グラヴズとブーツ

要想健琉夫

グラヴズとブーツ

 僕、健作けんさくには、好意を寄せている女性が居る。

彼女は、僕より一つ年上の高校三年生で(今年の四月にはおそらくは大学生になる)僕は彼女の事を何時も登校時の駅のホームに見掛ける。

もっとも、僕は彼女に何もできやしないし、見てるだけでしか出来ないがね。

 そんな彼女は、特別、容姿端麗ようしたんれいと言う訳ではない、彼女は平凡な顔立ちの女子高校生だ、それなら何で僕が彼女に惚れたか、それは彼女の所作だ。

 彼女の所作一つ一つが妙に大人びていて、それが僕を引き寄せる、いや僕が引き寄せられる。

 彼女が同級生と話したりしている時等は、その差は歴然としている、まるで彼女が様にも、思えるほどに、兎にも角にも、僕はそんな彼女に惚れている、装いの無い笑顔の彼女に、所作が大人びた、大人っぽい彼女に、まさか、僕がこんなにも彼女に何て、前ははなはだ考えてはいなかっただろう、全部彼女に歪められたなんて。



 一月の上旬、冬休みも終えた、とある平日、僕は鞄を背負って、寒空の下へと、家を出た。

 僕は久しぶりの学校を嫌厭けんえんしていなかった、それは休み明けの学生としては珍しい事と自負しているが、僕が行く駅には、例のが居る、そう思ったら、むしろ、僕は冬休みと言うものに嫌厭していたのかも知れなかった。

 彼女の事を考え続けていたお陰か、僕は家に出る時間をすこし遅れてしまい、僕は気霜きじもを吐きながら、冬の暴風に煽られながら、走っていた。

道を、抜け、バス停を見た、どうやらバスはもう来てるらしかった、僕は地面を強く蹴り、スピードを上げる様に努めた。

 そして、僕は出発時間ギリギリにバスに乗り込むことに成功した。

周りの乗客達が僕を野次馬やじうま共の様に見つめる中、僕は溜息を吐いてからICカードをタッチして、席に座り込んだ。

 それから、バスは入口の扉を閉じ、出発した。

 終始、僕は息切れしていた。



 二十分ほどバスに揺られ、僕が曇った窓から寒空の下、道を通る人を眺めていると、バスは何時の間にか最寄り駅のバス停に停車していた、僕は鞄を右手にぶら下げながら立ち上がり、出口に歩み寄って、ICカードで決済を済ませてから、運転手さんに、ありがとうございましたと礼をした。

 バスを降りて、僕はロータリーを渡って、改札にICカードをかざした。

改札は開き、僕は改札を潜り抜けて、薄暗い1番線の廊下を辿った。

 そうして、僕はホームへの階段を上り、ホームへと出た、僕は思わず安堵の気霜を吐いた。

それから、僕は、柱に凭れ掛かりながら、彼女を目で探した。

 僕は辺りを見渡している内に、彼女を見つけた。

しかし、僕はそこで驚いた、彼女が外套がいとうを着込んで、め、を履きこなした、その姿に、僕が彼女を見つけたのは、去年の四月、僕が高校一年に成った頃だったのだが、彼女が外套などを着こなしている姿は、僕に馴染みが無いものであった為、僕は大いに驚いた。

 それと同時に、大いに感激した出来事でもあった、彼女はまた僕を新たな装いで惹き込んだ。

 そうして、ここでだった僕の性癖せいへきが彼女にって歪められたのは、彼女が嵌め込んだその手袋に、それは僕に性的魅力を感じさせずにはいられなかった。

元来、僕には性癖と言うものは無かったのだが、それは彼女の所為せいで目覚めさせられたものであった。

何処かで、聞いた性癖をここで僕はやっと理解した。

 手袋の、腕や手のラインがはっきりと浮き出ている点で、フェティシズムを感じるというのはこう言う事だと、僕は戦慄した。

畢竟ひっきょう彼女がその嵌め込んだ手袋には、性的魅力を感じさせずにはいなかったが、彼女の魅力はそこだけでは無かった。

 それは彼女が履き熟したブーツだ、こう言う性癖、フェティシズムは元来聞いた事も体感した事も無かったのだが、この出来事が有り、僕は確信した。

具体的に何処か魅力かと聞かれたら答える事が容易では無いのだが、言うならば、そのブーツを履いていると言う事実のみでそれは性的魅力に溢れるものなのだ。

 好意を寄せている相手の魅力を、一言で片付ける事は出来ないのだ。



 そうして、僕が彼女の新たな魅力に釘付けに成っていると、彼女が立ち尽くしていた前に列車が駆け寄ってきた。

僕は一人、顔を顰めて、彼女が列車に乗るまでの過程を見送った。

 僕は一気に一日の楽しみを終えたからか、列車が来るまでのホームを、強い虚無感にさいなまれながら過ごした。



 一月のとある中旬、あれから学校も始まり、僕は引き続き、一日の唯一の楽しみを何時もの様に楽しんでいた。

柱に凭れ掛かりながら、温かい缶コーヒーを片手に持ちながら、僕は何時もの様に彼女を見つけた。

 今日も昨日と変わらない、外套、手袋、ブーツ―――ああ何で彼女はこんなにも僕を魅了するのだろうか、僕を底なし沼に引きずり込むのだろうか、冬休みが終わろうが、学校が始まろうが、僕は四六時中退屈だ、僕には友達が居ない、と言うか要りやしない、僕は彼女を見ているだけで充分じゅうぶんなんだ、そうして僕は彼女の事を見つめていると、やはり僕の心が満たされる心地がするんだ。

 本当に彼女の所作一つ一つ、笑顔一つ一つが美しいのだ、その最近見つけた、手袋もブーツも妖艶ようえんで、色っぽいんだ。

 そんなこんなで、僕が彼女を見つめていると、アナウンスと共に彼女の眼の前に、列車がやって来た。

僕は列車がやって来た時の暴風を受けながら、忌々しいアナウンスを聞きながら、彼女を目で追っていた。

「まもなく1番線から○○行が発車いたします」

「まもなくドアがしまりま―――」

 僕は眼の前で逃げる様に発進した列車に、怪訝な目付きを浮かべて、ひがむ様に、飲み干したコーヒー缶を、ホームのゴミ箱に叩きつけた。



 一月の下旬、長かった一月も残り数日で終わろうとしていた、僕はまた駅のホームの柱に凭れ掛かり、彼女を探した。

 しかし、僕は彼女を探している最中、去年の四月までは連絡を取っていた、地元の友達について、思い出した。

そこで、僕は何故だがその瞬間に、人肌が恋しく感じた、人と関わる何て疲れるだけだ、気は使わないといけないし、時には道化を演じないといけない。

 そんな途方も無い考えを消し去ろうと、彼女を眼で探していると、僕は彼女を見つけた。

その日はとても冷えていて、彼女は手袋を嵌めているというのに、手袋越しに、手に息を吹きかけていた、僕はそれを目撃して、可愛らしいな、そう思った。

 彼女がブーツを歪めて、歩き出した時、彼女の眼の前に列車がやって来た。

僕は中旬の様な、苛つきをこの時点で持ち合わせていなかったから、存外、平凡な気持ちで彼女を見送った。

 しかし、彼女の事とはまた別の、人肌の恋しさは、一月が終わるまでの間、二月の上旬頃まで、付きまとってきていた。



 二月の上旬、その時は金曜日であった。

僕はレポートの提出はまだだったかなと平凡な考えを浮かべながら、また彼女を探していた。

 僕は彼女を見つけた、今日も何時もの様に、外套を着飾って、手袋を嵌め、ブーツを履き熟している。

 僕は彼女の事を見つめて、先月から付き纏ってくる、この孤独感を誤魔化そうと努めていた、だけどそれは僕の意志とは反し、彼女の事よりも大きくなってった。

 人と言うものは、面倒臭いな、一人が良いって、家出、さながらに他の人を突き放しても、結局は自分が寂しくて仕方なくなるんだから、だからって人に気を使うのは、気疲れするんだ。

そして、どうせ僕が彼ら赤の他人に話しかけ様が気味悪がられる、だけだしな。

 僕はそんなに今に考えなくていい様な、僕の為人ひととなりについて、考えていた、途方に暮れていた。

 そうして、気がづいてみると、彼女は僕が目にしていた先から、居なくなっていた。

僕の考えは彼女が見えなくなる程に、深刻みたいだった。

 僕は彼女の事を考えない自分を自虐しながら、列車に乗り込んだ。



 二月の中旬、二月十四日の金曜日、今日はバレンタインであった。

僕自身、先月から付き纏う、苦悩で、それどころでは無かったのだが、僕はホームに佇みながら、彼女を探していた。

時刻は、七時半前、彼女が乗る列車がそろそろやってくる時間なのだが、彼女の姿が見当たらない。

 そうして、僕はホームを見渡していると、僕の背中に誰かがぶつがって来る感触がした。

僕は眼を見開いて、え、と間抜けな声を上げ、線路に落ちない様に、軽い受身を取って、後ろを振り向いた。

 すると、そこにはが居た、僕は二度目に驚いて、狼狽しながら彼女に問いかけた。

「だ…‥大丈夫ですか?!」

 僕はつい大声を出してしまい、しまったと思っていると、案の定、野次馬根性の奴らがこちら側を向いた。

僕はその時点で、苛立ちを覚えたが彼女の前でそんな醜い顔を立ててはいけないと再認識して、彼女の方を見た。

 彼女の鞄の元には、ラッピングされたチョコレートが落ちていた。

僕はその時更に狼狽していたであろう。

「だ、大丈夫です、すいません」

 彼女はか細い声でそう言い返し、鞄を持って、立ち去ろうとした、だから、僕は勇気を出して、彼女を引き留めた。

「すいません!」

「は、はい?」

「こ、これ、落としていますよ?」

 僕は、ラッピングされた手元のチョコレートを彼女の方に寄せていった、彼女は気付いた様に、気恥ずかしかったか、頬を桃色に染めた。

「ああ!すいません―――ありがとうございます」

「いえいえ、どうぞ」

彼女は、チョコレートを受け取って、軽くお辞儀をしながら、立ち去った。

「お気をつけて!」

 列車は、無事彼女に駆け寄ってきて、彼女は列車に乗り込む事に成功した。

彼女は列車の車窓から、僕に手を振ってくれた、僕は不慣れな笑顔で彼女に手を振り返して、ホームの地面から立ち上がって、外套のゴミを払った。

 僕は終始、困惑していたのだが、一番に困っていたのは、僕の顔が彼女に覚えられてしまった事であった。

僕は彼女を眺めるのに、それは不都合だと考えながら、先月からの悩みを違う悩みに入れ替えた。

 これからどうしようか、そんな悩みに入れ替えた。



 二月の下旬、二月も終わろうとしている中で、僕は相変わらず、彼女を眺めていた。

彼女にバレない様にしながら、しかし最近彼女は、列車に乗り込んだ拍子に、よく僕を見掛けては、手を振ってくれる様になった。

 僕はそれが、嬉しい事でもあるのだが、同時に困る事でもあった。

僕が彼女に認知されたら、僕は今後彼女を見つめるのに、細心の注意を払わないと行けなくなる。

 だから、僕は最近は、彼女が列車の乗るまでの間は、見えない様な遠くの柱から、彼女を見ている。

そこが、丁度彼女にとって死角なのだ。

 今日もまた冷え込んだ日であったから、彼女は手袋越しに、息を吹きかけていた。

今日は、手袋も貫通する程の寒さであった、現に僕の手も赤色に霜焼しもやけていた。

 何時もの様に、彼女に列車が駆け寄った時、僕はふとした拍子に、先週のバレンタインについて、思い出した。

僕はその拍子に僕の心の奥底が、えぐられる心地がした。

 彼女はラッピングしたチョコレートを持っていた、それが友達に上げるのか、ましてや異性に上げるのかは、判らないが、僕の心持ちは不安にへと変わっていた。

 そんな中、列車が発車する時、彼女は僕の気も知らないで、その可愛らしい笑顔で僕に微笑みかけてきた。

僕は苦笑気味に彼女に手を振った、何だかここで手を振らなければ、彼女の記憶から僕が消えてしまう様な予感がした。

僕は認知されたくないと言う矛盾を抱きながら、そうして彼女を見送った。

 僕は、彼女の記憶の一一人いちひとりとして、僕自身を登場させたかったのかも知れなかった。



 三月の上旬、そろそろ春休みと言うものが迫って来た、憂鬱な日、僕は彼女を眺めていた。

冬特有の鬱陶しい暴風も姿を消し、屋外には春を思わせる、温かい空気が漂い始めていた。

 しかし、相も変わらず、彼女は外套を羽織って、手袋を嵌め込んで、ブーツを履いていた。

僕はモテやしない人間だから、女心や女性の身体については、よく知らないが、三月の温かい時分でも女性方は、手袋やブーツを身に着けるのだろうか、まぁ僕にとってはエロい事には変わりないから、それで良いのだが、遠く離れた柱から彼女をこっそり眺めている内に、僕はに気付いた。

 それは彼女が、一月二月とは変わり、二月ふたつきを経て、幾分も増して大人っぽく成っていた事だった。

僕はその魅力に魅了されているのは、日常茶飯事なのだが、確実に彼女は高校生等の器には収まらない程に、大人の女性として成長していた。

 僕はと言うと、大体自分でも理解していたが、僕は大人っぽい女性、僕よりも大人っぽい女性が好きみたいだった。

 そうして、僕はもう彼女に手が届かない様に成っていた事を確信した。

 僕はそんな遣る瀬無い様で、何処か誇らしげな気持ちで今日も彼女を見送った。



 三月の中旬、僕は彼女がまだ来ていないのを、辺りを見渡して確認した後に、自販機から缶コーヒーを買った。

僕が缶コーヒーを買う理由は、彼女に良い所を見せる為だ、要は恰好付けだ。

こんな苦いもん、普通なら飲んでらんないよ、しかしこれも彼女の為だ、僕は彼女が来たのを確認したのを見て、コーヒーを口に運んだ。

 苦い、控えめに言って、悶え苦しむほど、地面を転がり回るほどだ、後者は身体が汚れるので嫌だが、そんな風に僕は彼女に恰好付ける為に今日も湯気が出るコーヒーを飲んだ。

 僕は彼女を舐め回す様に見つめた――比喩表現が気持ちが悪いな、そうだな、僕は彼女を様に見た。

その内に、彼女は何時もの様に列車に乗り込んだ、僕は車窓に居る、彼女に目をやってから、彼女に手を振った。

 彼女はそれに気付いて、僕に手を振り返した、僕はコーヒーを飲み干して、彼女に手を振り返した。

 


 三月の下旬、とうとう明日には、春休みと成る学生にとっては最高な日に、僕も上機嫌で、コーヒーを買っていた。

ステイオンタブを弾き、茶色のコーヒーが飲み口に滲み出た、僕は相変わらず、苦いコーヒーを口に運んで、顔を顰めた。

 明日あすから、春休み、数行先でも言ったが、僕はこの様な休みを嫌煙していた、それは彼女と会えなくなるからだ。

 だけど、僕は彼女に顔を覚えられたし、彼女に会えないだろうが、彼女に顔を覚えられたと言う事実だけで、この短い様で、長い春休みを乗り切る事が出来る。

 だから、僕は特別何も寂しく無いのだ、今日も何時も通り彼女を見送ればいいのだ。

 僕はそんな途方も無い考えを考え終えてから、コーヒーを中旬の過ぎたの様に、飲み干して、彼女に手を振った。

彼女も僕も、特別笑顔であった。

 僕は満足気に、学校に行く為の列車を目視してから、僕は飲み干したコーヒー缶を、ゴミ箱に放り込んだ。



 四月の上旬、その日も何も変わっていなかった、特別では無かった、強いて言うなら、ほんの少しだった春休み明けというだけであった。

 僕は薄暗い1番線の廊下を渡り、ホームへの階段を上がった。

階段を上り終え、僕は春休み前の様に、自販機から缶コーヒーを買った。

 正直、もう温かい物など飲まなくても良い様な、温かい心地の良い、季節だが、僕はコーヒーを飲む、彼女の為に。

 僕は、定位置に着いて、透き通る程の純白の雲から差し込む、太陽の光をコーヒー缶で反射させて、彼女を待っていた。

今日も彼女が来たタイミングでコーヒーを飲もう、そんな暢気な事を考えながら、

しかし―――彼女は一向に温かい空気にまとわれたホームにやって来なかった。

 僕は何か全てを察した様な、悟った様な心地を感じ、震える眼でホームを見回して、静かにステイオンタブを弾いて、彼女に―――人々に聞こえない様に呟いた。

あまりにも何もかも―――」

「―――遅すぎたんだな」

 僕は目頭が熱くなるのを、その身を持って感じながら、缶コーヒーを口に運んだ。

缶コーヒーは、不思議と苦く無かった、どうやら今更、美味うまさを実感したみたいだった。

遅すぎるんだよ、全部全部、全部全部。

 

 僕は途方も無い後悔を浮かべながら、目元に涙をつ垂らした。

 


 缶コーヒーから、反射された光は、何時も彼女が居た、定位置を照らしていた。

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グラヴズとブーツ 要想健琉夫 @YOUSOU_KERUO

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