第2話 因果応報・初死貫徹


「おっとなぜ笑わない会心のギャグだぞ? その駄女神をもらってやってグレープフルーツ!」

「あ、ごめんなさい。断固拒否しマスカット」

「なんで振った相手から振られなきゃいけないんですかァアアア!?」


 頭をかきむしってギャースと喚きながら地面に大の字、地団駄を踏む頭のおかしい女神はさておき。ようやくまともそうな人物が現れた。登場する時はふざけたダジャレを言っていたが、アルファはひと目で見抜く。この仮面紳士は只者ではない。


「所感で無礼を失礼。お前が俺を連れてきたのか?」

「────」


 仮面紳士は、顔の上半分に仮面を付けて目元を隠しているため表情こそ分からないが、口をあんぐりと開けて放心していた。両手を挙げて倒れそうになるなど、半ば過剰な演技大げさなリアクションも入っているが、もう半分の事実として、言葉も出ないほど驚いている。


「……フッ! フハハハハハハハハハ! 驚いた! ここまで優秀・有能・有望の三拍子が揃った万能賢者とは! もしやエスパーなのか!? ──ご名答! 死んでもいない人間を転生の座に連れてくることは本来御法度すなわち魔法違反だが、我が野望のためには神々の魔の法律なんて破っちゃうもんねー!」

「えぇえええええ!? ちょっとダーレス、あなたの仕業だったのぉ!? なにしてくれちゃってんですかぁああ!?」

「かしましいコルトシア! 今から我が計画を語り聞かせてやろう!」


 アルファは三本の指を提示する。


「三つのビックリマーク以内でお願いします」


 アルファから発言回数を強制された仮面紳士はコホンと咳払い。先ほどまで女神が座っていた椅子に座って片あぐらをかく。


「あーそれ私の玉座ー! 勝手に座るなー!」

「わぁたくしこの駄女神をいじめたいいびりたいいやしめたい! わぁたくし魔王討伐のために優秀な人材を捜していたらとんでもない少年を発見! 死人ではないけどとりあえず召喚してみたもしバレても駄女神が罰せられるように根回し仕込み済みついでに駄女神の席を奪いたいなぜかというと足で働く営業マンは疲れたそろそろオフィス仕事したい一人の空間が欲しいというわけでさぁいってらっしゃい見てらっしゃい異世界転生スローライフワールドへ!」

「そんな横暴が許されると思っているんですかぁあああー!?」


 仮面紳士が指パッチンすると、宇宙の足元に巨大な魔法陣が旋回展開。魔法陣から立ち昇る黄金の粒子に導かれて、アルファと駄女神の体が浮上していく。咄嗟にアルファが突っ込んだ。


「おい俺まだチートもらってないぞ。この駄女神とやらはせいぜい☆2アンコモンだろ? ☆EXチートくれ☆EXチート。例えば俺が何回死んでも蘇生できる権利とか」

「フハッハーいいだろう! ご迷惑おかけしているので、そのくらいは請け負ってやるとも! それでもまだお釣りが来るくらいだが、まぁ釣り銭は取っておけ! どこかで役に立つかもしれん!」

「ちょっと待てェエエ! なに勝手に話を進めてんだぁああー!!」

「決まりだな。んじゃ、第二の人生を始めますか~」

「堂に入っているな。やはり私の見込みに間違いはなさそうだ! さぁゆけイレギュラー! 世界をおもしろおかしく変えてやれ!」

「だから待てェエエエエエ! ダーレスこんなことして許されると思うなコノヤローォオオオオオ!!」


 次元転送は一瞬で済まされた。


 朝の日差しが眩しい。わた雲ただよう青い空は遠大だ。小鳥のさえずり。森林に拓かれた街道に立っていた少年は、街道の左側に城郭都市を遠望。傍らで絶叫の余韻を喚いていた少女は、ヘタリと座り込んで絶望する。


「どしたの? さっきの場所に帰りたいなら帰ればいいじゃん。あんた女神なんだろ」

「……チートアイテム扱いで転送された……帰りたくても魔法術式がエラーを起こして帰れない……」

「ご愁傷様です」

「…………」


 返事はない。ただの生きた屍のようだ。そんなものに用はない。


「よーし! やるかー!」


 背伸びしたアルファは、あくびをしながら出発する。新たな冒険、新たな人生、新たな娯楽の始まりだ! まずは城郭都市に向かい、地元の存在と会話して言語が通じるかどうか確認、無一文のため働ける場所を探す。ただし今のアルファはこの世界について何も知らない。つまり世間知らずにもほどがあるため、なんらかのブラック企業に捕まる恐れもある。その場合は、周囲にちょうどいい森林が広がっている。飢えを凌ぎたいなら森の中で食糧を調達するのも一つの手だろう。動物の毛皮がどれほど高く売れるのか、そもそも狩っていいのかは知らないが、それも街で確認すれば良いだけのこと。


 アルファは森林の街道を抜けて大平原に出る。ベージュ色に近い砂道の案内に従って歩き続ける。すると後方から、かしましい女神の絶叫が大きくなってきた。だだだだっと足音が迫る。


「ちょっと待ってぇええええー!! なぁーに置いてってんですかぁああああああー!?」

「あぁ? 俺は着の身着のままで転生したかったんだよ。お前お荷物だから帰れ」

「帰りたくても帰れないんですよぉおおおお! 助けてよぉおおお! こんな世界に居たら私、何もできなくて死んじゃいますぅううう! お腹すいたぁ! 喉渇いたぁ! ホログラムデバイスが欲しいぃ! 友達とチャットしたいゲームしたいネットサーフィンしたい動画見たい音楽聴きたいぃいいい!」

「割と俗な生活してんだな神様って。お前ら人間そっくりの見た目だし、元は人間だったりする?」


 しかし女神の言うことも一理ある。アルファも22世紀の人間だ。ゲーム・アニメ・音楽といった娯楽のない時代・世界は考えられない。突としてアルファは天に叫ぶ。


「なー! 仮面紳士のダーレスだっけ? 俺のお釣りを使ってさー! 俺の世界のゲームとか音楽とか持ってこられないか、作れないか、ちょっと考えといてくれ! 細かいところは、次そっち行ったとき相談するからさー。どうやったら行けるか知らないけどー」

「!!」


 女神は救世主を見るような瞳で両手を結び、アルファに尊敬の眼差しを向ける。


「アルファさん……今すぐ死んでください!!」

「なんでぇ~?!」

「死んだらまたさっきの場所に行けるんですぅ! そこでダーレスと相談してお釣りを使ってゲームをぉおおお! せめてホログラムデバイスをぉおおおおお!」

「あ、そうなの。かといって自殺するのはシンプルに嫌だな……どうせ厳しい世界だったらすぐ死ぬし、一回餓死前提で食料を備蓄するつもりでいるから、まぁそんときな」

「うわぁあああああ! 一日もホロデバができない生活なんて考えられないぃいいいいい!!」


 どうやらスマホ依存症もといホロデバ依存症のようだ。駄女神と呼ばれる所以が予想できた気がする。


「お前、まさかゲームばっかやって仕事おろそかにしてないよな?」

「ギクッ」


 アルファは鼻で笑って先を行く。すかさず駄女神は跳躍し、アルファの服の裾を掴んだ。振り返るアルファの顔面に、ぎょろりと目玉を向けて威圧する。


「なに?」

「ゲームして何が悪いんですかぁあああああ! ゲームは私の人生なんですよぉおおおお!?」

って。おまえ神だろ」


 アルファは裾を掴んでくる小さなおててに対し、痛みを残さない手刀で撃ち落として先へ進む。


「なんでそんなことするのぉおおお! なんで置いてくのぉおお! 口説いたじゃん! 私が欲しかったってことじゃないのォオオ!?」

「たしかにスタイルはいいが、人格が受け付けない。生理的にムリ」


 女神は筆舌に尽くしがたい断末魔を上げる。女神の美貌にほだされない人間なんて存在していいのか、いや、ダメだ。というかこれではまるで女神が、のように見えないか。それは由々しき事態だ。なんか恥ずかしい。これは天罰に値する。


「────弾劾だんがいの刻章。ほむら揺らめく熾天してんわだち

「ん?」

「断て、うがて、魔を滅せ。天鯨てんげいかみ哭衝こくしょうを上げる」

「ん~……」


 アルファはクラウチングスタートを切って全力疾走を開始。たしか神々は“魔法”というワードを使っていた。つまりこれは“詠唱”というものか。気のせいでなければ背後から殺気を感じる。間違いでなければ疑いようのない死の予感がする。どのくらい逃げれば良いのか分からないため、とにかく死に物狂いで大平原を駆け抜ける。


「欠落せよ、増幅せよ、零れ出よ、擦れ違え。遥かなる無窮のすめらぎよ、星霊きたりて冥府を仰ぐ。土割侵衝どかつしんしょう・苦悶大河。九つにならべ、鋼の雷鎚らいつい────」


 青空が曇天に陰る。雷鳴轟く大平原に雨脚が強まり暴風が吹き荒れる。


「嵐よ────《ディバイドスラッシュ・サンダーボルト》────ォオオッ!!」


 瞬閃、爆雷、轟音波。アルファの意識は寸断され、まばたき一回と呼吸ひとつのあと、気づけば宇宙の椅子に座っていた。眼前の椅子にはダーレスが足を組んで両手を結んでおり、懸命に笑いをこらえている。


          「ッ……プフッ……、────おかえり☆」

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