエネルギーの取り方も違えば、怪我の回復力や身体能力にも差があるのが現実です。
――だからと言って、心は一緒と信じない理由にはなりませんけど。
「ハル、どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。いま行く」
考え事をしていた私にクドリャフカが話かけてくれて、立ち止まっていた私は花人の皆と森の中を進む。
そしてまた、剪定者との戦闘が始まる。
邪魔にならないように場所に気をつけて隠れる。それだけでいつもなら戦闘が終わるけれど、今回はそうもいかないみたいです。木の陰に潜んでいた私の背後から、別の動く機械音が耳に入りとっさに振り返る。
「剪定……者」
どうしよう。そう考えるより先に言葉だけが溢れ、私は固まってしまう。
「ハル! 避けて!」
剪定者のアームが動き、側にある木の幹もろとも私を斬り裂こうとする。私を呼ぶ声が耳に入っても身体は動いてくれず、長い時間の中にいるようだ。
風切音と同時に木が音を立てながら切断し私に迫る。
触れる直前で剪定者の動体がぐらつき、肉薄していた鋭い刃は軌道を変えて、数本の髪を切り落とし眼の前を通った。
「ハル、走れ!」
ナガツキ学園長の張った声に反応して、私はようやく無我夢中で走り出す。どこに行くかなんて分からなくても、敵との距離を取る。そしたら、皆が助けてくれる。
走っていた私は幽肢馬に飛び乗り、その場から離れる。以前よいもまともに乗れるようになった事が、こんなにも良かったと思う事はもうないだろうと胸に刻み、死にたくない一心で馬を走らせる。
深い森を突き進み、僅かに視界がひらけた。
――そう思った私の前には、下に向かう傾斜と遺跡の入口が待ち受けていた。
「ヤバっ」
手綱を引いて間に合う筈もなく、私と共に走った相棒は深い遺跡に滑り込んだ。
「あぁ腰が……」
人間の身体はなんて不便なんだと思いながら、辺りを見渡す。
自分が落ちて来た場所は、上れるか分からない程に急斜面で、上からの光が差しその光に照らされている物と足の埋もれる感覚に、それが砂である事に気づき、上がれないと分かってしまう。
倒れた石壇や、謎の柱。
遺跡の中には手つかずな物が至る所にあった。薄暗い光の中で、これだけしか見えない場所が、どれ程暗かったのか想像しても、暗闇しか思い浮かばない。
「早く出たいな」
他の遺跡と同じ様に私は操作出来るであろう、装置を探す。これも私の知っている遺跡なら、何処かに必ずある筈。私が花人の皆とは違って唯一役に立つ役目。だからそれを探そうと、ロクに前が見えないこの空間を歩いていた。
数歩先がハッキリとは見えない。
――そんな状況で突然、私の前にその人影は現れた。
「花びぃ……っ――!?」
私が言い終わるよりも先に眼の前の花人らしき人物から攻撃を受け、咄嗟に身体を曲げると、直ぐ側を人影の腕が通り過ぎた。
「ちょ――待って。ぬわぁあっ――」
再び迫って攻撃を避け、後ろに倒れ込んでしまう。
「待って、人間だから。敵じゃない!」
「花人でないのなら、敵だ」
私の言い分など聞いてもらえず、眼の前の花人が距離を詰めて来る。
長い髪には桜の花が咲き、ショートヘアに囲まれた整った顔。その瞳は、暗闇の中でも分かる程に綺麗桜色の瞳が見える。
私はその特徴の花人を、他の花人から聞いた事があるのを思い出した。
「待って――貴方は」
「排除する」
倒れ込む私に向かって、眼の前の花人は容赦なく上げた踵を振り落として来る。
横に転がって避けると私の直ぐ側で遺跡の床が壊れる音が聞こえ、背中には飛び散った破片が当たっていた。そのまま転がった勢いで身体をお越し立ち上がる。
「たん――まぁあっ――」
聞く耳は持たないと言わんばかりに、素早い拳が私の顔をかすめていく。
でも不思議だ。
学園長たちと同じ花人なら、私何かが避けられる筈はない。
でも現に私は、まだ生きている。
「お願い、聞いて」
暗い遺跡の中を動き回りながら話しかけるも、攻撃は止むどころか増えていく。そんな動き回る中で、部屋の奥に薄く光る物を見つけた。あれは碧晄流体。
私がそこに向かって走ると、花人も後を追いかけて来る。
「良いの、最後だよ、最後。止まって!」
碧晄流体の側で攻撃を避ける私。
「敵は、排除する」
「敵じゃないって、言ってるでしょ!」
意を決した私は花人の懐に飛びつき、碧晄流体の中に飛び込む。周りを見ても同じ光景だけが流れ、暴れていた花人も動きを止め沈んで行くのだった。
意識を取り戻した私は、碧晄流体の残りが流れる大きな配管の中に横たわっていた。その直ぐ側で花人の彼女も仰向けに倒れ、何もない配管を見ていた。
「お前は、……敵か?」
「だから、違うって言ってるでしょ」
「だったら、お前は何だ」
「お前、お前ってね。私は皆に、ハルって呼ばれてるんだから」
「皆って?」
戦う気は失せたのか、話を聞く気になったのかは分からない。
けれど、襲われないのなら、何でも良い。もう疲れちゃったよ。
「皆は皆だよ。学園の皆」
「……学園。そこは人間の――」
「違うよ、貴方と同じ花人の学園。人間は私だけ」
「……そうか」
明らかに言い淀んでいた。
「貴方も学園の花人さんだよね。名前は?」
「アルファ」
やっぱり、私が聞いた事のある花人と同じ名前だ。
「私戻ったら、アルファに攻撃されたって。ナガツキ学園長に言わなきゃだね」
「なっ……おい、お前、それは」
「お前? ハルだよ、ハル」
「分かった。ハルだな。ハル」
「そう、ハルだよ。アルファ」
私も黙っていると、アルファは難しい顔をし始めていた。
「私は、貴方がどうしてこの遺跡に居たのかも分からない、けどさ。きっと皆は何も言わず迎えてくれるよ、だから一緒に帰ろ」
座ったままアルファの差し伸ばした手を、彼女は掴んでくれた。
「分かった。帰るよ」
二人で出口を探して歩き、遺跡から出る。その後は二人で森を彷徨っているとアルファが突然方向を変え、皆と合流する事が出来た。
「ハル! それに、アルファ……」
ナガツキ学園長はアルファを見るなり驚いていた。
「ハルとアルファ、帰ったら二人共。月の花園の手入れが終わるまで、自由はなしだ」
「はーい」
「構わんよ。寧ろ有り難い」
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