47話 決戦!

 放課後、視聴覚室の空気はひどく重たかった。


 プロジェクターの青白い光が、カーテンで遮られた部屋にただじんわりと滲み、そこに浮かび上がるのは、俺・成田・綾乃、そしてあっちの陣営――悠斗、麗奈、詩織。さらには司会進行役という名の裁定者、生徒指導の先生の影だった。


「……それでは始めましょうか」


 先生のひと言で、成田がノートPCを開く。彼の手にはUSBメモリ。そこに、俺たちの数日間の執念が詰まってる。


「まずは、二人三脚競技の映像だ。これを見てくれ」


 プロジェクターに映し出されたのは、例の映像。俺の視界にも焼きついて離れない、あの妨害の瞬間。


 スタートの合図と同時に、明らかに不自然な方向に動く麗奈の脚。そして、わざとらしい転倒の演技。何度見ても……腹立たしい。


「明らかに、彼女たちのほうが先に仕掛けてきてますよね。これ、AI生成映像ではありません。元のデータは残ってるし、メタ情報も正真正銘、当日のものだ」

「良く手に入れられたな……」

「まぁ、俺の人望って奴だ」


 そう言ってどや顔をするが、ここで空気が少しずつ変わる。


 成田が続いて取り出したのは、詩織のトークアプリのスクショだ。


「こちらが、体育倉庫の件に関するものです。詩織さんが、あらかじめ“あのタイミングで鍵を開けておくように”指示していたトーク履歴だな」

「それ、私が冗談で送っただけです」


 即答した。詩織の待ってましたと言わんばかりの、即レスだった。


「そのわりには、しっかり当日に実行されてますけど?」

「たまたまです。偶然という言葉、知ってます?」


 この女……用意してきてるな。完璧な言い逃れを……。先生が、テーブルに肘をついて口を開いた。


「……成田、ある程度わかってきた。でも、“悠斗くんが先に手を出した”という決定的な証拠はあるのかな?」


 その一言が、空気を一気に変えた。成田の手が、かすかに震えた。彼が一瞬、口を開こうとして……閉じる。


「……ありません。決定的と呼べるものは……」

「そうか。では、二人三脚の件については、麗奈さんと悠斗くんに注意をしておく。ただ、体育倉庫の件については判断材料が不十分なので、今回の件はここまでにしておこう」


 まるで、重力が唐突に解除されたようだった。先生が、ゆっくりと椅子から立ち上がり、ノートを閉じる。そのまま、視聴覚室の扉に向かって歩き出す。


 俺の喉の奥で、何かが固まった。飲み込めないまま、時間が止まったようだった。


「ま、二人三脚は俺たちの負けってことで、しゃーねぇわ。でも、体育倉庫の件はこっちの勝ち。……っつーか、そっちは証拠出せなかったってことは、そういうことでしょ? ま、次はもっとがんばれよ、正義の味方さんたち?」

「お兄さん……!」


 今にもキレそうになっている綾乃が立ち上がろうとするのを、俺は片手で制した。ムカついた。心底、ムカついた。でも、ここで食いついたら、俺たちは“負けを認めた”ことになる。


 だが、悠斗から手を出してという証拠がない限り、この状況は打破できない……。どうすればいい?


 そんな時だった。


「やっぱり、間に合いませんでしたのね? まったく、間が悪いったらありゃしませんわ」


 入ってきたのは、沙耶香だった。優雅な足取りで教室の中心に歩み寄り、右手でくるりと髪をいじりながら、笑う。


「でも、証拠は、ちゃんと持ってきておりますわ」


 その瞬間、全員の視線が一斉に彼女へと向いた。


「……え、なに? 証拠って、あの――」

「ええ、体育倉庫の件ですわ。城咲さんが謹慎処分になった、あれの真相を証明する動画」


 俺は、思わず立ち上がった。


「……持ってるって、本当か?」

「嘘ついてまであなた方の茶番に付き合う趣味はありませんもの。さあ、ご覧なさいな」


 沙耶香はスマホを取り出し、スクリーンに向けてミラーリングを開始する。モニターに浮かび上がったのは、放課後の体育館裏。かなり遠目ながらも、あの場の全景が映っていた。


 悠斗と、俺。そして――あの瞬間。


「これ、どう見ても……悠斗のほうから手を出してるよな」


 モニターに映る悠斗は、俺の肩を掴み、そして拳を振り上げ――明確に、暴力をふるっていた。それを見た麗奈が「や、やば……」と呟き、詩織は顔色をなくしてスクリーンから視線を逸らした。


「ち、ちょっと待てよ! これ、遠いし、画質も……あの、なんつーか、その……じゃれてただけっていうかさ! な? 玲司も、そういうノリあったじゃん!?」

「お前、それ本気で言ってんのか?明確にお前から俺に暴力振るってるよな? 誰がどう見てもそうだよな? はっきりしたらどうなんだ」

「ち、違……っ、俺は、そんなつもりじゃ――!」

「そんなつもりで人を殴るやつは、最初から人を殴ってんだよ!」


 俺の声が視聴覚室に響いた。鼓膜が痛くなるくらいの声量で、はっきりと。それまで余裕ぶっていた悠斗の顔が、青ざめていく。麗奈は椅子の上で縮こまり、詩織にいたっては手を震わせながらスマホを握りしめていた。


「さあ、先生。ご判断を……。城咲さんの謹慎処分、再考するに値すると思いませんこと?」


 沙耶香が、にこりと微笑んで先生を振り返る。その笑顔は優雅で、しかし冷酷だった。

 

 しばらくして先生は、ただ静かに頷いた。


「……確認させてもらった。これは確かに、明確な証拠だ。……3人とも、事情を詳しく聞かせてもらおうか」

「あ、え、あの、それは……」


 3人は顔を真っ青にしながら、言い訳をしようとする。この期に及んで醜いなこいつら……。


「……玲司、お前に無実の罪をかぶせてしまって、本当に、すまなかった」


 視聴覚室の空気が、音を立てて切り替わった気がした。先生が、深々と頭を下げる。机を越えて、床に届きそうなほど低く。


 俺は思わず目を見開いた。


「せ、先生……?」

「当時の証拠や状況から判断して、お前が手を出したと……だが、私は間違っていた。すまん」


 その背中は年齢よりずっと小さく見えて、逆に胸が痛んだ。


「……顔、上げてください。先生が謝るなんて、柄じゃないっすよ」

「それでも、謝らずにはいられなかったんだ。教師失格だな、私は」


 2人も、驚きながらも、どこかホッとしたように顔をほころばせていた。


 だが。


「ち、違うんだよ先生! オレ、本当にそんなつもりじゃ……ちょっと、あいつが挑発してきたから……その……!」

「そうです、先生! 玲司が勝手に近づいてきたんだってば! 動画とか角度の問題っていうか……えっと……その……」


 悠斗と麗奈が交互に醜い言い訳を繰り返す様子は、まるで敗北者のコントだった。かつて自信満々に俺を見下していた面影なんて、今ではひとかけらも残っていない。


「……」


 一方で、詩織は何も言わなかった。ただ俯き、涙をポタポタと落としていた。その静けさが逆に痛々しくて、俺は言葉を飲み込むしかなかった。


「お前らいくぞ」


 3人はただ静かに、先生の後ろをついて行く。それはまさに今から処刑されるんじゃないかと思うくらいの悲壮感だ。


 すると、沙耶香は「詩織さん」と言って、立ち止まらせる


「ご苦労様でしたわ、詩織さん」


 それは、まるで舞台の幕を下ろす合図のような声だった。その声に一瞬、詩織の足が止まり――そして、まるで脳内のパズルが一気に噛み合ったように、その瞳が見開かれた。


「ま、まさか……貴女が……!」


 沙耶香は扇子でも取り出しそうな仕草で、くるりと髪をかき上げる。


「まさかもなにも。貴女の“行動”がなければ、ここまで綺麗には崩れませんもの。感謝しておりますわよ?」

「白峰沙耶香……っ! お前を……絶対に許さないッ!!」


 詩織が断末魔のような叫びを上げて、先生に引きずられていく。沙耶香は微動だにせず、まるで演劇のラストシーンを見送る女王のように佇んでいた。


 静まり返った室内。そして俺たちは……ようやく、全てが終わったことを実感した。


「……長かったな」


 俺は思わず、床に座り込んだ。緊張がほどけて、膝が笑って立っていられなくなった。


「ふぅーっ、心臓止まるかと思った……まじで死ぬ五秒前だったわ」


 成田が笑いながら同じように座り込む。綾乃も、ゆっくりと床に腰を下ろし、深く息を吐いた。


「やっと、これで一段落……ですね」

「うん。いろいろあったけど、最後までやってよかった」


 視聴覚室の天井がやけに高く感じた。これがようやく勝ち取った“終わり”だ。


「……沙耶香」


 去ろうとする彼女の背中に声をかけた。凛としたその立ち姿は、まるで勝利のあとでもなお、孤高を貫く貴婦人のようだった。


「今回、ほんとに助かった。ありがとう。あの動画がなけりゃ、俺まだ『暴力生徒』のレッテル貼られたままだったよ」


 沙耶香は振り返ることなく、まるで風に髪をなびかせながら、ゆるやかに足を止めた。


「当然のことをしたまでですわ。……それに、私の見立てが間違っていたとしたら、あなたの人生が終わっていた。それくらいの覚悟はしていましたもの」

「そ、そうか。てか、そんだけ動いてくれたんだしさ、せめてお礼ぐらいさせて。ほら、ファミレスとか、スイーツとか……甘いの、好きだろ?」

「玲司さん、私はそういった“報酬”で動いたつもりはありませんの。甘いものも……“まあ、嫌いではありません”けれど」


 一瞬だけ、振り返ったその顔に、かすかな微笑。……これは、照れてるのか? いや、まさか、な?


「じゃあさ、また今度、何か困ってたら手伝うってことで」

「そのときに私が“困る”保証はありませんけど……ふふ、そうですね。ではそのとき、覚えていればお願いしてもいいですわ」

「覚えてるに決まってんだろ。恩を忘れるほど、俺も薄情じゃない」

「ふふ。ではまた」


 彼女はくるりと踵を返し、そのまま颯爽と歩き去っていった。どこまでも優雅で、まるで舞台の最後の一幕のように。


「やっぱりアイツ、気に食わねぇ」

「今の見せ場のあとにそれ言うの、お前くらいだよ……」


 呆れた表情で俺はそう呟く。

 

「ってことでだ。玲司、篠宮さん、今夜はファミレスで打ち上げしねぇ? 今日の勝利に乾杯といこうぜ!」

「賛成です」

「おっ、篠宮さんが珍しく乗り気! どうする?玲司も来るだろ?」

「当たり前だ」


 3人で顔を見合わせて、ふっと笑った。どこか、肩の荷が下りたような、そんな空気だった。


 俺たちは、視聴覚室の散らかった書類や椅子を手早く片付けてから、ファミレスへと急いだ。今だけは、この“終わり”に、ほんの少しの幸せを噛み締めながら――。


——— ——— ——— ———


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