第21話 vs魔王幹部バッガロウ! はじめてのともだち!


 アルファの眼前に立ちはだかる異形の魁偉かいい。岩石と類似する顔面と皮膚は、影のように漆黒の泥濘に沈む。さながら光を吸い込む彫刻のような外見。ゴリゴリの筋岩隆々ロックマッチョ体型は、岩石質の筋肉が動くたび岩と岩がぶつかるような激発の音を立てている。バッガロウは身の丈を越す大剣を抜いて構える。正眼。いかにも武術の心得有りのご様子。

 アルファは徒手空拳のまま構えを取った。魔力あるならば武具は不要。

 両者破顔。頬の岩筋が“ゴロリ”と音を立てた瞬間、疾走旋風、両者一撃で仕留めにかかる。


 一秒目。アルファの突撃。バッガロウの斬りおろしを半歩分のすり足で間一髪の回避。斬風で頬が切られる。懐に飛び込み、浅葱色の魔力が右肘に充填。浸透打突、岩を砕けず、肋骨とはらわたを切り裂く。バッガロウの嗚咽、動きが鈍る。


(グッ!? 何をされた! 浅葱色……浸透魔力ともう一つある! 断ち切られた感覚からと見た! 肋骨全本と内臓半分を破壊されたか。──で? 


 アルファの右裏拳、左拳、右掌底の浸透連打。バッガロウの腹筋と五臓六腑は爆裂する。全ては一秒以内の出来事。バッガロウの口角が釣り上がり、白い歯に赤い血が滲む。


 二秒目。漆黒の炯眼がジグザグに迸り、大剣を手放して拳闘の構え。アゴ狙いの膝打ち上げ。音速激突。青年は首をひねって衝撃を逃がした。それでも多少は脳が揺れる。音の衝撃波でアルファの両手が降参したように舞い上がる。


(おいおい骨肉臓こつにくぞうぶっ壊れてこの動きは反則だろ化け物か……!!)


 三秒目。大剣の先端が地に突き立つと同時、漆黒が音の壁を打ち叩く。脇腹狙いの拳打。それにアルファは諸手もろてを突き下ろす。跳び箱の要領で拳岩を股の下に通し、脳が揺れるままに天地逆転、半身旋回、頭部蹴撃。


「復活────《リ・ボーン》────」


 切断浸透魔力、バッガロウの頭蓋を両断して脳髄を切り裂く。刹那、絶命したはずのバッガロウは詠唱破棄、足元に土色の魔法陣が展開、大地の活力を得て損壊箇所を瞬間全快、たたらを踏んで復活を遂げる。アルファは蹴り飛ばした衝撃を利用して空中旋回、バッガロウの後方に着地。自らの頭に浸透魔力を流して脳震盪を鎮める。


(土魔法か? 体内魔力が具現or構築に変化したはずだ。錬金協会によれば、構築は魔力密度が高いとされるため浸透魔力が通りやすくなるが、魔力硬度も高くなるため切断は通りづらくなったはず。衝撃より斬撃を警戒したか)


 四秒目。アルファの疾走跳躍。バッガロウは振り返りざまに剣を抜き放って水平斬り、かつ剣を手放して慣性拒否、旋回静止。だんびらの上を一歩駆け跳んだアルファの左つま先が敵アゴを捉えんとする。が、それを読んでいたのか反射神経が並外れているのか、バッガロウの左手が靴の先端を握りつぶした。咄嗟に足を引いて靴を脱いでいたアルファは、左足の示指が折れたことを痛感。バッガロウの攻撃前兆を把握した直前、アルファは敵の足元を睨んで一言。


「────《ファイアボール》────」

「!」


 バッガロウは下方確認。魔法陣は展開されない。ブラフである。頭上の敵を睨み上げる。視線の上げ下げで数瞬を稼がれた。面白い。


 五秒目。空を駆け跳んでいたアルファが空中で止まれるはずもなく、視線一致、このままでは額と額が激突する。互いに首を引いて歯を食いしばり、頭突き、激発。人体の激突とは思えない破裂音が響き渡る。


 腕に覚えのある観戦者は察する。もし数瞬前のブラフがなければ、今頃バッガロウの豪腕が、アルファの首から上を殴り飛ばしていたことだろう。


 しかして人の皮と岩の皮は当然、人の皮に切り傷を打ち刻む。噴血と同時、アルファの双掌底、浸透切断魔力が、敵の左胸奥と右肩奥に届く。心臓裂傷、右の肩甲骨を両断。バッガロウの右上半身は死んだ。バッガロウの左豪腕が奮われる。着地と同時に三角飛びしたアルファは地を転がって回避。豪腕が激突した地面は爆砕、土草が噴いて風圧に散る。すかさずバッガロウの足が地を抉って追跡。アルファは転びながらスムーズに起き上がって位置を調整、迎撃の構え。


 睨み合う。視線がぶつかり合う。お互い強者以外に眼中なし。ガンをつけ合う。


 六秒目。距離を詰めたバッガロウの左拳が廻し出る。空間うねる一撃。音の壁に届かんとする。届こうとするだけで突破はできない。半身が死んだことで速度が低下。それでも人ひとりの胴体に風穴をくり抜くには十分な威力。アルファは後退しつつ、受け流すための両手をかざした。浅葱色の魔力が発光する。


 激発。諸手に込めた浸透切断魔力、敵左拳の骨肉を断裂。諸手に受けた敵爆打、受け流しきれず、鼻骨に自らの裏拳と手首が激突、顔面粉砕震撼、吹き飛ばされる体、背中を地面に激突して一回転、廻る視界、あるものを捉えきれず、前身が地面激突、二回転目、目標物の残像を捉えて地面激突、激しく地を転がった先に突き立つを掴み取った。


『!!』


 九秒目。バッガロウが斬り払いと同時に手放したことで飛んでいった大剣。それはバッガロウの死角となる位置にあった。死角とはアルファの体である。しかし2m弱の体で、3mの目を死角とするには不足気味。だからこそ見つめてきたのだろう。こちらに目を離さなかった。だからこそバッガロウも目を離せなかった。ガンのつけ合いはこの時のために。


 大剣の柄を掴んだアルファは、後ろに流れる体の勢いを力尽くで圧し殺す。腕の筋肉がミシミシと悲鳴を上げた。鼻血を拭って二つの眼光、垂直に昇り敵を見据える。刃渡り3mの鉄塊じみた大剣。振り回すほどの膂力をアルファは持たない。だが物は使いよう。テコの原理。柄を肩に乗せて刀身を持ち上げる。


(浸透魔力に切断魔力を乗せる……今度はその逆をやる。切断魔力に浸透魔力を乗せて大剣に流す!)


 アルファの両腕に揺らめく魔力。手で握り隠す柄に切り傷が付く代わり、大剣に切断浸透魔力が流される。浸透性質によって、大剣の内部奥深くまで切断魔力が宿った。大剣内部に魔力が宿るため、大剣の外観に変化は生じない。大剣が浅葱色の魔力を帯びることはない。しかしバッガロウの炯眼は、アルファの両腕に生じたわずかな魔力操作の変化を見逃さなかった。


(む? 奴の身を包む浅葱色の濃淡が表裏反転した……深い色が内側へ、浅い色が外側へ……どういうことだ。浸透からの切断を、切断からの浸透にした? それで何を……)


 十三秒目。アルファは大剣を肩に乗せたまま疾走開始。バッガロウは待ち構える。相対距離5mの地点でアルファは回転、大剣を振り上げた。そのまま接近して大剣はバッガロウの下から切り上げられるものと思いきや、両手からすっぽ抜けた大剣は宙を舞う。否、わざと手放した。意図して空中に放った。すかさずアルファは両手を振り下ろす。雑草生い茂る地面に向かい、手のひらを叩きつけるようにまんべんなく接地。両腕に帯びる浅葱色の魔力が脈動する。


 バッガロウは目を見開いて悟った。アルファは浸透切断魔力を地面に流した。風に揺れる雑草に変化はない。浸透到達地点まで切断の効果は現れない。一瞬で閃いた回避方法は二択。右半身を完全に捨てるため左足だけ地面から離すか、宙を舞う大剣の軌道から逸れるように横へ跳び上がるか。空中は無防備だ。考える暇は一秒たりともない。直感に従って左足を上げ────否、直感に逆らって跳び上がった。直感叛逆理由は一つしかない。アルファが相手の心を探るような真っ直ぐな瞳で、バッガロウの炯眼を見据えていたからだ。


 アルファは地面から手を離して駆け出す。全力疾走。向かう先は大剣の直下。足のバネを利かせて旋回跳躍。中を回る大剣の柄を掴み取り、大剣に宿らせた魔力を解き放つ。


(魔力解放────《飛斬》────ッ!)


 アルファは大剣を切り払った。虚空を断つ一斬、弧を描く軌道に沿って浅葱色の魔力が飛散する。


(魔力放射! 切断によるか! だが推進系の魔力なくして飛距離は稼げんぞ!)


 その通り。飛翔する三日月型の切断魔力は、バッガロウの手前で雲散霧消した。大剣に流されてアルファの体が引っ張り回される。その力を利用してもう一回。咆哮を上げて大剣を奮い投げた。


「オォラァッ!!」


 バッガロウは防御姿勢に移ろうとした途端、全身に散弾のような打撃を喰らって硬直。散弾打撃自体のダメージはゼロに等しいが、ふしぎと打撃力は体内まで浸透していき、今まで蓄積したダメージが刺激される。粉砕した五臓六腑や骨身にしみる。激痛で手足が鈍る。防御姿勢に移れない。理由を直感。次の一撃をモロに受けると覚悟。


(狙いは飛ぶ斬撃ではなく、透明の呪縛!)


 切断魔力は鋭性が高い。浸透魔力は鈍性が高いため推進力が著しく低い。つまり魔力放射速度の点において、浸透魔力より切断魔力の方が速い。例えるなら、浸透魔力の放射はカメの鈍足に等しく、切断魔力の放射はナイフの散弾だ。つまり切断魔力は、たしかに目の前で雲散霧消としたが、そこには透明な浸透魔力がゆっくりと飛散していた。それをバッガロウは全身に浴びた。浴びたことで数瞬の硬直を稼がれた。つまり濃淡反転理由は、だった。のだ。


 アルファの咆哮投擲。飛来する旋回大剣。バッガロウの脇腹に突き刺さる。切断浸透魔力による一撃だ。次の瞬間には大剣の斬撃力が強化されて岩肌を切り裂き貫通、命中箇所から切断魔力が浸透することで傷口を染み渡るように切り広げていく。まばたきのあとには肉を裂いて骨を裂いて内蔵を裂いて、大剣の刀身よりも大きな風穴が作られた。大剣貫通。バッガロウより先に地面に突き刺さり、地面に切断魔力が浸透、バッガロウが着地する地面が切り刻まれて脆くなる。


 バッガロウの着地。脆い草地に片膝を敷く。脇腹を切り開かれたことで胴体が傾く。刹那、接地する膝と指先が切断された。先ほどアルファが地面に流していた浸透切断魔力は、まさしくバッガロウの着地地点を予想して流されていた。


(なんたる……恐ろしい男だ…………面白い────!!)


 喜々として立ち上がるバッガロウは咆哮をブチ上げる。音圧、周囲の粒子を吹き飛ばす。それは魔力や大剣すら吹き飛ばす一喝。着地したアルファは飛んできた大剣を掴み──それはと理解──肩に回して次の手を瞬発考案。先手を譲るまいとするバッガロウの片足、脆い土草を抉り、吶喊突貫跳躍。ロケットのように頭突きを見舞いに行く。

 大剣を盾のように突き立たせたアルファは、柄の上に跳び上がると同時、バッガロウの頭突きが大剣に激突、刀身を中央から粉砕、鉄塊の飛沫が散弾のように跳ね飛ぶ。アルファの全身に突き刺さる鉄塊の破片。同時にバッガロウの頭皮と頭蓋が切り刻まれた。既に大剣には切断魔力が流し込まれていた。


 地を抉るバッガロウの片足。割れた左拳が奮われる。豪腕一閃。空中で身を回すアルファ、魔力を乗せた右手を繰り出す。敵の左裏拳を掌底一打で受け流す。軽く触れただけでバッガロウの左拳は断割、血しぶき。すかさずアルファの蹴撃、ついにバッガロウの後ろ首を捉える。浸透、頚椎切断。喉も潰した。身体操作と詠唱はこれで不可能となった。


「コルト! 蘇生準備!」


 アルファはトドメの一撃を繰り出す。今度こそ脳髄を切断する。喉を潰したことで詠唱破棄すらできまい。確実に殺す。


 次の瞬間、バッガロウの右腕が奮われた。アルファは驚愕、目を見開く。右の肩甲骨は破壊したはずだ。右半身を動かせるわけがない。そもそも頚椎を砕いた。ならば根性で右腕だけ奮ったのか。とんだ博打である。となれば肩甲骨はどのようにして動かしたのか。変容魔力か。しかし蘇生魔法で魔力は変化したはず。考察のいとまはない。思考の猶予もない。迫る死。豪腕一閃、アルファの両腕を複雑骨折、腕の合間を抜けて胴体命中、肋骨全壊、胸筋破裂、心臓圧迫────アルファの肉体、ボロ雑巾のように地を転がった。


「────、────────、────」


 まばたき一回。青空が霞む。あれから何秒が過ぎたのだろうか。まだ息はある。死んではいない。何かが聴こえる。鼓膜も壊れたようだ。もしや詠唱だろうか。喉は潰したはず。まさか自分がやられてしまったことで、街の人々がルールを破って戦争を始めてしまったのか。双方が満足行くまで闘争したあとは、お互いに回復魔法や蘇生魔法を掛け合うことで、親善試合のようにしろと言いたかったのだが、このぶんだと伝えられそうにない。しかし戦争のような激動は聞こえてこない。剣戟や喊声の気配は感じない。ならば可能性はひとつ。平和的解決を模索しているのだろう。ならばあとは信じるのみ。そしてアルファは、はたと思い出す。


(あぁ、やっべ、そうだった……シャドウトロールは再生能力を持つんだっけ……魔力術法の勉強を優先してたから、まだ魔物大全はペラペラめくった程度だったんだよなぁ……すっかり頭から抜け落ちてた……これだから俺は、四則演算ができなくて因数分解ができる男、とか言われちまうんだ……ほんと基本がなってねぇ……応用はできるが実践不可……笑えねえチグハグな野郎だぜ……)


 勉強の時間が足りなかったから仕方がない、とは言いたくない。準備不足で負けるのは戦略上道理だが、忘却のうちに遅れを取るのは最高に悔しい。もっと悔しいことは、再生能力について覚えていても勝ち筋が薄いことだ。再生能力の具体的な詳細を知らない上、まだ自分の戦法スタイルは確立していない。次に戦う時までには完成させてリベンジしたい。


 アルファの肉体の感覚が徐々に取り戻される。よろめいて起き上がる。ふらふらと立ち上がる。それだけでやっと。前が霞んで見えない。


「────────、────」


 聴こえる声は、会話というよりも滔々としていた。詠唱である。喉も回復したか。おそらくシャドウトロールの再生速度は、十秒から十五秒で損傷箇所を一つ回復できる程度。ならば十秒ほど気を失っていたのか。既に二十秒経過。重要箇所を集中選択して再生できるなら、既に頚椎も回復しているはず。手足を除けば五体満足のはずだ。敗色濃厚である。


「────伝えろ。また来る」


 何を。次は勝つ。

 黒い影が立ち去る。大きな異形の集団が離れていく。どうやら街の平和は守れたようだ。アルファは笑うと、後ろに身を倒した。苦悶のうちに意識が遠のく。


          「サンキューな……」

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