第三章 1 本部でのバレエ教室

 バレエ教室の本部は、また別の駅から少し歩いた所のビルにあった。

「あら? 今日からだっけ。案内するわ」

 日曜教室にも代理で良く来るお姉さんが受付にいた。

 教室と更衣室を案内してくれた。


「ここで着替えて、教室はここ。時間までにウォーミングアップしておいてね」

 教室には既に7~8人ぐらい来ていて、それぞれ柔軟とか準備体操していた。

 それを聞いて、手前の子が「チッ」と舌打ちしていた。


 何も知らずに、いきなり始まり時間に来ていたら、準備不足になっていた。日曜教室では、小さな子もいるから全員集まったところから柔軟運動をする。同じと思ってぼーっとしていたら馬鹿にされたところだったかも。

 やはり、あまり歓迎されていない雰囲気の様だ。


「今日から、こちらで練習する、磯崎アユミです。よろしくお願いします」

 歓迎されていようがいまいが、とりあえず筋だけは通して自己紹介した。

 何人かはペコリと頭を下げたのを見たが、ほとんどが無視だった。まぁこんなもんだろう。早々に着替えて合流し、日曜教室流の柔軟を開始する。


 じっと柔軟する様子を見て、何か言おうとしていたみたいだが、何も言われなかった。

 何か、けなしてやろうと思っていたのかもしれないが、身体の柔らかさには自信がある。技とかはまだまだだが、柔軟には自信があった。


 先生が入ってきた。日曜教室では、知らない先生だ。

 集まったところで、自分を入れて10人。おそらく中学生がメインで、自分以外の小学校高学年は3名か?

 痩せてノッポの子と、ちょっと太っている子と、やたら小さく背丈はキーちゃんと変らない位の子と。3人固まっていて、こっちの方を見て何か言っている。言葉使いでは誰が上とか下とかない様だから同級生かも。


 先生はパンパンと手を叩いて注目させた。

「今日から、新しい子が入ります」

 と、言って簡単に紹介してくれた。

「専門用語とか分からないかもしれないけど、いちいち説明はしないから、他の子のを見てやって。どうしても無理そうなら、指導するから」と言いながら、ゆっくりとしたテンポの音楽をかけ始めた。

 本当にすぐ始めるみたいだ。


 全員が、バーの横に並ぶ。分からないから、一番後ろに付いた。

「ルティレからバットマンを後・横に、それからタンデュ、前2回、横2回」

 さらっと先生が指示の言葉を入れる。


 そうしたら皆、その号令に合わせて足の蹴りを揃って繰り出している。専門用語なんか聞いてもすぐ分からない。皆の動きを見て、遅れて付いて行く。専門用語がすぐ分からないから躊躇ちゅうちょする。えと、バットマンって、こんな感じだったっけ。名前は憶えているんだけど……。

※バットマンは足を伸ばして上に蹴り上げる動作の事で、マーベルヒーローのそれとは関係ない。


 その後バーから離れて、センターに移動して、同様にアンジェヌマン・つまりはジャンプとか回転とかパ(ステップ)とか一連の流れをするが、やっぱり専門用語に苦労する。

 じっくり教えて貰えれば出来るのに、このテンポ早く、目まぐるしく変わって、付いて行くのがやっと……。いや全然付いて行けてない。

 エシャペとシャンジュマンの区別も付いていなくて、あれ? となる。だめだー。

 90分は、あっという間に終わった。


「無様よね!」チビの子に声かけられた。

「ついて行けない様なら、プチクラスの方に行ったら?」

 あ、挑発されている。

 ちなみにプチクラスは、小学1から4あたりのクラスの事だ。


「大丈夫です。あと10回以内について行けるようにします」

 10回終われば、すぐ発表会がある。それまでにモノにすると宣言したのだ。

 あ、売られたケンカ買っているな。


「ナマイキねー、あなたー」

 ノッポの子が入って来る。

「大体さー、真夜中のシーンのクララもさー、この子がする予定だったのよー」

 そう言いながら、太っちょの子の肩に手をやった。という事は、第一幕最初のパーティのシーンでのクララはこの子がするんだ、と思った。


 でもこの子がクララするんだったら、王子様がリフトする時キツそうだな、と感じた。

 身長はボクの方が高いけど、体重は彼女の方が重そうだ。


「あ…、何か失礼な事…考えていたでしょ!」

 あ、口元笑っていたかな?


「大体…今回も、シーン限定だからってクララ役を譲るのも…嫌だったのよ。でも…まだ経験も技術もあって…、また今回を最後にバレエもやめる…確か根岸っていったっけ…あの子がするならまだしも、あの…その…。で、出来なくなったらこっちに返すのが筋ってものでしょ。それもまだ…バレエ始めて半年の貴方がクララするなんて…あの、あ…筋違いよ!」

 あーやっぱり言われたな。


「でも、それで先生も良いって言われたし」

「断りなさいよ! や…役不足よ、あなた!」

 あ、日本語の使い方間違えている。


 ボクが全然こたえていない様だから、向こうもだんだんムキになってきた。

 チビの子が割り込む。

「大体、根岸だっけ、こっちのクラスにも来れない様な貧乏人が、発表会のお金も払えなくてギリギリになって退会って、大迷惑よ!」

 あ、ネギお姉ちゃんの悪口。


「まぁいい気味ね。そんな貧乏人がバレエ習うのが間違っているのよ!」

 流石に腹立ってきた。ボクの事悪く言うのは構わないけど、お姉ちゃんの悪口言うのは許せない!

 その子達を睨んで立ち上がろうとしたら、それより先に後ろにいた、凄く上手かったお姉さんがこっちに近付いてきた。


「ちょっとあんた! ウチのマブダチを悪ぅ言わんとってくれる?」

 そう言って、3人をキっと睨んだ。

 うわ、関西弁だ。同じ言い方でも、めちゃきつく感じる。


「ネギはウチがこっちに転校してきた時からのマブだから、ネギの悪口はウチに喧嘩売っとんとおんなじやからね」

「あ、ああああ」

 流石に上級生に睨まれて、3人はうろたえ、

「ご…ごめんなさい!」「申ーし訳ありませーん!」「もう言いませんからっ」

 と言って、逃げて行った。

 ああ、ここにお姉ちゃんの味方がいた。

 それでホッとしたところを見られたからか


「あんたもや!」

 いきなり厳しい声をかけられた。

「え?」

「あんたが悪いんちゃうやろけど、ウチ、ホンマに今回ネギの最後の舞台に一緒に立てる思て、楽しみにしとったんやからね」

「あ、はい」

 ああ、何か八つ当たりされている。


「あんたはネギのお気に入りみたいやから、あなたが代わりに出るのは、しゃーないわ。でも、発表会で無様ぶざまな姿見せる様なら、もう此処には来んとって!」

「は、はい!」

 縮みあがった。背筋がビクっと震えた。


 あ、甘かった。この教室に出れば、10回くらいこなせば、発表会レベルになれると思っていた。そんな甘い物じゃなかった。

 さっきの子達は、ボクよりはるかに上手い。

 主役する以上、彼女達より上手くならないといけないんだ。


「そんだけや」

 彼女はキッとこっちを睨むと、くるっと回って向こうに歩いて行った。

「あ、ありがとうございましたー!」

 素直に、彼女に頭を下げられた。

 そうなんだ。もっと気を引き締めないと。

 自分だけじゃない、自分に役を譲って貰ったお姉ちゃんの顔に泥を塗る事になる。

 彼女が目の前からいなくなっても、下げた頭を元に戻せなかった。


     ☆


 家に帰ってママと、バレエの専門用語を覚える事と、その動きについて特訓した。

 用語そのものは覚えられても、すっと言われてパッとは動けない。

 おそらく皆は、地味に年月かけて覚えたのかもしれないが、ボクには時間が無い。

 水曜日のレッスンも前回に比べたら、多少はマシになったかもしれないが、やはり遅れる。遅れて焦る。焦るから、きちっとした動きにならない。手足も上がっていない。手先も伸びていない。


 金曜日の個別指導レッスンは、まだ集団練習とは違ってプレッシャーはないし、そんなに専門用語だけで指導されている訳ではない。でもレッスンは、クララの振り付けを覚えるだけで精いっぱい。+αまではいかない。


――― 第3章 2 に、続く ―――


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