羽の重量を知っているか

のっとん

1

「能登くん、君、ちょっと太った?」


 背後からの声に、能登は思わず渋い表情になる。本署には週に1度顔を見せるくらいなのに、よりによって面倒くさいのに捕まったと思う。


「えー急になんですか」


 へらりと表情を変えながら振り返ると、好好爺のような顔を乗せた屈強な身体が廊下を塞いでいた。能登の上司であり、生活安全課の課長補佐でもある山本だった。


「いやぁ、ね。このご時世あんまりこんなこと言うもんじゃないんだろうけど」


 そう言葉にしつつも、彼の瞳は好奇心とある種の使命感に輝いている。


「君の健康診断の結果を聞いたんだよ。君、1年で10kg以上体重が増えたそうじゃないか。生活リズムが乱れているんじゃないか?」


「それは・・・・・・」


 開きかけた口を無理矢理閉じる。

 能登の体重は1年かけて10㎏増えたわけではない。たった1日、正確にはもっと短い時間で10kg増えていた。


 怪しい医療施設で目覚めたあの日。能登の背中には白い大きな羽が生えていた。幸か不幸か羽のおかげで脱出できたものの、元に戻る方法も分からず、いまだに背中に羽を付けたまま生活している。増えた10kgはちょうど羽の重さだった。


「そういえば、新しい制服も申請してたよね。元のサイズじゃ入らなくなったのかい? そんなに急激に太っただなんて君の身体が心配だよ」


 無遠慮に視線を動かす課長に能登は苦笑いを返す。


(それだけ見て変化に気づかないのか)


 背中に生えた羽はなぜか認識されることはない。質量があり、触れることができるにも拘わらず、道端の石ころのように人間の認識外に存在している。これもまた、能登が羽を付けたまま生活している理由の一つだった。


「警察官として鈍らない程度には体を動かして入るんですが、少し頻度を増やしてみます」


「本当だよ。最近、武道場の方にも顔を出してないんだって」


(羽がある状態で組める訳がないだろう)


 墓穴を掘ったことに心の内で舌を鳴らす。

 この男の前で運動の話をするべきではなかった。軽く会釈して去るつもりが、餌を投げ入れたようなものだ。好好爺のような顔をしていても、山本課長補佐は柔道黒帯。署内でも有名な柔道バカだった。


「最近忙しくて。近いうちに顔を出します」


「絶対だよ? 僕は君を心配してるんだからね」


 この場限りの嘘というのも今日くらいは許されて欲しいと能登は思う。


「1週間以内に来るように。これは命令だからね」


 そう言い残して山本課長補佐は去っていった。

 この数日後、能登の背中には起爆スイッチが付いている、という不名誉なうわさが流れることをこの時の彼らはまだ知らなかった。

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羽の重量を知っているか のっとん @genkooyooshi

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