聖×魔の代理契約~激しい聖女と優しい魔女がお互い代理になったら、最強の魔女と最高の聖女が誕生しました~

ケロ王

第1話 嫌われ魔女は聖女に間違われる

「はあ、今日の依頼も失敗かぁ……」


 シャルロットはため息をつきながらギルドから家に向かう道を歩いていた。今日の依頼はウルフの討伐。駆け出しの冒険者でも可能な仕事ということで紹介してもらったのだが、ウルフと正面から向き合った瞬間、怖くなって逃げ出してしまった。


「報酬は悪くないんだけどなぁ……」


 駆け出しでも可能とはいっても危険がある以上、報酬自体は悪くない。でも、それは成功すればの話。いつものように森で取った薬草をギルドに納品してわずかばかりのお金を得る生活は決して楽ではなかった。


「ポーションも売れないし……」


 ポーションを売って生計を立てたいのだが、魔女といわれて忌み嫌われる彼女が作ったものなど、誰も気味悪がって買ってくれない。それでしかたなく冒険者登録をしているのだが、割のいい討伐依頼は戦うのが怖くて一度も成功したことがなかった。


「うわっ!」「きゃっ!」


 トボトボと歩いていると、正面から走ってきた少女にぶつかってしまった。揃って尻餅をついた拍子にお互いの顔を見る。その少女は、どことなく自分に似ているように感じた。


「あ、あなた、その顔は……。はっ、ちょうどいいわ。しばらく匿ってちょうだい!」

「え、え、あっ!」


 少女は飛び起きるとシャルロットを置いて路地裏に消えてしまった。突然のことに戸惑っていると、彼女が走ってきた方向から男たちの声が聞こえた。


「いたぞ! 捕まえろ!」

「わっ、きゃっ!」


 中央の男の指示にしたがって、左右の男がシャルロットの腕を取る。やや強引に彼女を立ち上がらせると、左右でそれぞれの腕を拘束して逃げられないようにした。


「やっと捕まえましたよ。聖女アリス様。さあ、教会に戻りますからね! お前たち、しっかり捕まえておけよ!」

「「はっ!」」

「い、いや、人違いですよ! 私はシャルロット。聖女じゃなくて冒険者です!」


 彼女を連れて行こうとする男たちに人違いであることを訴える。だが、中央の男は何も言わずに肩をすくめるだけだった。


「やれやれ、その手は通用しませんよ。俺だってバカじゃないんですから。同じ手には二度と引っかかりませんからね!」

「いや、ホントですって。ほら、冒険者証だってあるんですから! これでどうです?」


 片手だけ何とか振り払って、ベルトポーチの中から冒険者証を取り出す。写真などはないから身分証明としては心許ないが、身元を証明する大事なものだ。


「やれやれ、同じ手には二度と引っかからないって言ったでしょう? わざわざ偽名まで使って冒険者登録するなんて。それが通るとでも思ったんですか?」


 神官は冒険者証を奪い取るとポイっと投げ捨てた。


 その後もシャルロットは、あの手この手で人違いであると訴えたが、全て「同じ手には二度と――」と言われた。万策尽きた彼女が抵抗をあきらめると、中央の男が勝ち誇ったように笑う。


「ふふふ。ついに、ついにっ。聖女アリス様に勝利しました! さぁ、帰りますよ!」


 シャルロットは祈るようにして、聖女アリスであろう少女が消えていった路地裏の方を見る。そこには謝罪するように両手を顔の前で合わせたアリスが立っていた。


「あ、あそこに聖女様が!」

「だから、同じ手には二度と引っかからないといったでしょう? そう言って注意を逸らして逃げようったって、そうはいきませんからね。さぁ、早く行きますよ!」

「いやいや、いるって。そこに。ちょっとくらい見てもいいじゃない? ねえ!」


 必死の抵抗もむなしく、シャルロットは聖女アリスとして教会へと引きずられていった。



 教会へと連れてこられたシャルロットは大勢の神官に出迎えられた。かつては人望が厚い聖女に憧れ、できるなら聖女に生まれたかったと思うこともある。だが、今のこれは話が違う。


「アリス様だ。アリス様が帰って来られたぞ! 大至急、準備をするんだ!」


 彼らの先頭に立つ神官長が大声で指示を出す。神官たちが左右に分かれて彼女の進む道を作っている。もっとも、神官たちは揃って腰を落として両手を広げているため、歓迎というよりは逃走防止の意味合いが強いように見えた。


「あのっ、私、アリスじゃないんです! シャルロットっていう別人なんです! わかりますよね?」


 ダメもとで作られた道の入口に立つ神官長に訴える。似ているとはいえ、よく見れば全く違う顔つき。ちゃんと見てくれれば間違えるはずがない。神官長はシャルロットの顔をまじまじと見つめる。


「まったく、その手には引っかかりませんよ。あなたは間違いなく聖女様ですじゃ。ワシの目に狂いはありませんのじゃ」


 明らかに目が、そうでなければ頭が狂っている。そう言いかけて、シャルロットは言葉を呑み込んだ。さすがに敵か味方かもわからない男たちに囲まれている状況で、喧嘩を売るようなマネはできない。


「では聖女様。これから入浴でございます」


 奥の部屋に連れて行かれ、そこで侍女に引き渡される。侍女長と思しき老女と、若い四名の侍女。彼らは揃ってお辞儀をすると、シャルロットの身柄を神官から受け取る。両腕をがっちりと押さえられるという厳重さはそのままで。


「あの、私、聖女様じゃないんです! よく見てください、別人ですよね?」


 同じ女性ならばと、侍女長に訴えかける。侍女長はメガネの位置を動かしながらシャルロットの顔をまじまじと見つめる。


「ふむ、いつものですかね。最近、目が悪くて困っている私でございますが、私の目には聖女様にしか見えませんね」

「そんな! 他の方は、そう思わないですか? 見てください!」

「無駄ですよ。催眠術にかけて拘束を解こうとしても。侍女たちには聖女様の目は絶対に見ないように言い聞かせておりますから」


 アリスが過去に何をやってきたかは、神官から逃げようとした時に全て出尽くしたわけではないことに思わずため息が漏れる。


「さあ、やっておしまい!」

「「「「ラジャー!」」」」


 そう言って、侍女たちはシャルロットの服をあっという間に脱がし、四人がかりで両手両足を掴み持ち上げる。


「「「「せーのっ!」」」」


 掛け声と共に、シャルロットの身体は湯船の中に沈んでいく。温かいお湯が身体に染み渡り、これまでの緊張がほぐれていく。


「はふぅ……」


 しかし、ゆっくりする暇もなく浴槽から引き上げられた。状況に付いていけず呆然としたまま、体を拭かれて聖女らしい服装に着替えさせられる。


「はい、ご苦労様でした」


 着替えが済んだタイミングで神官長を先頭に、数名の神官が入ってきた。


「ふむ、まあいいでしょう。聖女様、信者の方の前では笑顔でお願いします。くれぐれも不貞腐れたり、頬を膨らませたりしないでください」


 神官二人が左右で抑えつつ、もう一人の神官が注意事項を説明する。一通り説明が終わったところで、神官長を先頭に集会所へと向かう。そこには、聖女に会おうと大勢の信者が訪れていた。

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