二人の夜
夜の帳が下りて、静かな闇が満ちていく。
魔法で熾した焚き火を囲みなから、フランは杖を手に取った。
「……フランドール?」
怪訝そうなクルーエルを無視して、呪文を唱える。
【火よ、熾れ】
しゅぼ、と紅蓮の火が杖先に生まれた。
物心ついた頃から続けている、いつもの練習だ。
「それは……」
「ただのルーチンよ。やらないと落ち着かないってだけ」
しゅ、と火が消えた。
もう一度。火を灯しながら、体内を巡るマナと対話する。そうそう、いい感じ。あ、そこはちょっとズレた。
そうやって、オドとマナの流れを整えていく。
【火よ、熾れ】
しゅぼ。
「……なんかこうしてると、ちょっと思い出しちゃうな」
「何を?」
「あんたと初めて会ったときのこと」
今日みたいな、天高く月が昇る夜だった。
今でも、昨日のことのように思い出せる。
藪の中から現れた少女を見て、フランは初め、精霊みたいだと思ったのだ。
白くて綺麗で儚い、雪の精みたいだと。
実際は、そんないいものじゃなかったけど。
上からだし口は減らないし変なとこ真面目で融通効かないし、いきなり……キスとか、してくるし。
「そうね」
「捻くれ者が、めずらしく素直じゃない」
「お互い様でしょう」
「……かもね」
フランだって、自分が素直じゃないことくらいは自覚しているのだ。一応は。
認めたくないけど、わたしたちは、少しだけ似ている。
【火よ、熾れ】
しゅぼ。
「あのときも、あなたはその魔法を唱えていたわ」
「は? 見てたの? 覗き?」
「偶然、たまたま見えただけ」
「そういえばあんた、あんな夜更けにどこ行くつもりだったの?」
「さあ」
さあ、って。まあいいけど。
「偶然、目に入って。それで、どうしても気になったから近づいた。すごく綺麗だったから」
「──はぁ⁉︎」
「あなたの魔法が」
「あ……ああ。そ、そう、魔法。魔法ね」
そっちか。じゃなくて。
「なによそれ、新手の嫌味?」
「本心よ」
独白のように言う。
「あんなに淀みのない魔法、生まれて初めて見た。初めて、誰かに負けたと思った」
着火魔法の術式が乱れて、杖先でパン! と火花が弾けた。
「あなたの魔法は、とても綺麗だと思う。昔も、もちろん今も」
「……あ、あぁ、そう……当然よね……」
やばい。
やばいやばいまずいやばい。
だって、嬉しい。
絶対に認めたくないけど、クルーエルに魔法を褒められるのは、無性に嬉しかった。
ずっと重ねてきた努力に初めて気づいたのがこいつなんて、本当にムカつくけど。
気を抜くとニヤけてしまいそうだ。
意識を逸らすため、フランは詠唱を繰り返した。
【火よ、熾れ】
しゅぼ。
──あ、今の。
フランは思わず、クルーエルのほうを見た。
クルーエルもまた、フランを見ていた。
「ねえ、見た? 今の」
「ええ。完璧だったわね」
だから、なんでわかるの。
わかるのか。わかるんだろうな。だって、クルーエルだから。
わたしが認めた、たった一人だから。
ああ、もう駄目だ。
口元のにやけが隠せない。
フランは勢いよく立ち上がって、強引に宣言した。
「そ、そろそろ寝るわよ!」
「もう?」
「うるさい! 早寝早起きが体調管理の基本なのっ」
逃げるようにキャンプに飛び込んで、寝袋に包まる。
そのまま、フランは固く目を閉じた。早く朝になれ、と願いながら。
やけに早い心臓の鼓動が、背後で眠る彼女に聞こえないことを祈りながら。
†
翌朝、洞窟の前を訪ねると、見事に一匹の
成功だ。
「ごめんなさい、苦しかったでしょう」
クルーエルが、よく冷やした薬液を薄水色をした雪兎の体毛に回しかける。
自由を取り戻した
その隙を突いて、クルーエルは鳥籠型の檻で
「少しだけ、我慢してね。すぐに放してあげるから」
指先に魔力の氷を作り出して、鼻先に差し出す。
なにこの可愛い生き物。思わず、クルーエルと顔を見合わせる。
「フラン。この子、撫でても平気だと思う?」
「大丈夫じゃない? わ、耳ぴくってした。ぴくって」
「本当に大丈夫? 嫌がらない?」
「いいから、もっと氷出しなさいよ。わたしも食べさせたい」
鳥籠の形をした檻は、魔力を帯びた特殊な金属で出来ている。魔法属にとっては、快適な環境であるらしい。
「それにしても」
檻を持ち上げたクルーエルが、周囲の雪景色を見て、ふと思い出したように言った。
「この一帯だけ、どうしてこんなことになっているのかしら。不思議ね」
「今さら? あのね、こういう特殊な環境の原因は、地脈のマナが偏ってるせいって相場が決まってんのよ」
「地脈……」
クルーエルが足元を見下ろした。
「妙ね」
「そりゃ妙でしょ。地脈が狂うなんて滅多にないし」
「そうじゃない。地脈の乱れなんて、感じないと言ってるの」
「え?」
フランは周囲を見回した。
この一帯だけ、季節が止まったような雪景色だ。
これで地脈が正常? そんなわけ。
しゃがみ込んで、雪の中に手を差し入れる。
「………………本当だ。地脈のバランスは崩れてない」
「他に考えられる原因は?」
「わかんない。禁忌級の魔道具が埋まってるとか、過去の大魔法の痕跡とか……あとは……」
背筋にうすら寒いものを感じながら、フランは続く可能性を口にした。
「ヤバい魔物が、周囲の環境をコントロールしてるか」
その直後だった。
クルーエルの抱えた檻の中で、
それが呼水になったように、雪の中からぽこぽこと
「キュイイイイ!」「キュイイイイ!」「キュイイイイ!」
「な、なによこれ⁉︎」
思わず耳を手で塞ぐ。
遠吠えのような鳴き声の合唱。
まるで、助けを求める悲鳴のような。
「フラン」
クルーエルが檻を地面に置いて、杖を抜いた。
「構えなさい。いやな感じがするわ」
「だから上からなのよアンタはいちいち」
言われるまでもなく構えているし、嫌な予感だってびりびりと肌に感じてる。
──来る。
次の瞬間、洞窟の奥から、竜巻のような寒波が吹き出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【お詫び】
すみません、少し展開を変えます。
コンテスト応募作につき、ご容赦ください。
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