静かの森で
魔法薬学課題、静かの森で素材採集
「ねえねえフランちゃんやい。ロゼリアさま、何の用事だったの?」
教室に戻ってきたフランの元に、「好奇心」
「野次馬根性」と顔に書いてシアが近づいてきた。
「生徒会への勧誘」
「へー! さっすがフランちゃん。会計? 書記? それともまさか、ロゼリア副会長を下剋上?」
「まだ決まってないわよ。その前に宿題貰ってきたから、さっさと解決しないと」
「宿題? え、シアも手伝う?」
垂れた犬耳みたいなツインテールを揺らして、シアが小首を傾げた。
いい子か。
そういえば、シアもクルーエルの実力を知っている一人だった。
そう考えると、この子に協力してもらうのもアリなんだろうか?
うーん。でもシアって、見るからに嘘が吐けなさそうだしな。
そう思っていたら、出し抜けにシアが言った。
「もしかして、クルーエルちゃん絡み?」
このツインテ、妙なところで鋭い。
「……よくわかったわね」
「だってうちの会長、あのときの王女様だもん。フランちゃんは妙にやる気だし」
「前半はともかく、後半は関係なくない?」
とにかく、バレているなら隠しても仕方がない。
フランは経緯をかい摘んで説明した。
「はー、なるほどねぇ」
と、シアが訳知り顔で頷く。
「確かにこのままだと、クルーエルちゃん危ないかもね。本人、あんなだし」
ちらりと視線を向けた先には、自席でひとり、魔法の参考書を紐解くクルーエルの姿がある。
誰も話しかけるな、とでも言いたげな拒絶の気配。
無階梯であることを差し引いても、クラスに馴染もうという意思は感じられない。
本当に、どういうつもりなんだか……。
「実際、なんで昔みたいな魔法使わないんだろ。フランちゃん、心当たりとかある?」
「さあね」
五年前の記憶が浮かんできて、フランはバタバタ首を振った。ないない……ないよね?
「理由なんてなんでもいいわよ。退学させなきゃいいだけなんだから」
「だけって、具体的にどうするの?」
「決まってんでしょ」
退学を阻止するための作戦なら、もうすでに考えている。
「要は一度、本気で魔法を使わせればいいのよ。無理やりにでもね」
ククク、とフランはほくそ笑んだ。
「わー、フランちゃんのめちゃワル顔、久々に見たー」
「うるさいわよ」
だから気にしてるんだってば。
†
魔晶石、と呼ばれるアイテムがある。
ダンジョンの低層界から発掘される、魔力の化石みたいな鉱物だ。
特段高価なものではないが、他の鉱物にはない特徴がある。
魔晶石は、魔法を記憶する。
間近で使われた魔法の属性、魔力量、術式、そして術者の個人情報。
そういうものを内部の結晶構造に刻み込んで、保存することができる。
一度書き込まれた情報は地属性魔法で消去できるので、白紙化された魔晶石は普通に市場で売られている。
フランはまず、ケイに頼んで手頃な魔晶石をいくつか買い付けた。
あとは魔晶石のそばで、クルーエルに魔法を使わせればいい。
肝心なのはその方法だが──
今週、ちょうどいい授業があった。
三日後。
フランたちルクレツィアの初等生は、王都を離れた森の中にいた。
通常の制服とは違う、より無骨なデザインの旅装に身を包み、背中には小型のバックパックを背負っている。中には細身の剣を携える者もいた。
表情もそれぞれで、緊張しているものもいれば「かったるい」と顔に書いているものもいる。
そんな中で、ひときわ元気なシアが近づいてきた。
「魔物がいる森で採集実習かぁ。そんな単位あるんだね、ルクレツィアって」
「アステリア貴族の祖先は大抵、初代王と国母に従って各地を冒険した実践派魔法使いだからね」
かつてアステリアは、強大な魔物たちが数多く棲む未開の土地だった。
その魔物たちを初代会長と国母ルクレツィア、そして彼らに率いられた魔法使いたちが討伐し誕生したのが、アステリア王国だ。
その伝統で、現在でも魔物から土地を守るのは貴族の役目とされる。
男女を問わず、貴族ならば平民を守るための力を持つべし、というのがアステリアの国是だ。
「フランちゃんのご先祖は、建国の英雄だよね〜。ウチみたいな新興と違って」
「まあね」
国母ルクレツィアの右腕とまで謳われた、凄腕の魔女だったらしい。
実家には色々と物騒な伝説が伝わっている。百を超える魔獣の群れを火の海に沈めたとか、王たちを守るために一晩で山ひとつ焼いたとか。
だからこそ、レインフォレスト家は王国きっての魔道の名門で──やすやすと魔法で負けるわけにはいかないのだ。
相手が誰であっても。
「──諸君、静粛に」
真紅のローブを着た魔法薬学の導師、ハインケルが両手を打ち鳴らした。
「この『静かの森』には、多様な植物が自生している。各自、今から言う素材を採集すること。期限は日暮れまでだ」
ただし、とハインケルが付け足した。
「事前に伝えておいたとおり、この森には魔物が住んでいる。特にトレントは絶対に刺激するなよ。黒や臙脂が敵う相手じゃない」
では始め、とハインケルが宣言した。
『静かの森』は広大だ。生徒たちは思い思いの方向へ歩き出す。中には、友人同士でペアを組む者もいる。
中には、躊躇わずにソロで進んでいく者もいた。クルーエルがそれだ。
ただし今、彼女を一人にするわけにはいかない。
「フランちゃん、シアと一緒に探そ!」
「ひとりで頑張りなさい」
「えーっ、冷たいーっ!」
きゃんきゃん文句を言うシアを尻目に、フランはクルーエルを追って森の奥へ歩きだした。
†
ほどなくして、クルーエルの姿が見つかった。
風魔法を使って足音を殺し、木の影からそっと様子を伺う。
このまま「あの場所」に着くまで、こっそり跡をつける。
それがフランの作戦だった。
視線の先で、クルーエルが木の根元にしゃがみ込む。
「……クロガネダケって、これでいいのかしら」
どうやら今は、地面に生えた茸の種類を確かめているらしい。
採集課題のひとつであるクロガネダケは、笠の部分が金属に似た光沢を持つ。
外見が似た品種にハイイロダケがあり、これは食味が良い反面、薬品的な価値はない。
両者の見分けは、魔法薬学の初歩のひとつとされている。
「うん。まあ、多分合ってるわね」
ぽい、とクルーエルが手提げ籠に茸を放り込んだ。
ハイイロダケを。
「それじゃないわよ!」
「えっ?」
「あっ」
「……フランドール……?」
しまった、つい。
うぐぐ。こうなったらしかたない。作戦変更だ。
フランは顔の筋肉に気合を入れて、できるだけ友好的な笑顔を浮かべた。
「ク、クルーエル。ぐぐぐ偶然ね。あんたもクロガネダケを探してるの?」
「そうだけど……」
クルーエルが、ハッとしたようにハイイロダケを抱きかかえた。
「これは私が見つけたクロガネダケよ。あげないから」
「いるかっ! ていうかあんたのそれ、偽物だから。ハイイロダケだから」
つかつかと歩み寄ったフランは、クルーエルの手からキノコをぶんどり、笠の模様を指さした。
「ほら、よく見て。模様が三角と四角で違うでしょ? 色も本物より白っぽい。そもそも、クロガネダケはテッコウジュの根元にしか生えないの」
「え……ちょ、ちょっと待ちなさい」
クルーエルは教本を開いて、見本の絵と実物のキノコを見比べた。
あ、と小さな声が漏れる。
かあっと羞恥に染まる頬に、フランの中の嗜虐心がそそられた。
「へええ? 天才クルーエルさまとはいえ、茸の見分けはつかないんだ?」
「……うるさい。たまたま間違えただけよ」
「あらそう。なら、ホタルダケとニセホタルダケの鑑別方法は? オーク草とトロル草の植生地の違いは知ってる? ねえねえ、知ってる?」
「……それは……」
「ふふん。やっぱり、座学についてはわたしの完全勝利みたいね」
ここ数日、クルーエルの姿を見ていて気づいたことがある。
確かにクルーエルは、実践魔法の天才だ。
今は何故か実力を隠しているが、かつて見た魔力量、術式の計算能力、魔法操作のセンスは計り知れない。
けれど、それ以外は──
ありていに言って、かなりポンコツだった。
魔法薬の調合を適当にして爆発させるし、魔道工学で作った犬型ゴーレムはどう見ても足の生えた茄子だった(そして本人は妙に自信ありげだった)。
基礎教養は知識の偏りがひどいし、貴族として習うダンスや礼法、護身術に至っては壊滅的だ。
今期の入試でそのあたりが問われていたら、多分落第していただろう。
この課題は、薬草学や鉱物の知識が問われる。クルーエルとの相性は最悪だった。
「この分じゃ、日暮れに間に合わないかもね。もし素直に教えを乞うなら、このわたしが手伝ってあげてもいいわよ。全学科総合トップの、このわたしがね」
「……くっ、調子に乗って……」
「怒った? なら──」
にやりと笑って、フランは腰から魔杖を引き抜いた。
「ここなら先生の目も届かない。ルクレツィアの生徒らしく、魔法で白黒つけるわよ!」
「嫌よ。というか、単に貴女が勝負したいだけじゃない」
「ぐっ」
見抜かれてる。
一向に応じる様子がないクルーエルに、渋々フランは杖を収めた。
「……ぐぬぬ、勢いで押せばいけると思ったのに……」
「お生憎。貴女みたいなバトルマニアと一緒にしないで」
「誰がよ! 私ほどの
「キーキーうるさい。前世が猿なの?」
「誰が猿よ⁉︎」
ぅきいっ、とフランは唸り声を上げた。
付き合っていられない、とばかりにクルーエルが森の奥へ歩みを進める。
当然のようにフランも後をついていく。
嫌そうな顔をしたクルーエルが、首だけ振り返った。
「どうしてついてくるのよ」
「仕方ないでしょ。行く先が同じなんだから」
足が止まる。
「──狙いは?」
「トレントの若芽」
「そう。貴女も気づいてたのね」
「当たり前じゃない」
フランはつま先で地面を小突いた。
腐葉土の奥に、うっすらと魔力の流れがある。
トレントは古木の魔物だ。
普段は大人しい……というか一日の大半を寝て過ごしていて、若芽を摘む程度で目を覚ますことはない。
採集のポイントは、彼らが放つ微弱な魔力を辿り、自生地を見つけることができるかどうかだ。
「……なら、好きにすればいいわ」
「言われなくてもそうするわよ」
トレントは大人しい魔物だ。
ただし、彼らは火の気配にだけは過敏に反応する。
葉の一枚でも燃えようものなら即座に目を覚まして、周囲への攻撃を開始するだろう。
フランは手にした魔杖をくるっと回して、強く握り直した。
トレントの暴走。
そうなれば、クルーエルだって魔法使わざるを得ないはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます