死神ミーコの命令
ノノ
第1話 出会い
「さあ、大人しくあなたの寿命を差し出すのです!」
そう偉そうに命令したのは、黒いローブを身に纏った小柄な人だった。顔は上半分がフードで隠れているが、声と体型でなんとなく少女かな、と思う。手には身長よりも長い大きな鎌を持っていた。
ゲームキャラのコスプレかな?
そんなことを考えながら、私はその横をスーッと通り過ぎた。仕事帰りで疲れているのだ。相手をしている余裕はない。
この辺りはコスプレしながら客引きしている人も多い。ここまで凝った武器をもっているのは珍しいけれど、コンセプトに力を入れているのかもしれない。
店員さんも大変だなぁ。
「ちょ、ちょっと、待つのです!」
少女は慌てて私の前に回り込んできた。その際フードがパサリと取れて、かわいらしい顔が見えた。明るい茶色のショートヘアに、くりくりの目。想像以上に幼そうだ。
何やら必死な様子で訴えてくる。もしかして、ノルマとかあるのかしら。かといって、私そういうのは興味ないし、手持ちも少ないしなぁ。
「わたしは死神です!あなたの命をいただくのです!!」
「間に合ってます」
うん、やっぱりスルーしよう。
「間に合ってるってなんですか!?お願いですー、もうあなたしかいないのですー」
自称死神の少女は、泣きべそをかきながら足にしがみついてきた。
「そんなに大変なの?しょうがないわねぇ、ワンドリンクだけって約束ならいいけど」
まったく。少女をこんなに追い詰めるなんて、店長に一言言ってやろうかしら。というか、働ける年齢なのかも疑わしい。店長より警察に言うべき?
私が悩んでいるのをよそに、少女はキョトンとした顔で私を見上げ、「わんどりんくってなんですか?」と首を傾げた。
なんだか話がかみ合っていないようだ。
「えっと、とりあえず立とうか」
足に泣きべそかいている少女がしがみついている状況というのは、人目が気になる。少女の両手を握ると、私はその冷たさに思わず「ひゃっ」と声が出た。
まるで体温がないみたい。冷え性の私の手ですら、比べ物にならないくらい冷たかった。
思わず声を出してしまったことで、周りの人がこちらをじろじろと見てくる。
恥ずかしいので「ほら、早く立って」と少女を急かした。
「ねぇ、そこの人、なんか地面にしゃべりかけてるんだけど」
「こわっ。お芝居の練習とか?」
「えー、こんなとこでしないだろ。ほら、関わらずに行こうぜ」
などという言葉が耳に入ってくる。え、私のこと?
目の前の少女を見る。真っ黒なローブに大鎌という、目立つことこの上ない少女を見ている人は、全くいない。私一人を除いて。
握られたままの手の冷たさに、背筋がぞわっとする。
まさか、本当に死神――?
◇◇◇
「それで、あなたは本当に死神なの?」
部屋のラグの上に、ちょこんと座る少女。膝には私のお気に入りのクマのビーズクッションを抱っこしている。それをにぎにぎと抱きしめながら、少女は小さくコクンと頷いた。その姿はとても死神には見えない。
「それで、私の命を奪いにきたの?私まだ25だし、この前会社の健康診断受けたばっかで、どこも悪いところなかったんだけど」
いつでもどこでも推し活に飛んでいけるように、健康には気を遣っているつもりだ。
「カスミさんの寿命はまだあるんですけど、明日、不慮の事故で死ぬ予定なのです。そういった場合は、死神が命を貰いにくるのです」
名乗ってもいないのに、私の名前を言ってのける。益々死神の線が濃厚になってきた。いや、それよりも聞き捨てならないことがある。
「ちょっと待って、私明日死ぬの?」
まだ推しに会えてもいないのに?
「あ、これ、言っちゃいけないやつでした」
少女は慌てて口を両手で塞ぐ。いや、もう遅いから。
「私、まだ死ぬわけにはいかないのよ。ってことで、お帰りください」
両手で玄関を示す。
「それは困るのですー、このままじゃわたし……わたし……」
びええぇぇぇぇええんと、泣き出してしまった。
参ったなぁ。
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