虚構のマトリョーシカ

三坂鳴

第1話 英雄再誕の彼方へ

かつて、この世界は光に満ちていた。


神々の加護を受け、人々は笑い合い、穏やかな日々を過ごしていた。しかし、その平和は突如として破られた。


『災厄の闇』——天を裂き、大地を呑み込む漆黒の波動が現れ、あらゆるものを滅ぼしていったのだ。王国は崩壊し、民は絶望に打ちひしがれ、光は永遠に失われた。


だが、伝説はこう語る。


「世界が闇に堕ちた時、選ばれし勇者が現れ、すべてを救うだろう」


その勇者の名は——リオン。


「はぁ……疲れた。そろそろ休んでいいかな?」


リオンは草原に寝転がり、太陽を見上げてあくびをした。


黄金の髪が風に揺れ、白銀の鎧が太陽の光を反射する。その横で、仲間の魔法使いリシェルがジト目で彼を睨んだ。


「……リオン、少しは危機感を持ったらどう? この世界は闇に包まれているのよ?」


「そう言われても、闇の魔王を倒すまでに何回も旅してるんだし、たまには休憩だって必要だろ?」


「……“何回も”? それに休憩なんてしたら、魔王軍が迫ってくるわよ!」


リシェルのツッコミを受けながら、リオンはへらりと笑う。


彼は自らの天命を知っていた。


そう、彼は伝説の勇者。世界を救う使命を持つ、選ばれし者なのだ。


……のはずなのだが。


「魔王城は、この先の崖を越えた向こうだ!」


仲間の剣士グラムが、力強く叫ぶ。これで三度目の「魔王城がこの先」発言だった。


リオンは小首を傾げた。


「あれ? 前もそんなこと言ってなかった?」


「……言ったか?」


「うん、言ったね。でもその時は魔王城に着いた途端、崩れて消えちゃったんだよな」


「……そんなことはないはずだ。今回こそ本物だ」


グラムの表情が少し引きつっているのを見て、リオンは首を傾げた。


「……ねぇ、これってデジャヴじゃない?」


その瞬間、草原に突風が吹き荒れた。


遠くに見える黒い塔——魔王城。


「行くぞ、リオン!」


リシェルとグラムが声を揃える。リオンは「しょうがないな」と腰を上げた。だが、その足元の大地が一瞬だけ“歪んだ”気がした。


彼は何かを言いかけたが、すぐに口をつぐむ。


(なんだろう……この感覚)


魔王城へ続く階段は、異様なほどに「完璧」だった。石畳の一つ一つが、まるで定規で測ったかのように並んでいる。


「なぁ、これって本当に人間が作ったものか?」


「何言ってるのよ! 魔王軍の仕業よ!」


リシェルがそう返したが、リオンは引っかかるものを感じていた。視界の端に見える空が、どこか「紙のように薄い」。


ついに、魔王の間に到達する。


「ついに来たか、勇者リオン!」


玉座に座る魔王が、深く低い声で言い放つ。しかし、その姿はどこか曖昧で、影が薄い。


リオンは剣を構え、魔王に向かって歩み寄る。


だが、その時。


「魔王城は、この先の崖を越えた向こうだ!」


「……え?」


リオンは足を止めた。


先ほど聞いたはずの言葉が、まるで録音を巻き戻したかのように聞こえたのだ。


「ちょっと待って……さっきもう、ここに来たはずだろ?」


仲間の二人は無言で立ち尽くし、顔が影に隠れている。


リオンは剣を握る手を震わせながら、天井を見上げた。


「——この世界は、おかしい」


その瞬間、空に巨大な文字が浮かび上がる。


『終章:勇者リオン、世界の真実を知る』


リオンの手から剣が滑り落ちる。


そして世界が、突然、途切れるように「真っ白」になった。

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