男と俺
奈那美
第1話
「ちょ……待ってくれ!10分……いや10秒でいいから待ってくれ」
俺は目の前に立つ男に懇願した。
いや……ほんとうに俺は待ってくれと言ったのか?
ただ口がパクパクと動いただけではなかったか?
俺は横倒しにされているようだった。
首をねじって見上げた男は──逆光で顔がよく見えない。
が、体格は俺のそれを遥かに凌いでいた。
そして右手にはギラリと光る刃物らしいものが握られていた。
「悪く思わないでくれ。これは命令されてのこと。俺の意思ではないんだ」
逃げなくては!
俺の本能がそう告げていた。
だが──
気づくと俺の両足は縄のようなもので縛られていた。
その足が……少しずつ持ち上げられたかと思うと、どこかにぶら下げられた俺は頭を下にした形で男に向き合っていた。
男は俺に近づくと、手にした刃物を首に当ててきた。
ひやりとした感触につい首をすくめる。
男が刃物をスッと滑らせた。
痛みは、ない。
ただ手の動きでそうだと想像したまでだ。
そしてその想像は違えてはいなかった。
首から流れ出たものが俺の頭に垂れてきたからだ。
生暖かい液体。
なぜ俺がこんな目に遭うのか。
どうして理由も告げられぬまま、命を落とさねばならないのか。
答えが見出せないまま、俺はついに意識を手放した。
******
男は目の前にぶら下がる、先ほどまで生きていた物体に向かってつぶやいた。
「悪いことしたな……だが、ちゃんと供養してやるから安心しろ」
「……羽をむしるのが少々面倒だがな。お袋の奴自分が食いたいからと俺に解体しろなんて命令しやがって」
その夜、男の家の食卓は鶏料理で彩られた。
男と俺 奈那美 @mike7691
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